過去の近況コラム
原発における初の死傷事故発生(美浜原発・関西電力)

村田氏は、関西電力おける3659件もの不正報告*を知って以来、「同社は原子力発電を行う資格に欠ける」と確信、松浦原子力安全委員長との面談の折に言及するなど、各方面に警告を発してきた。事故直前の8月4日、6日に行った電気事業連合会、経団連への「提言書」提出の際にもこの問題に触れている。しかし、関西電力はもちろん、公的機関による安全調査といったことは行われなかった。 
 *参考 http://www.kepco.co.jp/pressre/2004/040628_j.html
このような体質を改めなければ、自然災害を待つまでもなく、人災によっていつか再び「原発事故」が起こることは確実であり、そしてそれは「被曝」という惨事につながりかねない。事件を知り、氏はさらに強く、各方面に働きかけている。  2004.8.14

社会が脱原発に向けて大きく動き出した

先月、村田氏の元に砂利販売会社の元課長・松本勝美氏より、内部告発のメールが届いた。内容は驚愕すべきもので、「浜岡原発のコンクリートに用いられた砂利などの材料(骨材)が国の指定検査機関で有害とされたため、私は社長の指示もあり検査結果を改ざんした。その後も、偽造文書作成やサンプルすり替えを行い、コンクリートを劣化させる有害な骨材を納入し続けた」といったものだった。
村田氏はすぐに、総理官邸、内閣府原子力委員会、原子力安全委員会などに文書を提出(7月19日)。そして松本氏に助言し、氏はこの件に関する申告書を作成して原子力安全・保安院に提出した。
その後、村田氏は中部電力、静岡県知事などに連絡するのと併行し、インターネット新聞「JANJAN」http://www.janjan.jp/iに事の詳細を連絡、JANJANはすぐに動き、数回にわたり詳細な特集を掲載した。

事ここにいたり、8月6日に中部電力は緊急記者会見を行わざるを得なくなり「コンクリートの健全性は確保されている」と発表したが、その内容は「サンプル調査はしていないが」というお粗末なもの。
村田氏は、8月17日、経産省の柳瀬唯一・原子力政策課長と会い、「原子力政策の課題」と題する文書を手渡して約1時間面談、危機管理の重要性などを訴えた。さらに氏はマスコミに働きかけ、ついに一般週刊誌「週刊現代」(講談社)9月4日号に、事の詳細が4ページにわたり掲載された。「浜岡原発四号機は、最悪で100%、最低でも60%のコンクリートが有害な骨材で建設されたという」「浜岡原発四号機に対して、徹底調査が行われるべきである」と、社会に蔓延する原子力のタブーを大きく破る内容である。


恐るべきは、同様の違法骨材使用が福島第一・第二原発(東京電力)に対しても行われていたことで、この件に関しても、松本氏はすでに申告書を保安院宛、提出している(「週刊金曜日」8月27日号の、“東京の「死の壁」”と題する5ページの特集の中で、このことに詳しく触れられている)。

そて25日、共同通信が「配管点検報告にミス多発、保安院に訂正」との記事を配信。その内容は「東京電力の17基の原発全てで、点検対象数や点検実施数の集計に間違いがあった」というもの。(参考
点検未実施に分類すべきところを点検済みと分類するミスも多発。最も多い福島第二原発の3号基の場合、ミスは280カ所にも及んでいる。──にわかには信じがたいほどの内容だが、これを発表したのは東京電力自身なのだ。
東京電力側は「点検漏れはないとの結論に変わりはない」としているが、点検未実施の箇所を点検済みとしているのだから、「点検漏れはない」との詭弁が通用することではない。また、ミスの量があまりにも多く、最大限の慎重さ・正確さが求められる原子力事業にとって、到底許容できる範囲のものではない。

村田氏は、「関西電力と同様、東京電力も原子力事業を行う資格なし」と判断、このまま放置すれば関西電力美浜原発での死傷事故の二の舞となる(さらに大きな事故につながりかねない)として、関係各所に強く働きかけている。上記・福島原発への違法骨材使用の件もあり、東京電力は苦しい立場に立たされることになろうし、また、原子力関係機関もこの件を野放しにすることは難しいと思われる。

8月24日には、新聞「中外日報」が一面トップニュースとして“「東海地震近い」と全国で署名運動”“浜岡原発即刻停止を”と、村田氏が顧問を務める「原発停止署名運動」のことを大きく取り上げた。もちろんJANJAN(「既存のメディアには限界がある」と元朝日新聞編集委員の竹内謙氏が立ち上げたもの)でも、引き続きこれらの問題を追い続ける。

村田氏の長年にわたる活動は、確実に実を結びつつある。実質的に原子力の安全神話が崩れた今、問題は、それをメディアが報道し、脱原発への大きな世論を励起していくことにあるのだ。「原子力のタブー」も、大マスコミである週刊誌や新聞が報道するに至り、ようやく崩れつつあると言えよう。
「善き想い天が助ける」との確信の元、活動し続けてきた村田氏の思いはさらに強固となっている。脱原発への好循環に入った今こそ、一気呵成のたたみかけが必要不可欠である。「善き想い」の実現が、さらに現実的なものとして視野に入ってきた。

