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エヴェレット・ルースの言葉から |
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解題:以下は、弱冠二十歳でユタ州の荒野で消息を絶ったアメリカの冒険家・放浪者・芸術家Everett Ruess(1914-34?)の書簡および日記からの抜粋(私訳)である。出典はW. L. Rusho, EVERETT RUESS : A VAGABOND FOR BEAUTY, Gibbs Smith, Salt Lake, 1983。抜粋に付した頁数は同書のものである。Ruessについての詳細説明は、できれば時と場をあらためて、と思う。(2007年4月記)
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わが腕の膂力にかけて、わが眼の視力にかけて、 わが指の技量にかけて、私は誓う、 わが身にいのちの宿るかぎり、私はけして、 風の吹き抜ける道のほか、どんな道も歩むまい。
風の浮き浮きした気分を死ぬまで感じていよう、 風の陽気な明るさでやっていこう、 風の純粋さを探し求めよう、そしてけして、 風の吹き抜ける道のほか、どんな道も歩むまい。
(詩「風への誓」 p.10-11)
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あなたの農場では素晴らしい日々を過ごしました。田園詩のような日々。僕はそこで喜びの真髄を、高揚を、自分は人間以上のものであるという感覚を感じているようでした。丈高いひんやりとした草のなかや平らな岩の上に寝そべって、絶妙にカーブしたすっきり滑らかなポプラの枝を見上げ、雲がゆっくりと流れていくのを眺めながら。僕は眼を閉じて、陽が翳れば頬に涼しさを感じ、やがてまた瞼に陽の暖かさを感じるのでした。そして、そこにはいつも、ポプラの優しい葉擦の音と、奇妙な遠さの感覚、およそ描いたり語ったりしうる以上の美を感じているという不思議な感覚がありました。 (1931年12月17日 ランドルフ・「パット」・ジェンクス宛 p.49)
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ああ、径がどんなに僕を惑わせることか。それが僕にとって持つ抗しがたい魅力は、兄さんには理解できないでしょう。つまるところ、孤独な径は最高です。良い馬と良い鞍を買えるようになりたいと思っています。僕は決して放浪をやめないでしょう。そして、死ぬべき時がきたら、僕は、最高に荒涼とした、最高に孤独な、最高に打ち捨てられた場所を見つけるつもりです。 (1932年7月12日 ワルドー宛 p.78)
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これまで僕は、時計というものからずっと自由だった。いま何時だろうなどとは思いもしない。だって、僕自身にとっては、いつであれ生きるべき時なのだから。 (1933年6月8日 ワルドー宛 p.97)
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一つの生、 それは一つの鏡、 自分が通り過ぎていく道を映す鏡。 ときには、 雨のときには、 鏡それ自身が道に映る。
(詩「一つの生」 p.99)
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僕はほとんど自分で耐えられる以上の美を見てきました。 (1934年5月2日 エミリー・オーモンド宛 p.142)
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人々を愛してはいるのだけれど、僕にとって一番重要なものは、やっぱり、自分の見るもののほとんど耐えがたいほどの美しさだ。君もそれを見ることができれば、とは望むまい。君もまた、それに耐えるのは容易だと思わないかもしれないから。でも、それでも僕は、不可能なもののほんの僅かだけでもと、君のために心から願う。 (1934年5月5日 フランセス宛 p. 145)
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僕が愛しては不平なく別れてきたものたちは、二倍になって僕に戻ってきた。この世の誰一人をも僕は羨みはしない。/僕の周りには限りない荒野が拡がり、遠近には苦悩と格闘と渇望と不平に満ちた人類の入植地が散らばっている。でも僕は、その足場に加わることは選ばない。(…)。生きるとは、幸福であることだ。無頓着で、そのすべての栄光に圧倒されきっていることだ。幸福でないとは、生きながら死んでいることだ。/僕はたった独りで空を背負い、四方の風と大地と海と月と星々とに向かって、挑戦を投げかけ、征服者の歌を叫ぶ。僕は生きている! (1934年5月5日 ビル宛 p.145-146)
