夕方亀の足跡を求めて西浜へ
パナリから帰ってから再度仲本海岸へ行こうと思いましたが疲れたのでそのまま宿にもどります、器材を洗ってから水着を濯いでいる間にまたまたガジュマルの木の下でビールをぐびぐびやりました、海から上がってのビールはうまい!しばらくすると埼玉にーにーと武蔵野ねーねーが仲本海岸からもどってきました、仲本海岸のアウトリーフまででたそうで珊瑚がきれいだったそうです、しまった!おやじもここでもう一踏ん張りして行くべきだったのだ。もう潮が引いて来ているのでこれからでは危険な為あきらめました。しかし武蔵野ねーねーはパナリへ行った後なのに元気だね〜若いて素敵!(じじくさい?)その後洗濯物を干してからまた玄関の椅子で夕食迄くつろぐことにします。丁度川崎夫婦の旦那も一緒に椅子に座りながら宿にたくさん置いてある本を読んでいます。そこへ宿に泊まっている家族連れのおとうさんと5歳位の男の子が水着のままもどってきました、「すみませ〜ん」と宿の方を呼びますが誰もいないようです。どうしたんですか?と尋ねるとくらげに刺されたとのこと。男の子の腿にくらげのさされた跡があります、みみず腫れです。これはたいへんとぼくと川崎旦那が奥の方迄いって宿の方を探しますがいません、台所に酢が置いてあったのでもってきておとうさんにかけてもらいます、男の子は痛いよ痛いよと泣いてたままです、川崎旦那がボールにお湯を張って持ってきました、これで温湿布すれば腫れがひくとのことです、ですがタオルがない!いやありました!旅行中いつもしていたぼくの首タオルを使ってお湯をよくしぼり腫れにあてがいます(汗がしみこんでいたけど勘弁ね〜)確かハブクラゲは酢をかけたあと氷や冷水で冷やすと思っていたのですが、なんと川崎旦那も2〜3日前おなじく刺され、その時宿の方にそのように処置してもらったそうです。どうりで詳しいはずだぜぃ。ぼくは何回もタオルを絞っては腫れにあてがってあげました、だんだん男の子が泣かなくなってきて落ち着いたようです、あとはおとうさんにそのまままかせました。その子のおかあさんの話だとほんと浜に上がる手前で鼻水みたいのがくっついていて、最初くらげには見えなかったそうです。そうこうしているうちに宿のヘルパーさんが戻ってきました万一の為島の診療所を聞きましたが今先生が怪我して島にいないとか、とほほ、、、。容態が悪くなったら石垣への最終便も考慮に入れた方がいいですよとちょっとおかあさんを脅かしてしまった。特に小さなお子さんは海パンだけでなくもっと肌を出さない格好にしたほうがいいでしょうね。翌日男の子はけろっとしてましたから大事にいたらなかったようです、ハブクラゲだったのかしら?まだ不明です。貸したタオルは記念にどうぞと言ったのですが洗って返してくれました。(もちろん首タオルを使ったとは黙ってましたけど)
ひと騒動が終わってまだ夕食迄2時間程あります、ぼくは黒島最後の夜ですからこのままではもったいないと思い、海亀が産卵にあがってくる西の浜へ行く事にしました、自転車置き場から自転車を持って来てさっそく出発です(今回はちゃんとした自転車でした)
西の浜へは港へ向かう道を通ります、長くまっすぐの道をひたすらこぎますが平坦な島ですから楽にいけます、一旦港迄でて待合所でさんぴん茶を購入、それから西の浜へむかいました。一周道路を外れると草が生え茂った農道です、周りの茂みにはカラスがごそごそ動いています(黒島はカラスが多いです)、がたんごとんとパンクしないかひやひやしながら農道をはしり、途中二手に別れてますが案内版があるのでその通りいくと西の浜へでます。浜にはだれもいません。大変静かなところでした。どれどれ海亀の足跡があるかな〜と探しますが、どれが足跡なのかもわかってない状態です(笑)人間の足跡ならたくさんついていました。この時間だから人がいないんだなと思っていたところ犬を連れた地元の女性がきました。その女性と犬は誰もいない海で泳ぎはじめます、ぼくは浜でさんぴん茶を飲みながらなんてのんびりした時間だな〜、黒島も今日で最後かとちょっとセンチメンタルになっていたりして(笑)30分ぐらいで宿に戻りはじめましたがマリンビレッジの奥に八重山海中公園研究所があることを思い出しそこの飼育している海亀ベビーをみにいくことにします、たしか埼玉にーにーの話だとマリンビレッジのダイビングサービスのさらに奥の方と聞いてましたから農道をさらに奥迄進みます。とうにマリンビレッジを通り過ぎていますがなかなかわかりません自転車で15分程走ってもそれらしきものがありません、ついに牧場迄でてしまい、あれ〜?通り過ぎているのかな?こりゃまづいと思い引き返します、途中に浜にでる道があったので自転車を置いてでてみましたが、そこの浜には大きな岩の下がけづられたノッチ岩(きのこ岩)がありました、迷ったお陰でいいものがみれました。いや〜不思議な光景だ。結局八重山海中公園研究所はマリンビレッジ敷地内の奥にありました、(道沿いという意味ではなかった)電気が消えていたので結局見ないで宿に戻りましたとさ。ちゃんちゃん。