なお、村田氏の最新の意見文は、JANJANに掲載されている(https://www.janjan.jp/media/0408/0408238304/1.php)。    2004.8.26

『原発震災を防ぐ全国署名』第一次集計結果がまとまった。

「原発署名」の初めての集計結果(署名数25万余)が出たことを受け、村田氏は「原発震災を防ぐ全国署名連絡会」庄司会長ら五名と共に、関係各所を回り、結果報告と原子力問題に関する提言・要請を行った。
特に、井上喜一・防災担当大臣とは約一時間対談し、主に次の二点を指摘、対策を要望した。

1.「中央防災会議」が出した東海大地震の被害予測の中で、浜岡原発の存在を完全に無視していることの理不尽さ。(「中央防災会議のページ」http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/
2.東京電力が、1600近くにのぼる集計ミス(詳細は上記/福島民報8.26付紙面に関連記事掲載)を犯したにもかかわらず「点検漏れはないとの結論に変わりない」として、その重要性を認識しようとせず責任を回避する姿勢でいること。(「東京電力の発表」http://www.tepco.co.jp/cc/press/04082503-j.html

1.について。中央防災会議は、東海大地震が起こった時の被害予測を何度となくだしているが、その中で「湾岸の下水道における被害予測」といった微細なことにまで言及しているにもかかわらず、被害予測対象地域のど真ん中に位置する巨大施設・原子力発電所に関してはなんら言及していない。完全に意図的な「予測無視」と断じていいだろう。
「原子力は絶対安全」とのスタンスを取ってきた政府としては、その前提があるからこそ被害対象から外した訳なのだろうが、上記の如く、原発設備の基盤となっているコンクリートの不正(危険)材料使用疑惑が浮上し、その問題が解決していない現在、「原発は絶対安全」との前提に立つことは不可能である。
よって、被害予測は当然、浜岡原発に関しても行われなければならないことは、理の当然である。それを行わないことは、国の怠慢、国民の安全を守る義務の放棄であり、到底承服できるものではない。

2.について。「今回のミス、及び東京電力の対応は、同社が関西電力と同様の無責任な体質をもっていることを端的に示すものであり、同社に原子力を扱う資格はない。同社のトップは、記者会見を開き釈明を行うべき」との旨、村田氏は伝えている。

内閣府の平井信義(総務課統括専門職)氏との会談の折にも、小泉純一郎総理宛、要請事項として、同様のことを氏は伝えた。その他、下記トピックスに記したように、関係各所に要請を申し入れ、衆議院・参議院議長宛、要望書を提出した。

原子力発電、核関連事業に関する問題・危険性について、村田氏が以前より行ってきた提言や警告・要請に加え、今回、原子力事業の矛盾や危険性が次々と指摘される中で、「原発震災を防ぐ全国署名」の集計結果を受けての要請により、関係各所、特に電気事業者や国は、「危険性がないと認めなかった」「必要なことはやっていた」「自然災害には予測外のことがつきものである」といったような言い逃れは、不可能となった。

原発震災が起きた時の被害の責任は、国や電力会社をはじめとする関係各所に求められる。取り返しのつかない人命などはもちろん、その経済的被害も想像を絶するものがある。国内・海外における被害予測によれば、日本の六割が壊滅的打撃を被り、死者は数千万人。直接的死傷者の他に長期間にわたり残留する放射能により、後世に至るまで人的被害が生じ続ける可能性が示唆されている。

いったいそれほどの「責任」を、どう取り得るというのだろうか? 

「危険性が想定されるものについては、危険が確認されてから対処したのでは遅い」との認識が、村田氏の根本にある。原子力関連施設といった、一度事故が発生すれば比類ない被害を被るものに対しては、特にその姿勢が絶対的に必要とされる。

「責任の取りようがない被害」を最少限に食い止めるため、浜岡原発の一刻も早い停止と、全ての原発関連施設の徹底的な点検、そしてエネルギー政策の転換が求められている。 

村田氏の最新小論「日本の命運を左右する電力会社」(各党党首宛、発出済み)はこちらまで      2004.9.3

新潟県中越地震発生

昨年の新潟中越地震は、震度6強の揺れが相次ぐという近年類を見ないものだった。震源地の直近には、柏崎刈羽原発が存在するが、地震発生から今日まで「問題なく、通常運転を続けている」との発表である。現地の市民団体にはそれに対する不安が寄せられており、村田氏にも実情が伝えられた。さっそく氏は、電力会社をはじめ、関連組織、各新聞等に連絡し、対策を要請した。(柏崎刈羽原発と今回の地震に関しては、当該市民団体発表の論説をごらんいただきたい)https://www.janjan.jp/area/0410/041029192/1.php

さて、11月3日付の新聞各紙は、「原子力委員会が長期計画策定会議での審議を踏まえ、使用済み核燃料を再処理する方針を決めた」旨、報じている。核燃料再処理は、その危険性はもちろん、経済的にもメリットが少ないと非難を受けている曰く付きのものである。
村田氏は、主に次の3点からなる要望書を、各党党首宛発出した。

