#29「恋愛適齢期」
- ベスト・オブ・ダイアン・キートン-

 原題は“Something's Gotta Give”。正直どういう意味なのか、ちょっとわからなかったのでひもといてみたところ、「何かが崩れなくては」という意味だそうである。いまひとつピンとこないが、つまりは中年期もすぎて、何もかも安定していると、トキメくためには生活や考えをちょっと崩さなくっちゃ、ということか。
 『恋愛適齢期』という邦題は必ずしもベストとは思えないが、原題をそのまま片仮名表記にしてしまうことがほとんどの昨今、配給会社はすごく努力したと思う。少なくとも『サムシング・ガッタ・ギブ』なーんていいかげんな邦題にしなかった意欲はおおいに買いたい! どこの誰かは知らないけれど、この映画の配給担当者、この映画を本気で愛したな、と少しハッピーな気持ちになった。(配給はワーナー)

 実際、作品そのものも最高にハッピーだ。すぐにこの見事な俳優たちの話に移りたくてたまらないのだが、その前にこの映画の監督、ナンシー・メイヤーズのことは触れておきたい。知名度はまだほとんどゼロだけど、愛さずにはいられない作家なのだ。前作は、メル・ギブソンも老後はコメディでいけることを確信させられた、『ハート・オブ・ウーマン』(2000)。これだけでも、品質保証の辣腕ぶりが期待できるが、特記したいのが監督としてのデビュー作、『ファミリー・ゲーム/双子の天使』(1998)である。
 サマーキャンプで知り合い、意気投合した2人の少女。実は自分たちが双子だったことを知り、彼女たちが生まれてすぐに離婚した両親は、自分たちを別々に引き取って暮らしていたことに気づく。そこで、もう一度パパとママのよりを戻させようと、子供らしい知恵の限りをつくすハート・ウォーミング・コメディ。ちょっと聞いただけで、絶対面白いはずだと思うでしょ? 話題にもならなかったディズニー映画だが、かくれた傑作である。
 『恋愛適齢期』は、そんなメイヤーズの監督としての第3作。「監督としての」、と書いたが実は彼女、脚本家としてはかなりのキャリアの持ち主。出世作はゴールディ・ホーンの懐かしい『プライベート・ベンジャミン』(1980)。その後、今回主演に迎えたダイアン・キートンとはすでに3作もやっていて、あの忘れがたい『赤ちゃんはトップレディがお好き』(1987)(あんまり楽しいので、学生の身分だった当時はこの映画を7回見た)。加えて『花嫁のパパ』、『花嫁のパパ2』(1991,1995)である。これを見てもわかるとおり、究極のグッドテイストなハリウッド作家なのである。
 前作『ハート・オブ・ウーマン』の大成功もあって、かなり製作の自由もきくようになったと思われるナンシー・メイヤーズ。いよいよ、ダイアン・キートン、ジャック・ニコルソン、キアヌ・リーブスというすごいキャストをそろえてきた。よほどウマが合うのだろう、キートンとはとうとうこれで4作目のつきあいになった。しかも2人は顔や雰囲気までよく似ているのだ。実際、メイヤーズの都会的でこざっぱりしたシナリオは、ダイアン・キートンのイメージにぴったりだ。

 『恋愛適齢期』の設定は、ちょっと風変わりな三角関係、というか、年齢差無視の不釣合いな四角関係である。60を過ぎたが、女というと30歳以下しか目もくれない、いかにもニコルソン的な人物ハリー(ジャック・ニコルソン)。休暇で、年若くゴージャスな新しい恋人マリン(アマンダ・ピート)と優雅な数日を過ごそうと、彼女の別宅にやって来る。ところが、新作の仕上げに集中するため、著名な劇作家であるマリンの母親エリカ(ダイアン・キートン)も同時に来てしまう。エリカは尊大なハリーに我慢ならないが、突然ハリーが心臓発作で倒れ、その時主治医になったのが、若くハンサムな医師ジュリアン(キアヌ・リーブス)である。釣り合いを考えれば、ジュリアンとマリンの組み合わせが普通なのに、年上好みのジュリアンはなんとエリカにベタ惚れ。一方、いやいやながらにハリーの面倒をみていたエリカも、次第に彼に関心を持つようになっていく…。

 いや、こうした感情の起伏が激しく、ややヒステリー気味の女性を演じさせたら、ダイアン・キートンの右に出るものはいない。それにこの作品、キートンの演技パターンのありとあらゆる全てがぶちこまれている。パニックを起こすと、視線があっちこっちに飛びかって、どこを見ているのかわからなくなる、よく動く瞳。そのとき、右手と左手がバラバラに動いて、せわしなくもキュートなそのしぐさ。さらにキートンの専売特許ともいえる、笑いながら泣き叫ぶおかしくも騒々しい二重感情表現。何を言ったらいいのかわからなくなるとき、ボケッと口を半開きにして、大きな目でこっちをじっとみつめる独特の表情。(そのとき、2〜3回首がまわってピタリと止まってじっと見る)
 『アニー・ホール』(1978)以来、何十回となく見てきたダイアン・キートンの、そうした最高にコケティッシュな演技のすべてをここに見ることができ、またそのすべてを見せるシナリオになっている。キートン演技の集大成。まさにベスト・オブ・ダイアン・キートンというべき演技ラインアップなのだ。今年58歳となる彼女の、年甲斐がないといえばその通りだけど、今でも十分以上に通用する必殺の演技癖である。

