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ト ル コ

アジアとヨーロッパの接点に位置するトルコ。交通の要衝、宗教・文化の接点として歴史的には波瀾万丈の時代を送ってきた地域(国)。ヒッタイト、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、東ローマなど色々な国が興亡を繰り返したが、1453年、ビザンチン帝国を滅ぼしたオスマントルコ帝国が誕生する。19世紀にはロシア、イギリスなどの影響を受けたが、1923年、近代トルコの建国の父といわれるケマル・アタチュルクが共和制を宣言し現在に至っている。

写真は、トプカプ宮殿からボスポラス橋を望んだ所



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イスタンブール(Istanbul)
 ビザンチン、コンスタンチノープルなどとも呼ばれてきたアジアとヨーロッパの接点の都市。ヨーロッパ側 のブルーモスク、アヤソフィアの遠景(左)とユダヤ人の造ったガラタ塔(右)。都市全体を見渡すにはガラタ塔に上ると良い。このガラタ塔については、15世紀の東ローマ帝国の滅亡に対して、興味深い伝説が残されている。

アヤソフィア(Aya Sofia)
 東ローマ帝国時代にキリスト教の寺院として造られたアヤソフィア(左)。その後イスラムの進行によりイスラム寺院に改修され、現在は博物館となっている。内部の壁の装飾は、表面はイスラムの幾何学模様だが現れているが、所々その下のキリスト教の宗教画が露出しているところがみられる。

スルタンアフメットジャーミィ(ブルーモスク)

 現在もイスラム寺院として使われているモスク。内装にイスラム様式のブルーのタイルが用いられていることからブルーモスクとも呼ばれている、6本のミナレットを持つ寺院である。建立当時のスルタンアフメット1世が、「黄金のモスクを造れ」との命じたことにより建立されることとなったが、臣下が「黄金」と発音の良く似た「6本」(のミナレット)と聞き間違え、このモスクが誕生したといわれている。実際は、財政上の問題で臣下が聞き間違えたことにしたとの話もある。

地下宮殿
 アヤソフィアとブルーモスクの間(すぐ横)にある地下宮殿と訳されている地下の貯水池、4〜6世紀の建設といわれている。天井を支える柱には、当時そこここに転がっていたと思われるギリシャ・ローマ時代の柱が転用されている。見所は、メドゥーサの首の彫刻が彫られた石塊が柱の基礎となっているところ。

トプカプ宮殿
 スルタンの住まいであったトプカプ宮殿。ここには、スルタンが財力にものをいわせて集めたシルクロードの逸品が展示されている。みどころは86カラットのダイヤ、黄金の玉座やシルクロードを通じて伝わった中国の陶器など。また、ここからのボスポラス海峡やヨーロッパ側の見晴らしは最高。

ヒポドロームグランドバザール
 古代競技場の跡ヒポドローム。ここには3本のオベリスクが残っている。左は、エジプトのカルナック神殿から戦利品として運んできたオベリスク。
 右は、買い物客で賑わう迷路のようなグランドバザール。金細工、革製品などお土産物が多いが、特に金製品は安いとはいわれているもののあまりまけてはくれない。



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