[国民の安全確保](再処理工場の危険性について5項目にわたり指摘)
[国会審議の必要性](今回の決定に関し、22名の委員中、明確に反対したのがわずか1名であったことの異常性を示唆、正式に国会審議を行うべきだと指摘)
[重大課題を先送りする倫理と責任の欠如](未来に大きなツケを残す点を7項目にわたり示唆)
(内容全文は http://www.janjan.jp/government/0411/041104407/1.php まで)

あわせて、[動き出した世論・マスメディア]の項目を加え、超党派にてこの問題に取り組むよう要請した。
事実、最近では「AERA」(11.8号)にて「浜岡原発は大丈夫か?」との特集が組まれ、また「週刊現代」今週号においても原発震災の危険性が、双方とも村田氏の言葉とともに紹介されている。水面下の動きでも、新聞各紙が氏に取材を行っているのが現状である。

村田氏がこのところ立て続けに提示している「原発問題に関する提言」「日本の命運を左右する電力会社」「原発は国有化するしかない」「国有化により浜岡原発の運転停止を」といった論説が、世の注目を浴びマスメディアに取り上げられるに至っている。穏健に、かつ圧力に屈することなく発言・行動する村田氏の存在は、既存の「反原発」活動に巷間見られがちな弊害を引きずらない。その存在は“脱原子力”のシンボル的存在となりつつあると言えよう。
            2004.11.4

「OBサミット」ハイレベル専門家会合へ

OBサミット」(http://www.interactioncouncil.org/ja/ja_index.html)とは、正式名称「インターアクション・カウンシル」といい、42名の国家元首・首相経験者がメンバーの世界的組織が行う世界会議である。メンバーには、この会議の提唱者である福田赳夫氏ほか、宮沢喜一、ジミー・カーター、クリントン、ゴルバチョフ、ミッテラン、ネルソン・マンデラらそうそたる顔ぶれが並び(元国家元首だから当然だが)、毎年会議を開いてここでしか発表され得ないような素晴らしい提言がなされている(詳細は、上述サイトへ)。
そのハイレベル専門者会議に、村田氏が招聘され、講演を行うこととなった。成果については、後日、写真入りで詳しく紹介したい。

さて、そこでの村田氏の主要な発言内容は、「新しい文明の創設」「民事・軍事を問わない核廃絶」の二つとなるようだ。前者は以前からの氏の哲学であり、後者は文明問題に取り組んできた中で、特にエネルギー問題に注目し、結論として今最も警鐘を鳴らさなければならない“具体的提言”である。
その内容は至極当然のことであり、しかしながら誰もが口に出さなかったような国際的な爆弾発言となる可能性がある。浅薄な読みをする者にとっては“非現実的”とのことで片付けられそうだが、しかしここに書かれたことは避けて通れない人類の課題に違いなく、これを無視し続けることは許されることではないし、不可能でもある。
(詳細は、http://www.janjan.jp/living/0503/0503244919/1.php まで)

これにより、村田氏は、国内の浜岡原発問題という緊急問題への取り組みからさらに進んで、もともと大局的な視点を持つ氏の本当に求めることへ、具体的に歩み出したと言えよう。

村田氏の覚悟の程は、相当なものになっている。「命以外失うものはない」との発言が出ているほどだ。国際的な場に復帰した村田光平氏の、今後の活動が期待される。
  
(専門家会合を終えて──詳細報告、UPしました)               2005.3.28

続報/村田氏は、6月22・23日に米スタンフォード大学で開催される「OBサミット総会」にも出席することが決定した。上記、専門家会合の終了後に決定したもので、氏の発言内容(詳細報告参照)を受けての決定と考えられる。全世界から招致される十数名のスペシャルゲストの一人として参加することになるが、言うまでもなくこれは非常に大きな成果である。 (OBサミット総会・出席報告については、こちら。)                       2005.7

増える原子力報道

イランと並び「世界一の地震国」と言われる日本では、原子力関係情報をタブーとし封印することにより、世界に先駆けて1960年代より原発建設に取り組み、そして現在、世界第三位の原発大国となった。
しかし昨今、村田氏が盛んに働きかけてきたマスコミが、その危険な実態に目を覚ましつつある。以下にそうした報道の主なものの要旨を列挙する。

・米国ジャーナリストによる「長崎原爆ルポ」(通常の爆発によるものではない病変が人々に起きているといった内容で、放射能による被害を示唆するもの)が発見された。この記事は日の目を見ることがなかったが、明るみになっていれば世界の原子力政策を変えることになっていた可能性が高いという(毎日新聞.6.17)
・1954年、米国によるビキニ環礁での水爆実験で被害を受け死者を出した第五福竜丸事件事件で、米国は「死亡原因は放射能によるものではない」との見解を示しているが、米公文書により、それが日本での反核運動の高まりを避けるための情報操作であることが判明した(毎日新聞.7.3)
米科学アカデミーが「放射線被曝は低線量でも発がんの危険がある」との報告書を発表した。「放射能被曝は一定量までなら害はない」「低線量被曝は免疫力を強める」といった説を完全に否定する結果となっている(東京新聞.7.1)
文科省所轄の防災科学技術研究所は、東海大地震による揺れは浜岡原発が想定している基準の二倍近いと指摘した(週刊フライデー.7.29)
・浜岡原発2号機の岩盤強度には数値操作の疑いがあると内部告発により指摘されているが、それが二十五年前の新聞記事により裏付けられた(週刊金曜日.7.15)

