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2003年12月30日(火) サンタクロース?まだ疑ってんの?(笑)

私には、理解できない。この時期、サンタクロースの存在について問われ、答えに窮する親が続出するということを。思考力に欠ける子供が「サンタクロースなんて本当はいないんだ」と分かったような振りをするのは許すとしても、なぜ、大の大人がサンタクロースの存在について迷うことがあるのか?

あるいは、世の中には、そうした多くの親の悩みを真に受け、「サンタクロースなど(実は)存在しない」という前提に立った上で、それを良心的にごまかすことによって美談になった例もあるという。もし、将来、私が娘に「サンタクロースは本当にいるの?」と問われたとしたら、こう答える。


「いるよ。っていうか、あれはオブジェクトだから」

これで、ほとんどの子供は納得するはずだ。

「誰もサンタクロースを見たことが無いからといって、それがサンタクロースがいない証拠にはならない」などという詭弁を弄する人に最低小一時間は問い正したい。では、あなたが12月に入って、何度となく街角で目撃している赤い帽子と赤い服、白いひげをつけた人物は、いったい誰なのかと。あれは、シャー専用サダム・フセインであって、サンタクロースではない、とあなたは言い切れるのか、と。

「あれはサンタクロースの格好をしているだけであって、本物のサンタクロースではない」などと言う人はぜひ、この機会に考えていただきたい。

「あれは春 一番であって、本物のアントニオ猪木ではない」とか、「あれはプリティ長嶋であって、本物の長嶋茂雄ではない」という議論がなりたつ時点で、「あなたはアントニオ猪木の存在を信じますか?」とか、「長嶋茂雄って本当にいるの?」という議論は成立しない。同様に、「本物のサンタクロース」が議論されている時点で、その実在を疑うことは滑稽であろう。

猪木とサンタクロースの違いは、その抽象度にある。猪木の場合、まだ歴史が浅いため、猪木本人と抽象的な「猪木」が分化していない。1000年後には、「イノキ」は大晦日にどこからともなく現れて「1・2・3・ダー」をやり、恵まれない人を励ます存在になっているに違いない。同様に、セント・ニコラスは歴史の中で純化され、現在のような「サンタクロース」として抽象化されるに至った。つまり、サンタクロースは、セント・ニコラスから「プレゼントというかたちで愛を与える」という本質を抽象化した、いわばオブジェクトなのである。

それでは、「確かに、セント・ニコラスは存在したが、近年広まったサンタクロースはそれを模倣しただけであり、偽物である」という主張はどうだろうか。このような主張は、オブジェクト指向についての理解が不足していると言わざるを得ない。「サンタクロース」はオブジェクトであり、それを具現化した存在のひとつにすぎないセント・ニコラスを「本物」とし、その他を「偽物」とすることは誤っている。この世に具現化したサンタクロースは、「プレゼントというかたちで愛を与える」という性質を継承している以上、セント・ニコラスも含めて、すべて対等の立場にある。厳密には、「恋人は(オブジェクトとしての)サンタクロース(のインスタンス)」ということになるが、日常会話でここまでこだわる必要は無い。

この点で、純粋な「サンタクロース」を具現化したインスタンスは存在しないことに注意する必要がある。なぜなら、「サンタクロース」というオブジェクトには、通常の人間としての活動、食事/睡眠/排泄などは含まれていないからだ。セント・ニコラスでさえも、サンタ・クロースとしての性質以外に、普通の人間としての性質を継承しているからこそ存在できたのだ。多くのサンタクロースは、「サンタクロース」のほかに「おじさん」としての性質を継承しているが、それを恥じることは無い。プレゼントというかたちで愛を与える限り、あなたはサンタクロースそのものなのだ。

また、赤い帽子やひげをつけていないからといって、「実装が不完全だった」などと考える必要が無い。セント・ニコラスはそのような格好はしていない。赤い帽子やひげは、多くの暇なインスタンスが実装しているが、「サンタクロース」というオブジェクトには関係がない。あるいは、「サンタクロース」を拡張した「商業用サンタクロース」のオブジェクトには含まれていると考えてもよいだろう。

このオブジェクト指向のサンタクロース理論について理解すれば、「サンタクロースひとりで世界中の子供にプレゼントを配れるわけが無い」などという非難は、全く的外れであることが分かる。これは、「『お相撲さん』ひとりで、どうやって相撲をとるの?(笑)」という議論と同じである。「サンタクロースっていうオブジェクトはひとつでも、そのインスタンスは無数に存在できるんだよ。だから、サンタクロースは世界中の子供にプレゼントを配ることができるんだ」と答えれば、必ず子供は納得する。

このように、サンタクロースは、歴史上実在し、オブジェクトとしても存在し、無数のインスタンスが毎年生成されて続けている。いかなる意味においても、「サンタクロースはいない」などと、純粋な理性を持ち合わせないことを告白するがごとき発言を認めることは出来ない。

唯一、「お父さん、オブジェクトとしてのサンタクロースを単一継承した純粋なインスタンスはこの世に存在するの?」と問われれば、我々は「それはいないんだよね」と答えざるを得ない。しかし、この意味では、猪木も長嶋も同様に存在しないのだ。我々は長嶋茂雄について語るとき、彼の食事/睡眠/排泄等に関心があるわけではない。語られる「長嶋茂雄」の要件は、実在としての長嶋茂雄のごく一部であり、また、実在の長嶋茂雄に本来備わっていないにも関わらず、作り出されたイメージが、オブジェクトとしての「長嶋茂雄」を構成している。したがって、オブジェクトとしての「長嶋茂雄」の完全なインスタンスは存在し得ない。

