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dog biscuit
Mr.N'CineCritique
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#05「センターステージ」

ニコラス・ハイトナー絶賛宣言

  まったく目立たずに、ひっそりと公開されている。ほとんど宣伝もされておらず、かなりの映画通である知人にも、「その映画なんだっけ?」という顔をされてしまう。けれども、『センターステージ』(2000)は断固支持したい。もし映画に形があるならば、抱きしめて家に持って帰ってしまいたくなる、そんな作品なのだ。
 この映画を監督した、イギリス出身のニコラス・ハイトナーは、これまで演劇畑での経験を積んで、『英国万歳!』(1994)で映画デビュー。(残念、未見!)2作目がアーサー・ミラーの戯曲をウィノナ・ライダー、ダニエル・デイ・ルイス主演で映画化した『クルーシブル』(1997)で、これがすばらしかった。17世紀アメリカでの魔女狩りを描いた凄惨な内容だが、底なしの無情と絶望感を重厚極まりない演出で描いて、そこにあるのはただ人間性の真実だけ。1ミリの隙もない探求のドラマだった。
 文芸派の監督なのかなと思っていたら、なんと3作目はライトなラブコメに挑戦。『私の愛情の対象』(1998)で、これまた傑作。ジェニファー・アニストンの好演も輝いていたが、何といっても登場人物全員を、とても大切に描写して、どんなに小さなキャラでも、きちんとした結末を与えてしめくくる、きめ細かな演出振りに舌を巻いた。

 こうして2作連続のホームランを放った、ハイトナーの新作がこの『センターステージ』。今度はバレエにかける若者たちの青春を題材にとってきた。これは見る前から「絶対にいい!」という確信があったのだ。
 だいたいの物語はこれ。ニューヨークの名門バレエ団、アメリカン・バレエ・カンパニーの入団を目指すジョディ(アマンダ・シェル)は、難関オーディションを突破。アメリカン・バレエ・アカデミーへの入学を果たす。青春の悩みに突き当たりながらも、支えあって過酷なレッスンに耐える練習生たち。しかし実際にカンパニーに入れるのは男女各3名のみ。やがて将来を決する卒業公演の日を迎える…。
 オーディション風景から、合格、入学、仲間たちとの出会い、とたたみかけるような進行で、最高にノレるオープニング。その間に、ジョディと両親の関係をきっちり描写することも忘れない。(都会の学校に入学する娘を、両親はどこか手放し難く感じている)同室になる黒人ダンサー、モーリーン(スーザン・レイ・プラット)の背景も、ほぼワンカットで紹介するが、それでまったく過不足ない。流れるような出だしである。
 入学と同時に、ジョディと仲間たちとの最初の出会いがあり、互いに自己紹介をするわけだが、このシーンはアメリカン・スマイルの大盤振る舞いだ。屈託なくキュートなアメリカ映画の笑顔は、無条件に世界を幸福にする。ここには希望があり、未来がある。アカデミーのこの狭い部屋に、いかに多くの可能性(と挫折)が宿っているか、余すところなく伝えてくれる。若々しく、そして健康だ。通俗的? もちろん。しかし、こうした良質の通俗性こそが、アメリカ映画最大の美徳であり、これが彼らの文化なのだ。

 映画の開巻まもなく、ダンサーたちがトウ・シューズに念入りな手入れをするシークエンスがある。シューズを叩き、曲げ、または水道の水をかける。ジョージ・フェントンのときめきに満ちた音楽を伴奏に、実にリズミカルに編集されており、バレエを知らない観客も、興味たっぷりに見ることができる。
 やはり何といっても圧巻なのは、バレエ・シーンのすばらしさだ。本物とはこういうものか、とつくづく思わされる。筆者はバレエに不案内なのだが、ジョディをはじめ、出演者の多くはダンサーとして大きなキャリアを持っており、特にジョディを中心に三角関係となる、花形ダンサー、クーパーを演じるイーサン・スティーフェルは、実際にアメリカン・バレエ・カンパニーのプリンシパル。その生徒にあたるチャーリーを演じるサシャ・ラデツキーも同様とのこと。とにかくほれぼれする技術で、片時も目を離せない。

 ハーバート・ロスがバレエを描いた傑作、『愛と喝采の日々』(1977)も確かによかったが、あの作品はバレエ・シーンのカメラ位置が遠く、どこか浮いていたというか、よそよそしかった印象がある。(若いミハイル・バリシニコフ!)その点、ジェフリー・シンプソンによる『センターステージ』のカメラは実に親密で、温かみが存分に伝わってくる。
 クーパーがチャーリーに振り付けを与えるシーンがあり、チャーリーは「これならどうだ」とばかりに、示されたステップをアレンジしてしまう。それに対しクーパーは「これでもか」と、さらに複雑な妙技を見せ、一種のダンス・バトルとなってしまう。最終的に一日の長があるクーパーにチャーリーは屈服するのだが、ジョディをめぐる恋の思惑を含みつつ、どこかダンスすることの喜びで通じ合ってしまう2人の、何だかいいなあという感じのエピソード。こんな場面がいっぱいある。カメラがキャストにぴったり寄り添っていないと、こうはならない。

 『私の愛情の対象』がそうであったのと同様、『センターステージ』でも多くのキャラの一人一人が、未来に羽ばたいていく。ハイトナーの眼差しにおいては、無駄なキャラなど一人もいないのである。そして、この監督を賛美してやまないのは、この配慮の行き届いた人間に対する視線なのだ。知名度が低くて癪なのだが、ニコラス・ハイトナーの仕事は声を大にして宣伝したい。次回作が待ち遠しくてたまらない監督の一人だ。
(2001:6.2)

eriko's Notes : バレエ映画ということで、先日のアカデミー賞に何部門かノミネートされた「リトル・ダンサー」と、つい比較したくなりますが、こちらは青春群像劇ということで、趣を異にします。バレエ・カンパニーに入団することしか頭になかった若者たちが、一年間という時を経て、ある者は自分の進むべき道の軌道修正をすることになります。でも、そこには落伍者はいないのです。自分の進むべき道、いるべき場所を見つけるのです。そういう懐の深さが、この作品の一番の魅力です。そして、それをささえるのが、バレエ・シーンの素晴らしさです。実際のバレエの舞台を見ているような、自然な目線で撮影されていることが、臨場感をもたらしているのでしょう。特に、男性ソリストのクーパーとチャーリーの、ジャンプやピルエットには、思わず拍手をしたくなります。
 ラストで、ジョディを口説こうとするクーパーに「あなたはダンスのパートナーとしては完璧だけど、恋人向きじゃないわ」と、ジョディは軽くあしらって、チャーリーに「恋人には、あなたよ」とキスします。こういう、軽やかさを女性に与えてくれる、監督のハイトナーに好感を持たずにはいられませんでした。

 そもそも、どうしてこの作品を見に行こうと思ったのか・・・。もちろん、N氏の絶賛もあったからですが、それ以前に、ロシアのフィギュアスケーターのイリヤ・クーリック(長野オリンピックの金メダリスト。私はフランスのキャンデローロを応援していた・・・)が俳優として出演してるという情報を入手していたからです。またもや、ミーハーなのがばれてしまいました。


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