その他、トリニティー・サイトと名付けられた米国による世界初の原爆実験エリア周辺では、六十年を経た現在でもガンなどの疾病に苦しんでいる人々を生んでいるとの記事や、広島・長崎への原爆投下の実情などを詳しくルポする特集が新聞でくまれている。これらは原子爆弾という「兵器」についての記事だが、同時に、民事・軍事の別などない「放射能の危険性」を強く訴える内容となっている。

だが日本における実情は、以下のようなものである。

・六ヶ所村再処理工場で、新たに不正溶接が見つかったが、原燃は「水漏れが一時間当たり10リットル未満ならば経過観察する」との方針を決めた。
・高浜原発3号機では、濃縮ウランを含む中性子検出器が“行方不明”となり運転停止していたが、それが発見されないままに運転を再開した。
・原発職員が、ファイル交換ソフト(Winny=ユーザーが逮捕されている違法性の高いソフト)を使用、そのソフトを経由して広がるウィルスによって、二度にわたり極秘扱いの原発内部データまでもが流出した。
・今国会で成立した「改正原子炉等規制法」により、老朽原発の解体で出る低線量放射性廃棄物を、一般の産業廃棄物や資源ゴミと同様に扱うことが決まった。将来的には、道路舗装剤や建築材としてリサイクルされる予定。

今や流れは、原子力の特異性とその脅威を明るみ出す方向(原子力タブーの崩壊)にあると言えようが、しかし原子力関連施設における管理姿勢や将来設計などのずさんさと、それに対抗するかのような政府側による強硬姿勢は変わらない。

村田氏は以前より、総理秘書官はじめ考えられる限りの関係者に対し、原子力の危険性と改善要望を、幾度も通達あるいは直接面談している。上述のような事実についても同様である。
マスコミに対する氏の働きかけはようやく実を結びつつあると言えるが、しかし政府や各党党首、電力会社首脳陣などから具体的な対策をとるとの答えは得られていない。もし原子力関連施設で事故が起こりそれにより被害者が出た場合、彼らがどのように責任を取るのか、それも明確にされていない。

「日本は地震の活動期に入った」との地震学者による見解は定説となってきているが、事実、震度5を超える地震が立て続けに起こっている。それでも原発管理の無責任さが改められず、政府の方針も変わらない。
BSE問題では慎重な姿勢を取っているが、幾多の公害、薬害、そしてアスベスト問題と、日本は数多くの取り返しが付かない間違いを犯してきている。今こそ氏がかねてより主張している「疑わしきは罰す」の方針が徹底されるべきであろう。
2005.7.25

急がれる原子力政策の転換

2008年3月22日
村田光平


 原発大事故がもたらす破局を未然に防ぐためには原子力政策の転換が急がれます。そのために「大連立」が必要であれば、立派な大義名分となります。それほど急を要するのです。
 以下の諸点につき改めて述べさせて頂きます。

1. これまでに正しさが証明されてきた市民サイドの直感からすれば、柏崎刈羽原発に関する最高裁判決は設置許可取消しを求める原告側勝訴しか考えられません。中越沖地震が同原発に与えた被害はその再開を許すものではありません。

2. 最近、日本で米国のフォード核不拡散特別代表が言及した日本の再処理施設からの200kgのプルトニュームの行方不明事件は、深刻な問題に発展する可能性があると見られております。ジャック・アタリ元仏大統領特別顧問の著書『核という幻想』によれば1994年4月、IAEAは東海村の再処理施設から70kgのプルトニュウムが「紛失」したとされたことに関し、日本政府に懸念を表明しております。

3.今年2月17日のTBSテレビ「報道特集」は松田時彦東大名誉教授の衝撃的証言を伝えており、その反響は各方面に拡がっており、原子力行政に対する不信を深めつつあります。

4. 平成16年下旬に関電が3600を上回る不正報告を行ったことを報道で知り、衝撃を受け、関電には原子力を扱う資格はない旨、政府首脳、日本経団連などに訴えましたが、その直後美浜原発事故が発生しました。
 3月14日付け産経新聞によれば、同社は運転開始から30年を迎える大飯原発1,2号機の10年の運転延長の許可を原子力安全保安院に申請した趣です。老朽化の全貌を十分把握することなく原発の寿命を関係者のみの判断で延長することは決して認めるべきではありません。このことは関電のみならず全ての原発について言えることです。一町長に原発設置の可否の権限を与えるご都合主義と相通ずるものがあります。


 以上の諸点を踏まえ、どうかよろしくご尽力をお願い申し上げます。
 最近の黄砂の飛来は国民に中国での原発事故の影響を思い知らせたようです。私の関係知事宛発信も漸く反応が返ってくるようになりました。