夕食、ガジュマルの木の下で2
水分補給、水分補給、自転車こいで汗だくです、またビールを取りに食堂へいきます、女性ヘルパーさんに西の浜へ行って来たといったら「アクティブですね〜」とか驚かれました、こんな夕方にいく人はいないのかしらね。部屋にもどると埼玉にーにーが武蔵野ねーねーにウクレレを教えています。埼玉にーにーは旅にウクレレを持ち歩いているそうで、ウクレレ位の大きさが旅に持ち歩く楽器で丁度いいとのこと。ウクレレの音色もやさしくて島にあいますね。どうもぼくの年代だとウクレレ持っている人に「あ〜やんなっちゃった♪」をやってくれと言いたくなるけどここはぐっと我慢しました。(笑)
さて夕食です、今日到着した方もいるようで玄関前から食堂には多くの人がいます、確か今日ネットのT-DONの掲示板で挨拶を交わしたHAMAの忠山さんがきているはずだがどなたかわからない状態でした。とにかくいつもの席に座り正面に川崎夫婦、左横が埼玉にーにー、宿の子供達、右隣が和歌山、武蔵野ねーねーです。右斜め前に女性二人連れがいます、昨夜もいらしたようですが席が離れていたので夕食ではじめて話します、よく話し、笑うねーねー達でした(以下 愛知ねーねーず)今日の献立はでかいしゅうまい4個、さしみ、煮物、小鉢数点、つみれ汁です。飲み物は八重泉を自分で用意します。いただきま〜す、身体を動かしたあとの食事はうまい!談笑してるなか食後夕日をみんなで見に行きませんかと誘います、この時期日が沈むのは20時近くになります。実は夕方外の縁台で横になっていたら他の宿の観光客が地元の人に夕日をみるのはどこがいいですか?と尋ねていたのを聞いていたのだ。それでぼくも見たいなと思ったのです。川崎夫婦は1回見に行ったことあるそうですが西表島の上の雲がじゃまをして夕日はみれなかったそうです、なんでも西表島の山の上空にはいつも雲が発生しているそうです。それじゃ夕焼けをみましょと食後川崎夫婦をのこしてみんなで見にいくことになりました。今夜の宿泊客は多いため食事も2便の方がいます、ぼくが玄関をでようとすると「金春さんですか?」とスマートな感じの男性に声をかけられました、その方が忠山さんでした。しばらくご挨拶してあとでガジュマルの木の下で飲みましょうと約束を交わし、私、埼玉にーにー、和歌山、武蔵野ねーねー、愛知ねーねーずで宮里海岸まで夕焼けを見に向かいます。19時半をまわってもまだ明るかったです着いた頃には水平線が赤く染まってました、やはり西表の上には雲があります。それでも西表がシルエットになり奇麗な夕焼けでした。ぼくは座ってじ〜〜〜っと西表の方を眺めてました。ねーねー達は夕焼けをバックに写真を撮ってます、「皆さん一緒のところを撮りましょうか?」ときいたところお願いしますと一斉に3台もカメラを差し出されてしまった(笑)1台づつ撮り終え最後にぼくも自分のデジカメで撮ってもらいました。

酔っ払いおじーの民謡、かちゃーし教室
8時半頃宿に戻って氷、水、八重泉をかかえてガジュマルの木の下へ直行して宴会です。埼玉にーにー、愛知ねーねーず、武蔵野ねーねー、和歌山ねーねー、忠山さん夫婦で飲みはじめました、川崎旦那も参加しましたが30分ぐらいで退席。またテーブルの奥の方では地元の方々、謎の髭おじさん、髪が長く後ろに束ねて白い帽子をかぶったにーにー、呼ばれてきたナイチャーぽい女性がきて話しながら飲んでいます。こちらでは忠山さんの八重山の話でもりあがります、30年前はじめて黒島へきたとき今はない宿「たまよせ」にとまりそのときの感動が忘れられないそうで、昨年23年ぶりに黒島にもどってきたそうです。さらに驚くのは今では定番になっている竹富島水牛車観光の前身をバイトで経験されているそうです、竹富島でしばらく働いていたそうな。台風の日は食料がこなくてたいへんだったとか、電話をつなげると半日以上取り次ぎをまたされるとか、とにかくお話がおもしろい!今は簡単に観光に来れるけどそれは昔の方々が頑張ってくれたおかげなんですね(こう書くと忠山さんはすごく年よりに感じるけどそんなことないですよ)翌日には懐かしい竹富の写真を見せて頂きました。こういう人がまた戻ってきたくなる八重山て懐が深いな〜とつくづく思うのでありました。飲んでいて気が付いたのですが愛知ねーねーAのピッチが早い、早い!それも豪快です。な〜んだそんなに飲めるなら昨夜もくればよかったのにと言うと昨夜宴会をやっている前を通ったが途中からでは入りずらくて部屋に戻って化粧を落としてねてしまったそうです(愛知ねーねーO 談)こういう島に来て宴会をみたら気軽に入っていくのが得策のようです。