「(オブジェクトとしての)サンタクロース(の純粋なインスタンス)はいないんだよね」と言いたくない親は、こういうべきである。「サンタクロースは存在する。しかし、もし、それを存在しないというのであれば、世の中のすべては無である。「壷」は壷ではない。もし、「壷」が壷そのものであるならば、「壷」と言った瞬間に口から壷が現れねばならないからだ」

万が一子供が「?」という反応を示してきたら、それは、子供が、ものごとの理解に必要な最低の年齢に達していないということである。その場合は、こういえばいい。

「大人になって、自分の子供ができたらきっと分かる。サンタクロースは、君が生きているのと同じように、本当にいるんだって。いや、まじで(笑)」

俺もそう思っていた、というサンタクロースはこちらまで。

2003年2月1日(土) 温故知新:取材日記(1)

以前、猿バリバリループの謎の取材でお世話になった滝沢教授を久しぶりに訪ねてここ2年での研究の進展について伺った。

ー最近の研究の進捗状況を教えてください。依然として、猿毛皮二着説が有力なのでしょうか?

滝沢:現在、学会で最も有力になっているのは、猿がどこかにタオルを隠し持っているという説です。というのも、ある事実が明らかになったためです。

群馬の温泉で、タオルを持って入浴する熊が発見されたというアレですか?

滝沢:その通りです。熊がタオルをもてるのならば、猿も持っていておかしくないということです。

ーやや安易な気もしますが

滝沢:一応、タオル3乗則という理論的な裏付けはあるのです。動物の体を立方体として近似すると、体長が2倍になれば、表面積は2の3乗、8倍になります。体を拭くのに必要なタオルの面積は体の表面積に比例しますから、例えば、熊の体長が猿の3倍だとすると、熊のタオルは猿のタオルの27倍の大きさである必要があります。逆に言うと、猿のタオルは熊のタオルの27分の1でいいわけです。

ーつまり、27倍のタオルが必要な熊がタオルを隠し持つことができるのであれば、猿がタオルを隠し持つことは容易であるということですか?

滝沢:その通りです。

ーそうすると、この問題は決着したと考えて良いのでしょうか?

滝沢:私はそうは思っていません。

ー教授は、猿がどこかにタオルを隠し持っているという説に重大な欠陥があるとお考えなのですか?

滝沢:理論的には大きな欠陥はないと思います。ただ、現実問題として、タオルを持った猿がいまだに発見されていない点が重要です。仮に猿がタオルを持っていたとすると、その姿を目撃されてしまう確率は熊に比べて数百倍高いと考えられるからです。

ー数百倍ですか。

滝沢:熊と猿は、行動形式が大きく異なります。熊は基本的に単独行動を好みますが、猿は群れ社会です。特に、ボス猿の役割は極めて大きい。結論から言えば、猿がタオルを持っていた場合、ほとんど確実にボス猿の背中を流してしまうと言うことです。これでは、確実に発見されてしまうでしょう。

ーそれにも関わらず、ボス猿の背中を流す姿が確認されていないということは、猿がタオルを持っている可能性はないということになります。

滝沢:ないとは言いませんが、極めて低いと言うことになります。

ーそれでは、教授の最新の学説を教えてください

滝沢:その前に、最近、家電メーカーの方がこの問題に関心を持ってくださっていて、工学的なアプローチで問題に取り組んでいます。それを紹介させてください。

(続く)

関連情報は引き続きこ ちらまで。

2003年1月26日(日) スポーツQ&A:スキー・ジャンプ

Q.ノルディック・スキー、ジャンブのノーマル・ヒルとラージ・ヒルの違いを教えてください。

A.ノーマル・ヒルでは、ジャンプ台の高低差を110m前後、最大斜度を36.5度に設定し、それ以上飛ぶと危険とされるK点を90メートル置いています。ノーマル・ヒルはラージ・ヒルに比べて飛距離が短いため競技的な人気は下降気味ですが、飛び出し速度が低いためより高度な技術が必要とされます。

一方、ラージ・ヒルはジャンブ台の高低差、最大斜度はノーマル・ヒルとほぼ同じですが、選手の飛び出しの速度を高めるために、ノーマル・ヒルと比べて選手のヘルメットの中に入れるヒル(蛭)を一回り大きなものにしています。

一般の人にとってはぞっとする話ですが、選手の中にはラージ・ヒルを好む選手も少なくありません。また、最近では飛びついてくるヒルを用いてさらに飛距離を伸ばすフライング・ヒルも高い人気を得ています。

自分の現役時代とはルールが変わったのか?という元選手はこちらまで。


2003 年1月25日(土) 肉まんー75年の歴史に幕

大正初期に登場して以来、すっかり日本の冬の風物詩として定着している肉まんであるが、時代の流れには勝てず、75年の歴史に幕を下ろすことになりそうだ。

肉まん最大手のI屋によれば、近年肉まんに対する一部消費者団体からの圧力が強まっており、「このまま売り続けるのは時代の流れからみても困難(I屋幹部)」と判断したと言う。ただ、商品そのものの売れ行きは好調で、名称を変更して理解を得る構えだ。

新名称については未定であるが、他の例から判断して「肉パーソン」が有力。

ベターな新名称を思い付いた、という方はこちらまで。


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