対応を迫られる原子力行政

平成20年3月27日
村田光平


 
最近一部マスコミの原子力問題に関する報道振りに変化が見えだしました。
 今年1月1日より8回にわたる「新潟日報」の特集記事は、柏崎刈羽原発の設置審査に対する信頼を根底から覆すものとして反響を呼んでおります。月刊「ウェッジ」2月号には、日本の原発の深刻な「八方塞がり」が伝えられております。
 また、2月17日のTBSテレビ「報道特集」が報じた柏崎刈羽原発の建設許可にかかわった地質学者の証言は、当時の現地調査が如何にいい加減であったかを示すものとして衝撃を与えております。さらに「週刊現代」(3月29日、4月29日各号)は、関西電力関係者による高浜市長「暗殺指令」という驚くべきスクープ記事を掲載しました。

 日本の原子力政策は「事故は起きない」との誤った大前提に立脚していることが、中越沖地震を契機としてますます自明となりました。これに固執することは破局のリスクを高めるのみとなるとの認識が広がりつつあります。
 とりわけ原発震災に脅かされる浜岡原発と、内外から批判が高まりつつある六ヶ所再処理工場の問題は、日本の統治能力をも問うものとなっており、緊急な対応が求められております。ロスアンジェルス紙が報じた日本の再処理工場からのプルトウム行方不明事件(上・下段に掲出)には、核テロとの関連で重大な関心が寄せられ出しており、去る2月15日、米国務省のクリストファー・フォード核不拡散特別代表は、日本国際問題研究所における講演会で、査察に完全は期しえない例として、この事件に言及したことが注目されます。
 しかしマスコミは何故かこの問題を取り上げません。

 世論もようやく地元から目覚め出しており、政治的決断を生む「臨界点」に達しつつあると思われます。破局の到来を未然に防ぐためには政策転換が不可欠であり、その実現こそ現下の最重要課題と思われます。「大連立」も正当化され得る問題です。

「原発ルネッサンス」の潮流を逆転させる中越沖地震


平成20年2月9日

東海学園大学教授
村田光平

原発の再評価・促進傾向(原発ルネッサンス)に根拠はない

 2007年7月16日に発生した中越沖地震は、核の世界に温暖化を口実に原発を促進しようとする「原発ルネッサンス」の動きとは逆方向の新しい潮流を生みつつあると思われます。
 同年7月23日付ロスアンジェルス・タイムズ紙は、次のような指摘を行っております。
a) 温暖化の対策として原発を有効なものとするためには、今世紀半ばまでに、毎週あるいは隔週に一基ずつ原発を建設していく必要があり、そのためには部品製造すら間に合わず、非現実的である。
b) 現存する104基の原発(電力の20パーセントを供給)は寿命が近づいており、その代替には4、5か月に一基のペースで今後40年間、原発を新設する必要がある。温暖化対策にはとうてい間に合わないであろう。
c)日本の六ヶ所再処理工場から200kg、英国のセラフィールド再処理工場から30kgのプルト二ウムが行方不明となっている。6kgのプルと二ウムで長崎原爆は作られた。

 このような立場は、最近米国の知人(会社社長)から寄せられたよう次のようなメッセージと軌を一にしております。

「米国では温暖化対策として原子力を容認するようにとの圧力があります。私はこれに強く反対します。お送りいただいた資料は私の所属するグループの会員に配布いたしました。
 エネルギー保存計画も代替エネルギー戦略への財政支援もない状況の下で原子力を擁護することは、倫理的に許されません。ご指摘の核拡散、廃棄物、大災害の可能性は極めて現実的なものです。核燃料が核兵器に転用される危険性は、核拡散とともに高まります。
 エネルギー問題は統合されたグローバルな問題であり、国際協力が求められます。だからこそ軍国主義が最大の危険であると信じます。
 世界平和と全ての核物質の削減のために、ともに力を合わせましょう。」


活発化する「原発不信」の潮流

 このたびの中越沖地震は、原発事故は発生しないとの大前提に立脚する日本の原子力政策の根底を揺るがしました。そして、同政策の抱える問題点は世界中に知れ渡りました。

 例えば、英国のNATURE誌(448号)、The Times紙(2007年7月23日付)は、同地震が柏崎刈羽原発に与えた被害を大きく報じております。その中で、特に強調されているのは、「原発震災」の可能性が立証されたこと、そして東海大地震がこれを惹起する可能性の強い浜岡原発の差し迫った危険性です。浜岡原発問題は、大きな国際関心事になったと思われます。
 また、原発輸出の対象国の一つであるインドネシアでは、最大のイスラム団体(NU)が、原発導入に反対することを決めたことが報じられております。

 国内では、中越沖地震により、国民の原発の危険性に対する意識が確実に質的変化を遂げています。原発を抱えた地元からは、原発の定期検査期間の変更反対、耐震構造審査に関する第三者委員会設置の要求など、政府不信の動きも具体的に出てきております。
 自民党の河野太郎議員は、ある週刊誌のインタビュー記事で核燃料サイクル政策を痛烈に批判し、「こんなバカな政策は一刻も早くやめなさい」と発言した旨も、報じられております。
 このように、中越沖地震を契機として、新しい潮流の萌芽が見え始めています。