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美を愛するな。美は確実に君を裏切るだろうから。/孤立した美は恐ろしくて耐えがたいものであり、この美の曇りない眺めは見る者を殺す。見る者の唯一の避難所は、取るに足りない事物のなかに、心を思考から遠ざける労働のなかに、エゴにかつての雄々しさの幾分かを取り戻させてくれる仲間づきあいのなかにある。/だが、裸の自然を長く見続けてきた者は、もう二度と世間に戻ってくることはあるまい。たとえ戻ってこようとしてみても、彼には世間の営みは空っぽで虚しいものに思われ、人との交わりは無目的で無益なものに思われるだろう。(…)いま最後の陽光が赤い砂岩の断崖の天辺の縁に残り、孤独な木を黄金色に染めている。それがちょうど消え去ったところだ。花々は閉じ、蝉たちがけたたましく鳴いている。/エドワード、数々の不思議な経験を持ったことがあり、こういったすべてのことの言い表わしがたい不条理を見たことがあるのでなければ、生がどんなに奇妙なものであるのかはわからないのだ。 (1934年5月 エドワード・ガードナー宛 p.147-148)
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僕はアルコールでは決して得られないような灼熱の陶酔で酔っぱらっている。炎のような美の妙薬で、破壊的な力の一気飲みで、魂を突き通す音楽の避けがたさで、僕は酔っぱらっているのだ。自分がこんなにも深く感じていることは、いつまでも、大半のひとびとには分かち合われないもの、伝達不可能なものであり続けるに違いない。そう考えて、しばしば僕は苦悶する。でも、考えられないほどの美、どんな言葉でもどんなに創造的な媒体でも伝えることができない美を、少なくとも僕は事実感じたのだ。実際に聴き、眺め、知ったのだ。どうせ不首尾な結果に終わるのを知りながら、達成するのは夢のまた夢でしかないのに気づいていながら、それでも僕は、僕を破壊することなく焼き尽くしたものについて、おぼろげではあれたしかな肌触りをもつ何がしかの暗示を与えることを試みる。/でも僕は気づく。僕が感じたことは一人のうちで育まれるべきものなのだと。それについて語ろうとするのは、嘲笑され誤解される愚行なのだ。/これが僕の叫び、これが僕の嘆きだ。返事がないのはわかっている。僕の仕事は本質的に不毛な仕事だ。自分でも承知していることだけれど、どんなに試みてみても、僕の見た光景のほんの一瞥以上のものを伝えることにすらまだまったく成功してはいないのだ。僕は、自分のなかに注ぎこんでくる圧倒的な美の炎を感じるよう定められている。僕はまた、この炎を自分自身の外に出してどこかに何とかして広げていきたいという欲求を持つよう定められてもいる。自分が感じたことは他人には与えられえないという認識によって、僕は引き裂かれている。心を張り裂くこの火炎を内に包んでおくのはどうにも耐えがたいことであり、それでいて、この火炎を外に出そうとしても何もできない。それで、果たして自分は生きつづけていけるのか、あるべきように呑気でいつづけられるのか、僕は危ぶんでいる。 (1934年5月 宛先不明 p.151)
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人生には二つのルールがあると考えた。コストを計算しないこと、そして、全霊を打ち込めるのでないようなことは決して何もしないこと。今こそ生きるべき時だ。 (1934年6月11日 p.152)
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いつもずっと、美が僕の神だった。美は僕にとって、人々よりも意義深いものだった。そして、僕の神、あるいは女神は、この土地ではどれほど侮辱されていることか。この土地は、放浪全体を通じて僕が体験してきたなかで最高に美しい土地だというのに。(…)。感受性の強いひとならば、魂を刺し貫くその輝きのせいで生命さえ奪われてしまいかねない、そんな完璧で圧倒的な美のまっただなかで生活しながら、連中はそのすべてにたいして聾で唖で盲なのだ。汚らしく煤けた薄暗い交易所の柵のうしろで、彼らが考えているのは金のことだけだ。連中が僕に質問するのは、どれだけ儲けているのかとか、どこで物を売るのかとか、いくら稼いでいるのかとか、そんなことばかりだ。絵を買うということについて束の間ではあれ多少とも考えを持っているからなのではない。ただただ金銭に関心をもっているだけなのである。そして、手に入れてしまえば、彼らは彼らなりの白痴的な仕方で十分に心地よくなっているようなのだが、彼らは生きてなどいないのだ。 (1934年6月17日 ビル宛 p.153)
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ついに径を見つけた。いま、径を離れて、世界の縁のようにみえるものの上に無水キャンプをつくったところです。僕のキャンプはまさに分水嶺のちょうど上にあって、東西では土地が青い地平線の方へと落ちている。夕方の太陽の最後の光と、明け方の太陽の最初の光とが、僕に届くわけです。足下には切り立った断崖があって、分水嶺に上ってくる道をそこで渓谷が切断している。北の方角にはカイパロウィッツ山が、樹木に覆われた白い頂上を戴いた淡い朱色で険しい表情を見せている。西と南は、砂漠と遠方の山々です。今夜、日没時に、地平線近くの低いところに、新月のほの白い三日月が少しの間、現われました。僕は何度も放浪してきましたが、夢のような色合いがあって、そのとき生は、ありえないほど奇妙で非現実的なものに見える。生とはそういうものなのだ、とも思います。ただ、殆どのひとびとは、自分の感覚を鈍らせてしまっているので、それに気づかないのです。 (1934年11月11日 ワルドー宛 p.179-180)
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