 それと引き比べてみると、ジャック・ニコルソンは、キートンの演技をがっちりと受け止めておけばいい。逆にいうと、ダイアン・キートンがエンジン全開で演技をした時、それを受けることのできる男優は世界で3人だけだ。もちろんウディ・アレンとウォーレン・ビーティ、そしてジャック・ニコルソンである。そのニコルソンであるから、キートンは安心してオーバーアクションの限りを尽くしており、メイヤーズの演出もそれを一切止め立てしない(おそらくカメラの後ろで笑いながら見てるんじゃないか)。
 それにしても、キートンとニコルソンの相性は抜群で、2人が初めてのベッドインを果たしたあと、寝過ごした2人がそろって時計を見るが、まるで見えなくて、2人してあわてて眼鏡をかける(老眼で眼鏡なしではもう何も見えないのだ)、という演技コンビネーションは抱腹絶倒! しかも2人の生活描写として、ドラマ上も機能している。

 そして、この2人の極上の演技は、映画の半ば頃に見ることができる。それはこんなシチュエーションだ。宵っ張りの2人が、何となく互いのことが気になり始めていて、夜食にパンケーキを食べようとキッチンに集うことになる。互いの心がしだいにわかってきて、温かい何かが芽生え始める。そこまでのゆったりとした時間を演じ尽くす2人も見事なのだが、そんな雰囲気をぶち壊すように帰ってくるのが、エリカの娘マリンである。
 まったく空気を読まずに入って来た娘を間にはさみ、キートンとニコルソンの濃密極まりない、目と目の競演がここからスタートする。一応ハリーにとっての恋人はマリンであり、エリカもそれを知っている。その関係を壊せないながらも、しかし、今この時間を逃すと二度と再びわかり合えることはないかもしれぬ微妙な奇跡の時間。娘にいなくなってほしいが、そうすると本気で恋をしてしまいそうで、それもまた不安である。視線と視線がからみあい、目と目で語り合うおそるべき超絶技巧の演技合戦。こんな2人の演技にはさまれて立っていると普通の人間なら気絶しそうだが、マリンを演じるアマンダ・ピート、これがなかなか絶妙の間をもって演じているのである。しつこいけれど、このシーンでのダイアン・キートンとジャック・ニコルソンは本当にすごい。演技道を究め尽くした、最高級の俳優だけの為せる技だ。まばたき一つの間すらも、見逃すと一生損するような至高の演技芸術である。

 さて、その間キアヌ・リーブスは何をやっているのだろうか? 実は、これが何もしていない。そしてそれでOKである。徹底的に没個性、驚くほど無内容な役柄をリーブスは軽うくこなしている。シナリオにはリーブス演じるジュリアンの性格はまったく書き込まれていないので、これは難しい役どころのはずだ。そこで彼は、信じられないくらい完璧な美貌で登場する。これほど美しく、好感度100%の人物があろうかというくらいのハンサムぶりである。もちろん、それが正解。なぜか? ジュリアンに性格を与えてしまうと、彼に対しても感情移入させてしまうからである。そうなってくると、ジュリアンにも何がしかの恋の決着を与えなければいけなくなって、テーマがぶれるのだ。
 キアヌ・リーブスという俳優のいいところはここだ。「救世主」となった今もなお、こうした内容のない小さな役柄をバッチリこなして、よい印象だけを与えていく。『リプレイスメント』(2000)や『陽だまりのグラウンド』(2001)みたく、彼のキャリアにとって何のプラスもなさそうな作品にも出演承諾して、愛せる小品を残しているのだ。

 『恋愛適齢期』は画面の隅から隅まで美しいインテリアで飾られた作品である。超ベテラン、マイケル・ボールハウス(いつのまにか名前表記がミヒャエル・バルハウスでなくなってしまった)の、白を基調とした画面設計は、ピュアな恋愛空間を知的なものにしてくれる。よくよく考えてみたら、何一つ生活に不自由のない、スーパーリッチな年配男女が、それでもなおかつ悩みがあって、それは恋のことだとか言ったら、我々中流以下の庶民としては「いい気なものだぜ!」と思わないでもない。まあ、それでもいいのだ。ちょっと現実から目を離して、手の届かない生活を垣間見て少しだけ夢を見る。2時間くらいドリーミーな時をすごしたってバチはあたらないでしょう?
 夢の工場ハリウッドは、どんな年齢の者にもステキな夢を与えてくれる。これは映画の最高級品。じっくりと味わうべき熟成した一品である。
(2004:04.11)

『恋愛適齢期』公式サイトhttp://www.warnerbros.co.jp/somethingsgottagive/


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