 中越沖地震が原発に及ぼした被害については、日が経つにつれ新しい事実が次から次と明るみに出てきています。地震発生直後に来日し、拙速と批判されたIAEA調査団による再調査も予定されております。その全貌が判明した時の影響も、全世界に及ぶことが予見されます。すでに、柏崎・刈羽原発の全面廃炉の可能性も強力に主張されるに至っております。月刊「ウェッジ」誌2008年2月号は日本の原発の深刻きわまりない八方塞がりの状況を伝えております。

「地球の非核化」と「新しい文明の創設」へ向けて

 2007年7月20日、私は外国特派員記者会見で浜岡原発および六ヶ所村再処理工場の危険性を訴えるとともに、「原発ルネッサンス」の下で原発を輸出する動きが活発化しつつあることへの深い憂慮を表明いたしました。
 このような活動を含めた私の近況報告に対しては何人もの世界の有識者より声援が送られてきました。

 アル・ゴア前米副大統領からは2007年10月1日付の返書が寄せられました。同返書が、地球の非核化と新しい文明の創設を理想に掲げ、温暖化を口実とする「原発ルネッサンス」に強い懸念を呈する私の立場に一定の関心を示していることは、アル・ゴア氏が私と波長を同じくすることを示唆するものと受け止めております。同氏の『不都合な真実』が、地球環境に対して最大の破壊力を潜在的に有する原発の推進に利用されている現状に不本意の筈だからです。同氏が2007年度のノーベル平和賞を受賞したことにより、米国での温暖化対策への取り組みが加速され、天然資源を節約する新しい文明の創設の必要性について、全世界が認識を深めていくことを期待し得る状況になりました。アル・ゴア氏からは、私の祝意表明に対してファーストネイムで呼びかける今年1月10日付返書が来ました。

 また、アル・ゴア氏と同時にノーベル平和賞を受賞したIPCCのPachauri 議長は2007年11月23日付の私宛メッセージの中で私がこれまで表明してきた懸念が正しかったと指摘しております。

 さらに、フランス語圏諸国が加盟する国際機関「フランコフォニー」のDIOUF事務総長(前セネガル大統領)からは、2007年12月10日付私宛書簡の中で、私の活動が「世界の全ての市民にとって重要な問題に関する論議を起こし、その内容を深めるものであり極めて有益である」との熱い声援が送られてきました。

 そのほかにも各国、各方面より多くの心ある人たちの理解と支援に接しておりますが、未来に希望を抱かせる新しい潮流が生まれつつあるのが感じられます。


急がれる中越沖地震による被害の総括

「原発ルネッサンス」の動きは2007年の国連演説でサルコジ仏大統領が原発を希望する国全てを支援する用意があると述べ、すでに中国、アルジェリア、リビア、カタール、アラブ首長国連邦、及びインドとの協力に合意するなど活発化しております。中国は2020年までに原発を30基も増設する方針であると報じられ、さらに50基、100基の増設計画もあると伝えられております。英国も原発新設に踏み切ると報じられております。

 しかしながら、このような危険な流れがいつまでも続くとは思われません。核テロ、核拡散、各種放射能災害などへの配慮が全く欠落しているからです。批判が起きるのは必死と思われます。

 特に注目を要するのは米国が最も恐れている核テロの可能性です。2003年、国際原子力機関(IAEA)は核物質の盗難件数が660件に達したことを公にしております。また、上記のロスアンジェルス・タイムズ紙の中で日本の六ヵ所村の再処理工場から200kgのプルトニウム(長崎原爆30発以上製造可能)が行方不明になっていること(英国のセラフィールド 再処理工場からは30kg)が報じられております。これらの事例は氷山の一角に過ぎません。

 米国にとり核物質の管理を国際的に強化することは緊急の課題のはずです。核拡散の防止と原発促進という二つの矛盾する任務を与えられたIAEAの抜本的改革を含め、米国が何らかの対策を講ずるに至ることは確実と思われます。
 最近、私を昼食に招いたフランス人記者はフランスがテロの対象となる動きが見られだしたこともあり、仏国内で上記のサルコジ大統領の姿勢に対する批判が耳にされ出したと述べておりました。また、同記者は上記のプルト二ウム行方不明事件に重大な関心を示しておりました。

「原発ルネッサンス」が中越沖地震の教訓を一切顧慮することなく突き進むのは正当化し難いことです。中越沖地震が原発に与えた被害は恐るべきものと思われます。その総括を急ぎ、これを世界に発信することは日本の使命であると確信いたします。これにより「原発ルネッサンス」に取って代わる新しい潮流は大きく促進されることになると思われます。

