SAYONARA 0 KEI HIKARI


人生で一番長く感じた1日かもしれない・・・
0系新幹線の本当のラストラン乗車の旅。

博多8:06発「ひかり340号」上りとしては最後の営業運転。

朝早かったので目立った規制はなかった。

入線は近くに寄っていなかったので撃沈

山陽新幹線開業当初のユニフォームらしい。

速達ひかりではないので青地に赤ひかりの行先表示幕。

後ろは比較的撮影しやすかった。

自分も撮してもらった。

広島で前まで行ってみたけどこの状況。

上の「9340」が列車番号を示す貴重な記録

車内は2列x2列に更新されている。オリジナルが見たければぜひ大阪弁天町へ!

まさかの長時間停車に選ばれたのが三原駅。僕の生まれた街だ。

編成全体が撮影できるのは嬉しい。

R68編成

1号車

2号車

3号車

4号車

5号車

6号車

R68編成先頭部

三面鏡を備えた洗面所

多目的便所。目新しくはないが、建築学会の「資料集成」シリーズに図面が掲載されている程。

姫路で花束贈呈。停車時間は長くはなかったけど、撮影者はここが一番多かった。

回送されていくR68編成を見送り、次のメンバー合流箇所へ。
いろいろラッキーなこともあったりしながら今日のメインへいざ出陣。
「さよなら0系新幹線ひかり347号」乗車の旅である。
まさに営業最終列車となるこの列車に乗れることは、まさにファン冥利に尽きる。
ちなみに347が「さよなら」の語呂合わせという報道まで出回ったが、あれはガセ。
もともとあったスジを使っただけ。まぁ好きなように報道しろって感じです。


新大阪14:56発。途中停車駅は岡山・広島・小倉のみ。
これこそ栄光の「速達ひかり」である。

R61編成が入線してきた!
ちなみにこのホームには乗客しか入れない。
一般客は向かいのホームへ、
しかもそこも規制されて途中からはさらに向こうのホームに移動させられたらしい。

R61編成を何とかバッチリ撮影

速達ひかりの証、白幕に赤ひかりの表示幕!

僕も気合いを入れて、この日のために作った日本代表ユニに着替えた。

僕の乗った5号車には貴賓客が・・・
朝日新聞にカメラマンの要望に応えて島さんと桐村さんが僕の席の前で記念撮影!
残念ながら島さんは岡山で降りられたようだ。

記念品を配るユニのお姉さんとユニ同士で撮影。
持っているのは記念乗車証!

後ろ姿もアピールしておきました。

おおっと、「VOICE」取材中の馬野アナウンサー!

記念写真撮ってもらいました。

もう勢いで・・・団子っ鼻職人山下さん!

試験車運転士の桐村さん!
恐れ多くも偉大な方々と記念撮影していただけました。

広島に到着する時の夕陽はきれいでした!

これにも貴重な「9347」の表示を入れてパチリ。

広島は人が多かったなぁ。
この後すっごく長い区間、関係者が整列して敬礼して見送りをされ、圧巻でした。
動画で撮っておけば・・・

運転席には花束がありました。見れるというのも凄い!

かぶりつきです・・・
だいぶ移動したお陰で、車内で何枚か写真撮られました。
皆さんの記憶の片隅にでもこんな0系ファンがいたことを記憶して下さればそれでいいのです。

最後の回送で博総に向かうR61編成。本当に最後のお別れでした。

記念式典会場は遠く・・・

ラーメン食べて帰ってきた後出会ったカップルのファンと記念撮影

今回の記念品。後生大事にします。

日本代表ユニAWAY やっぱ日本を代表する鉄道技術ですし、カッコイイかなと。。。

胸にも記念文字が入っていますがこれは目立ちませんでした。

一番気合いを入れた背番号。カンが付かないなら俺が!

まぁこんな感じで0系最終営業列車乗車の旅は終わりました。
でも、実はもう一つこの目で確認しました。
それは非常時用に岡山に配置されたR67編成。
ちょうど僕の乗ったのぞみが岡山に着く前にすれ違いをハッキリ確認しました。
そう、これがホントに自力走行としては最後の0系運転だったのです。
何もかも巡り会えて・・・ホントに良かったです。

日本の世界に誇れる技術としての0系新幹線。
この列車が40年以上も安全に走り続けていたことは、何だか勇気を貰えますね♪

Posted: 日 - 12 月 14, 2008 at 11:52 午後          


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