Latest Update 97/11/29

 モロッコはもともとベルベル人が暮らしていた土地、紀元前後のローマ帝国の支配、7世紀のイスラム教の進行を経て、788年にイドリース朝が誕生し、フェズに都を定める。各地のメドレッセやモスクはこれ以降のもの。この後、マラケシュを首都とするムラービト朝などいくつかの王国が興亡し、スペイン・ポルトガルにも一時期勢力を拡大する。20世紀には、フランス・スペインの保護領となるが、1956年ムハマッド5世により、独立を回復する。


カサブランカ(Casablanca)
12世紀頃から港を中心に発展してきた、人口400万人の町。映画「カサブランカ」でその名前は有名だが、訪れてみると近代的な都市だった。写真は海岸沿いに造られた近代的なハッサン2世モスク市内の風景

 ハイヤットリージェンシーホテルにあるBAR CASABLANCA。映画と直接関係があるわけではないが、店内は映画のRick's Cafe Americanに似せてつくってあり、映画にちなんだカクテルが多い。ピアノのライブもあり、ハンフリー・ボガード似のバーテンさんによるこーんなサービスも。カクテル1杯(80DH(\1,100)位から 1996年9月)


マラケシュ(Marrakesh)
 カサブランカとは違い、歴史の残っている町マラケシュ、そのメジナの中心はジャマ・エル・フナ広場 (写真左)。夕方になると人でごった返す。この広場を見渡すには、建物の屋上を開放した、CAFE GLACIERがおすすめ。ちょっと高めのジュース(15DH程度 =\200 1996年9月)を注文すると入れる。写真左はそこからの眺め。
 写真右は、12世紀に建てられたマラケシュのシンボル、クトビアモスクのミナレット。訪れたときは修復中だった。

 写真左下のスペインのアルハンブラ宮殿に似ているのが、バヒーア宮殿。いまでも、国王や国賓の宿泊に使われている。
 写真右は、12世紀に造られたメナラ庭園。貯水池と周囲のオリーブの木々の調和が美しい。写真の建物自体は19世紀に修復されている。




カスバ街道(Ouarzazate to Er-Rachidia)
 モロッコを縦断するオートアトラス山脈の南側には、カスバと呼ばれる城塞が数多くある。左下は、ワルサザード近くにあるアイト・ベン・ハドゥー、グラウディという人が住んでいたことからグラウディのカスバとも呼ばれている(グラウディのカスバは他にもたくさんある)。「アラビアのロレンス」「ナイルの宝石」などの映画のロケ地としてつかわれ、世界遺産にも登録されている。右下は、ばらの栽培で有名なスクーラにあるカスバ、現在も数家族が居住している。カスバ街道沿いから畑の中を5分くらい歩かないと見れないが、非常にきれいなカスバだった。必見。
 カスバ街道沿いのホテル、レストランではアルコールの提供をしないところが多く、ワルサザードのスーパーで、ビールを買いだめした。


トドラ渓谷、トゥズ渓谷(the Todra Gorge, the Ziz Valley)
 カスバ街道沿いの町ティネリールから少しそれると両側が切り立った断崖、トドラ渓谷と呼ばれるところにでる。何もないところだが、この奥のレストランでモロッコ料理を楽しみ、軽く散策することができる。
 左は、グランドキャニオンに似た風景が楽しめる
トゥズ渓谷。


メズルーサ砂漠(エルフード, Erfoud)
 サハラ砂漠の西端に位置するエルフード。ここからは、砂漠の日の出ツアーが楽しめる。9月中旬の日の出は6時過ぎ。早朝4時半にエルフードのホテルをジープで出発し約1時間で砂丘の一端に到着する。ここから、徒歩やラクダで砂丘の中へ移動し日の出を鑑賞する。町中での日の出と違い、薄明るくなった稜線から突如として太陽が現れた。


フェズ(Fes)
 8世紀に建設された古都、その中心はフェズ・エル・バリでその中は両手を広げたほどの隘路に人、荷車、ろばが行き交う。メディナでは、ロバが荷物運びの主役、ロバ2頭がやっとすれ違える細路では「ロバ、ロバ、ロバ・・・」と声をかけながら荷物を運んでいた。左はフェズ・エル・バリのなかの絨毯屋の屋上からカラウィンモスク(写真の塔)を眺めたところ。
 フェズ・エル・バリの観光では、旅篭やスーク、メドレッセなどを訪れるが、必ずと言っていいほど連れて行かれるのが右の写真のなめし革の染色場(ダッバーギーン)。ここは悪臭の中、ミントの葉を臭い消しに持って観光する。
 写真左は、このフェズ・エル・バリの門の一つ、ブジュルード門(写真左)門を通して向こう側にはカラウィンモスクのミナレットがみえる。車はここから中へは入れない。
 フェズには、このほか王宮、ブ・イナニア・メデルサなど見所が多い。

 フェズの近くにはムーレイ・イドリスという「聖者の町」がある。イスラム・イドリス朝の開かれた地で、異教徒は町中へは入れない(写真右上)。


ボリュビリス(Volubilis)
 フェズの近くにあるモロッコ最大のローマ遺跡。紀元前にローマ領として町が造られ、8世紀イスラムの進行まで栄えた。いくつかの凱旋門、バシリカ(写真左)、浴場、アゴラ、オリーブ油工場などの遺跡が復元されており、結構広い遺跡だった。写真右はバッカスの館のモザイク



ラバト(Rabat)
 モロッコの首都ラバト。写真左はハッサンの塔(写真左)、モハメッド5世廟に隣接してあるミナレットで、12世紀のムハビト朝マンスールによって造られた、未完のミナレット。この付近からのブーレグレグ川と大西洋、ウダイヤのカスバの景色は美しい。
右は、王宮。ラバトにはモロッコ唯一の日本料理店があり、刺身も食べれる。