日本の原子力政策の転換を訴える

2007年2月9日

村田 光平

1 はじめに
 このたび明らかにされた東京電力による199件の偽装工作は、原子炉の炉心冷却装置における非常用ポンプの故障という重大なものを含んでおり、国民の安全を最優先する立場からすれば、同社に原発を取り扱う資格はないと判断せざるを得ません。ほか、次々と各電力会社の不祥事(検査ミスや隠蔽、臨界事故疑惑など)が明らかとなっており、国の監督責任は重大であります。
 この機会に原点に立ち戻り、原子力政策のあり方を見直す必要があります。特に、政策の修正を一切なしえないという、我が国独特の原子力政策の決定のあり方の改善が早急に望まれます。我が国の原子力政策に見られる硬直性は、諸外国に比べて異常なものと言え、これは主管省のみで政策を決定するメカニズムに起因しているものです。
 破局の到来を未然に防ぐためには、(1)原発の国有化、(2)原子力安全・保安院の主管省からの独立、(3)浜岡原発の全面閉鎖、及び(4)六ヶ所村再処理工場の閉鎖を早急に実施すべきです。とりあえずの緊急課題は、これを可能にする政策決定メカニズムを確立することであると思われます。

2 戦後体制を象徴する原発
 原発開発のきっかけを自ら生み出したことを深刻に反省したアインシュタインは、死の5カ月前、「今度生まれ変わったらブリキ職人か行商人になりたい」と述懐したそうです。「核のない世界」が人類の理想であることは、誰も否定できません。
 被爆国である日本が、今日55基もの原発を有していることは、まさに異常と言えます。世界一の地震大国日本が、米、仏に次ぐ原発大国になっているのです。これは、放射能の危険性を国民に知らせないという「原子力タブー」があってはじめて可能となったことと言えます。こうした事態は、経済至上主義に立脚する戦後体制を象徴するものと思われます。
 原発テロリズムを考えれば、安全保障の見地からして、日本は実質的に最も脆弱な国になっていると言って過言ではありません。放射能汚染も避けられません。原発事故の可能性も増しています。
 そうした実情からして、東海大地震が予測される地域のど真ん中に存在する5基の浜岡原発の運転停止を求める全国署名は、現在90万筆近くを数えています。また、一日に「原発1基1年分以上」といわれる放射能を日常的に放出している六ヶ所村の再処理工場は、浜岡原発とともに、日本のみならず世界を脅かすものとして、国際的にもその実態が注視されております。

3 原子力の危険性に対する世論の認識の深まり
 最近の世論の動きを見ると、原子力の危険性に目ざめつつあることが看取されます。チェルノブイリ原発事故20周年に関する多くの報道が、これに大きく貢献しております。また最近は、原発事故の悲惨さを描いたドイツの映画『みえない雲』、『六ヶ所村ラプソディー』、『東京原発』などに多くの観客が集まりました。私が関係する大学でも、多くの学生が原子力の危険性に対する認識を深めております。
 現在、アル・ゴア前米副大統領の地球環境に関する警告の著書、またそれをもとにした同名の映画『不都合な真実』が世界的に大きな注目を集めています。この著書ならびにドキュメンタリー映画の主題は「地球の温暖化」ですが、これを「原子力の脅威」と置き換えてみてもすべて当てはまることに驚かされます。
 アル・ゴア氏がよく引用する比喩があります。「カエルは熱湯に飛び込めばすぐに飛び出すが、ぬるま湯から少しずつ熱していけば、お湯が沸騰するまで気がつかず死んでしまう」というものです。この比喩は、人類が直面している脅威を見事に暗示しています。
 また、アル・ゴア氏は「すべては倫理の問題である」と強調し、温暖化の実態に関する科学者の報告書が政治的圧力で改ざんされる事例、あるいはマスコミを通じた情報操作を指摘していますが、これも原子力問題を想起させるものです。
 『不都合な真実』が最も強く訴えているのは、脱原発など資源多消費型文明からの決別の必要性だと思われます。新しい文明の創設は、これを支えるエネルギーについても、脱石油、脱原発など、新たな課題への取組みを必要としているのです。事実、脱原発を進めているスウェーデンでは、2020年までの脱石油を決定しております。

4 原子力に対する批判の高まり
 原子力に対しては、今後次のような観点から批判が強まることが予想されます。

(1)未来の世代の人権を蹂躙する
 処理方法が見いだされておらず半永久的に有害な原発の廃棄物を後世に残すことは、倫理的に許されることではありません。放射能は人間の生殖機能(遺伝子)を傷つけ、その被害は幾世代先にまで及ぶものです。未来の世代の人権保護の見地から、対策が必要とされます。
(2)原子力の使用は倫理の根本に反している
 原発は当初より、その廃棄物の最終的処理法を持たないまま運転されています。また、万全の事故対策も存在せず、放射能汚染から住民を守る措置もまったく不十分です。これは「無責任」そのものと言えます。
 また、原子力の危険性を直感する住民の反対を抑えるため、交付金や匿名寄付など巨額の金をばらまいているのは周知のことであり、こうして破局の種を植えつけることは倫理の根本に反しています。
(3)核兵器、原発は地球環境を破壊する最大の潜在力を有する
 これまでに行われた各国の核実験は、数千万人規模の被曝者を生んでいます。また原発大事故の恐ろしさは、チェルノブイリ事故、スリーマイル島事故などにより立証済みです。
 また、ロバート・ストレンジ・マクナマラ・元米国防長官が述べているように、「キューバ危機」をはじめ、これまで核戦争を回避できてきたのは「幸運」によるものであり、この「幸運」をいつまでもあてにすることはできません。
(4)原子力の平和利用は核拡散をもたらす
 イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮などの核開発がその証左です。「原子力の平和利用」により生ずるウラニウム及びプルトニウムなどは、核テロリズムの脅威を現実のものとしています。最近ロンドンで元KGB職員がポロニウムにより暗殺されたことが想起されます。
(5)原発は新しい文明を支えるエネルギーとして適さない
 原発は常時「フル稼働」を必要とし、夜間に余計となるエネルギーを活用するため揚水ダムを造るなど、電力消費を助長するものです。

