パーカー75(1964年〜1994年)

 パーカー75は、パーカー社創設者の子息であるKenneth Parkerと多くのパーカーペン(45,61,VP,T1等)のデザイナーであるDon Domanがデザインした。当時、筆記具市場はボールペンが主流になりつつあり、万年筆は斜陽であった。また、パーカー51後の主力製品であったパーカー61の売れ行きは芳しくなかった。ジョッター・ボールペンやパーカー45といった安価な製品は売れていたが、大きな売り上げにはつながらなかった。このような状況下で、パーカー75はデザインされた。

 最初のモデルは、ペン軸とキャップに高級感のある純銀(スターリングシルバー)を用い、格子柄のデザインが施された。現在はフランス語でCiseleと呼ばれているが、発売当時はCrosshatch gridと呼ばれたこの格子デザインはKenneth Parker所有の英国製シガレットケースの柄から、コンバータとカートリッジというインクフィラーはパーカー45から、そしてパーカー75を特徴づける書き癖に応じて角度を変えられる大きな14金ペン先は、同じ機能を持ちながら失敗作となったパーカーVP(1962年〜1964年)から採用されたと言われている。

 パーカー75はパーカー65の失敗を受けて開発されたとの説もあるが、パーカー65はパーカー61の英国での改良型であり、パーカー75の5年後の1969年に販売開始されたモデルである。私的な推測の域を出ないが、このパーカー65はパーカー75の成功を受けて、フランス工場で生産されたパーカー75に対し、英国工場製品の売り上げ向上のためHooded Nibのパーカー61にパーカー75と同じようなOpen Nibのより大きなペン先を載せ書き味の改良を図ったモデルではないだろうか。

 パーカー75の1964年販売時の値段は25ドルであった。この1964年モデルではペン軸のねじ(セクションとボディをつなぐねじ)がアルミニウム製であったのに対し、1965年以後のモデルはペン先部の軸は、ねじ部も含めた一体型のプラスチック製となった。これは、パーカー75の高級感を著しく阻害しているように感じる。

 軸の材質については、様々なモデルが売り出され、純銀製のスターリングシルバー、純銀に金を貼ったバーメイル、金張りのインシグニア、ステンレス製のフライター等々がある。また、コレクター向けのスペイン船から引き上げた銀で作ったSpanish Treasure Fleet 75、米国独立記念モデル等が有名である。

 1979年にフランスのメル工場でラッカー・モデルが生産され、その後パーカー75の生産は徐々にフランスに移った。フランスでも様々な材質の軸を持ったモデルが生産された。1994年に後継モデルのソネットが発売されたことで生産が打ち切られた。

 1965年から1981年の間だけで、1100万本のパーカー75が売れたと言われている。筆記具としての完成度の高いペンであり、まだまだ現役で活躍している他、最もコレクターの多いペンのひとつでもある。

 30年間に渡って生産されたParker 75には、さまざまなバリエーションが確認されている。

 これは、キャップの先端部tassieと呼ばれる部分であるが、初期モデルはFlat Topといって平坦に仕上げられている。その後は、Dish TopまたはDimpleモデルとなるが、これはこの凹んだ部分に会社のロゴを入れるなどして、ギフト商品とすることを狙ったものと言われている。ちなみに、矢羽根の形や大きさも変化している。

 Parker75の大きな特徴のひとつに書き癖に合わせてペン先の角度を変えられるという機能があるが、初期のモデルでは角度の中間位置に0(ゼロ)のマークが記されていた。これも初期モデルの特徴で、その後は目盛りだけが刻印されている。

 写真の0マーク付きのInsigniaは、1965年製造のモデルである。

1964年モデルでは、セクション部には金属製のスレッドが使われていた。
 ペン先はこのようなパッケージで販売されており、簡単に付け替えることができる。

 このパッケージは1964年9月製造の米国製67 Broadとあるので、ごく初期のものと思われる。当時の値段は、1個7ドル。ペンの値段が25ドルであったから、ペン先は値段の約3割を占めていたことになる。後期のフランス製はもちろんペン自体も値上がりしているが、ペン先は40ドル程度になっている。

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