忠山さんは今回是非みたいところがあるそうで、それは昔青い珊瑚がたくさんあった阿名泊へまたいくことです、ここは本当に奇麗で凄いところだと力説されてます、ただ行き方がむずかしくて阿名泊は知る人が知る取って置きの場所だそうです。「あ!今日行きましたよ」と初めて黒島へきた愛知ねーねーずが言います、驚く忠山さん、「なんで知っているの?通だね〜!」ちょっと悔しがっているようにみえました。なんでも阿名泊はガイドブックに既に載っていたそうでねーねー達は今日だけで三つのビーチをまわったそうです。その話を聞いて行く気になっている武蔵野ねーねーは明日一緒に忠山さんについていくことになりました。9時半頃近くの民宿くろしまからふーさんが飲みに来てくれてみんなと一緒にまた乾杯、今日のおつまみは埼玉にーにーが提供してくれた黒糖です、これが泡盛にあってなかなかうまい!でも黒糖は虫も寄せつけますテーブルの隙間からたまにごきぶりがまぎれこみ、隣にいたはずの和歌山ねーねーはテーブルから2mぐらい離れておびえてます、島に虫はあたりまえなんですが嫌いなものはきらいだよね(昨夜トイレにもいて1晩中いけなかったそうです)追い払っては席にもどりまたでてきてテーブルから離れます、忙しい〜ね。その後和歌山ねーねーは先に寝るということで退席、忠山夫婦も宿の中に戻りました。あいかわらず愛知ねーねーAのピッチが早い、ぼくはたびたび氷と水、泡盛を補充するため食堂へ行き来するのであった。席に戻ると昨夜三線を聞かせてくれたおじぃ(宮良のてっちゃん)がきてました、また一緒に飲むことになりますがおじーも飲む飲む、さすが島人です。そのうち酔っぱらって来て「君の名前は○○ちゃんだな?」当てずっぽにいろいろな名前をだして女性陣に聞きはじめたかと思うと君の血液型を当ててみようとか、まるで新橋にいるおやじみたいだ(笑)
ぼくはまた三線を聞きたかったので宿から三線を持ってきて渡します。みんなも弾いてくださいとリクエストすると女性陣に「チュウをしてくれたら弾いてあげる」とか冗談を言ってました(やっぱり新橋のおやじと変わらない)それから安里屋ユンタを弾きはじめます、そのうち三線の音を聞いて和歌山ねーねーと忠山さん夫婦も戻ってきました。ぼくたちの為にその後「めでたい節」、教訓歌ということで「デンサ節」を弾いて聞かせてくれます、いや〜まったりとしたいい時間です、最高!(新橋のおやじじゃなかったのね)
でもその間も飲んでいるんです、おじぃは氷を入れないで泡盛の冷水割りです、ぼくがちょくちょく宿へ補充しにいきます、この時点ですでに八重泉は4本空いてました。こんどは君が弾きなさいと和歌山ねーねーに三線を渡します、同じ安里屋ユンタを引きみんなでまた歌い、おじぃが民謡は歌が歌えなくてはだめだ、多少三線が下手でも歌がうまければいい、なるほどね〜、あと音をもっと省いてひきなさいとか昨夜と同じことをいっていたような、、、、その後おじぃがてぃんさぐぬ花をりクエスト、練習してないというわりにはちゃんと弾いていたから驚きです、おじぃが内地の言葉に訳して歌ってくれたり、しまいには和歌山ねーねーの三線でBEGINの涙そうそう、島人の宝も歌い、おじぃ中心にみんな大盛り上がりでした。あ〜おもしろかった。このおじぃと飲むと面白い、この人と飲むだけでもこの島に来る価値があるかもです。でもたまにすけべな事を言うのはご愛嬌ということで(笑)そのうち誰かがかちゃーしてどうやるの?と質問しました。ふーさんが襖を引いて押しての仕草よというと皆さん実践、おじぃがいろいろな手の振り付けがあるとおでこから、鼻から、耳の位置からこうやるんだと実践します、それに習ってみんなでまねします。おじぃも立ち上がり気合いいれて教えてれます。
このあとあまりよく覚えてないので簡略します、ふーさんをくろしままで送って、また飲んで、奥で飲んでいた謎のひげおじさんが一緒に飲んでいた地元の方を大声でどなりつけていたと思ったらまたおとなしく飲んでそのうちシャツを脱いで寝ていたり、おじーの飲むピッチもますますあがるし、午前1時頃でしょうか?そろそろお開きにすることにしました、それぞれ自分の飲んだものは片付けるのですが、おじぃはまだベンチに眠そうに座っています、八重泉も片付けよとすると「それは置いていってよ」というのでそのまま置いて宿に入りました。(その後寝てたみたいです、でも朝にはいないんですよね)
その後埼玉にーにー、愛知ねーねーずとで玄関の椅子で1時間ばかり八重山各島の話でまた盛り上がりました。
明日は黒島を離れます、ガジュマルの木の下の宴会楽しかったな〜、おじぃありがとう!


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