5 「原発ラッシュ」の潮流と地球の非核化
 上述のように、世論の動きが原子力の危険性に目覚めつつある中で、最近、原発の新規開設の動きが「原発ラッシュ」として報じられています。この点に関して指摘しておきたいことがあります。
 一つは、このような潮流は、原発大事故がどこかで発生すれば消え去るものであるということです。昨年7月、スウェーデンで原発の緊急用発電機が動かず、あと7分で大惨事になるという重大な事態を引き起こしました。これにより、原子力の安全性に関する論議が欧州各国で活発化しております。
 また、報じられているように、原発がアジア諸国、アラブ諸国にまで拡散することは、平和利用を超えて核開発に至り得るものです。これが核テロリズムの可能性の増大につながるものであることは、言うまでもありません。
 2005年6月、スタンフォード大学で開催されたOBサミットにスペシャル・ゲストとして出席したAmitai Etzioniジョージ・ワシントン大学教授は、論文で骨子次のような見解を発表し注目されています。
(1)国家安全保障の見地より、50万人の即死者と大都会の壊滅をもたらし得る核テロリズムの防止が最優先されねばならない。
(2)そのためには、核兵器及びその製造を許す核物質へのアクセスを断たねばならない。
(3)NPT(核不拡散条約)体制下では、核物質の管理された保有が認められているが、これを改め、核物質の回収を行うべきである。
 このような見解からすれば、「核の平和利用」に対する規制強化は、早晩不可欠となります。しかしイランの例が示すように、これに対する抵抗は強く、最近の原発復興の潮流はさらにその代価を高めると思われます。結果として、核保有国が本格的な核軍縮に応ずることによってのみ、「核の平和利用」の規制を実現できるような事態となることも想定し得るのです。
 これまで核保有国は、NPT条約上課せられている核軍縮の義務を、真剣に果たそうとはしてきませんでした。しかし、北朝鮮及びイランへの対応に見られるとおり、米国は核テロリズム防止を含む安全保障上の要請から、今後原子力の平和利用を規制する方向で動かざるを得なくなるでしょう。そしてその代価として、自らも他の核保有国とともに核軍縮に踏み切らざるを得なくなると思われます。こうして、民事・軍事を問わない地球の非核化という理想が現実味を帯びることになります。
 人類は現在、核問題をはじめとする危機的状況にあります。理想を実現しなければ、存続が危ぶまれる状況にあるのです。その意味で理想と現実は紙一重となっております。ここに天の摂理が感じられます。

6 今後の課題
 原子力政策の転換を行う際に考慮すべき点としては、次のような諸点を挙げることができます。
(1)原子力関係の仕事に携わる人々の生活を、不安のないものにするための施策を講ずること。
(2)国が事故防止、事故処理、放射能災害対策などにつき、全責任を負う体制を確立すること。
(3)燃料電池、太陽エネルギー、風力エネルギーなど、新エネルギーの開発に本格的に取り組むこと。権威ある外国の専門家が、エネルギー需要の4割まで開発可能としている「地熱エネルギー」の活用見直しも求められる。
(4)原子力分野を専攻する学生の深刻な不足が取り沙汰されているが、既設原発、使用済み核燃料及び核廃棄物の安全管理の専門家を育成し、その使命に充分誇りを感じさせる体制を整えること。
(5)ドイツ、イタリア、オーストリア、スウェーデンなど、欧州の主要国は脱原発に踏み切っているが、その根拠となる理由は、連帯の精神から他国とも共有し得るはずである。他国での事故が自国にも及ぶことを考えれば、このような連帯は不可欠と考えられる。こうした国際連帯を日本は世界に訴えていくべきである。

7 おわりに
 原発が「核の平和利用」と銘打たれ人類の夢のエネルギーとして登場し、多くの優秀な人材が献身的にその開発に貢献してきていることは評価されねばなりません。しかしながら、広島・長崎の悲劇、不幸な原発大事故などにより放射能の危険性が立証されている今日、「ぬるま湯の中のカエル」となっている日本そして世界は目覚めなければなりません。
 この小論は、原点に立ち戻ることにより「核のない世界」の実現を訴え、すべての関係者の奮起を願うものです。みなさまのより一層のご理解とご尽力を、心よりお願い申し上げます。

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