月 - 9 月 21, 2009
軽老の日
7:00起床、昨日とはうって変わってどんよりとした曇り空。かかえた仕事も手つかず、いったい連休何日目なのか.....。iCalでチェックしたらなんと敬老の日だ。すでに還暦越えをしているのでシニア割引なるものが使える年頃となってしまったが現状では自覚がほとんど無いのでニュアンス的には軽老の日と言ってもらったほうがよろしい。本日は一人残っていた小島君の還暦祝いを池袋で行う。鈴木、小島君と知り合ったのはまだ20代の頃だったが、気がついたら軽老トリオになっていた。
父が58歳で亡くなっているので、正直こんなに長生き出来るとは思っていなかった。自慢できることではないがちょっとうれしい(^_^)。
今のところ老いたという自覚は少ないがシニア割引の対象枠に入ってしまった。TSUTAYAではクーポンを提示することなく旧作DVDは全て半額となりそれなりに恩恵はあるが、ディスクをチェックする時にいちいち「シニア割引です」なんて言われたくない。映画もID提示で¥1,000なので一人でも気軽に行ける。内心は複雑であるが恩恵を享受したい(^_^)。
本音を言うと最近メッキリ体力が無くなってきた。散歩も難易度Cのコースだと上り坂で明らかに呼吸が荒くなる。無理をせずピッチを下げて歩くと1時間コースで約10分もの差が出てしまう。現実は厳しい.....(^_^;。サボりっぱなしだが近くの山歩きをしようかと真剣に考えている。
また、このところテレビ番組のくだらなさに腹が立つことが多い。どうでもいいようなお笑いタレントのバラエティものばかりでテレビ局の良識を疑う。分けのわからん小僧や小娘のトンチンカンな答えで笑いを取るような番組もそうだが、テレビというメディアの終焉を感じるとともに、こんなことにカリカリするのは熟々歳をとったなと思う。
さて軽老トリオの晩餐会は19:00にスタート、家庭の話題から始まり定番の昔話、ニュース分析など次々と変わっていく中で一番多かったのは健康についてだった。鈴木さんと小島君は住まいが近いので朝の散歩などで顔を会わすことが多いうえにゴルフという共通の話題があるが、彼らの話を聞いていると僕はかなり不健康な部類に入っているようだ。二人にとって最優先課題は”健康”らしいが、いったい幾つまで生きるつもりなのだろうか。このトリオの集いはそれぞれの誕生日を祝って年に三回あるのだがこの先何年続くのやら.....。三途の川原で最後に残った輩を待って盛大にバーベキュー・パーティでもやってからあの世に一緒に行くのも悪くないな思った。そろそろ火起こし役を決めておかなくちゃ.....。
金 - 9 月 4, 2009
篠の風さんと小江戸散策
7:00起床、朝から薄曇り。なんとか雨は回避できそうな微妙な空模様だが、ドイツへ帰国準備のため上京中の篠の風さんと川越を散策する。
NHK連続ドラマ「つばさ」のせいか人出が多いので土曜日を避けて散策を敢行したが、どうやら正解だったようだ(^_^)。
10:30池袋で待ち合わせ2年振りに再会。先輩は相変わらず若々しくて元気だ(^_^)。挨拶もそこそに下りの急行に飛び乗り川越で乗り換え川越市駅で下車。ここを出発点に川越駅までの右回りコースをスタート。
このエリアはこれまで5回ほど散策しているのだが、最初の頃2回も道に迷ったことがある。前々回に来た時は私道から民家の庭に迷い込み強引にお寺の庭先に抜け出したこともあり、今回は恥をかくことがないようiPhoneのマップでコースをシミュレーションしているうえにコンパスがついているのでちょっと心強い(^_^;。この町は駅の近くは少しばかりモダンで高いビルがあるが5分ほど歩くと年季の入った住宅やお店のが続くエリアに入る。テレビドラマの舞台にもなっているので観光地化が激しくなっているがトレンドで集まってくる観光客以外、基本的な佇まいは変わらないので時間と散策コースを自分でアレンジできればそれなりにMy小江戸を楽しむことが出来る。なによりも小綺麗な公衆トイレが要所に配置されているのがうれしい。時の鐘が近づくにつれて中高年の観光客が多くなり騒々しくなってきたので時の鐘の前を歩くコースを回避し裏通りを抜けてスカラ座前の通りに出る。ちょっと疲れてきたので人混みのポイントを避け喜多院へ辿り着きベンチで休憩。水分を補給しながら回りを見回すと平日にもかかわらず何となく人出が多いような気がする。15分ほど休憩し、お腹も空いてきたので松江町交差点角にある”いちのや
”へ向かう。混雑する昼時を避けたつもりだが明るい通り沿いの席は空いておらず奥の個室に案内されたが、結果として回りを気にすることもなくゆっくり落ち着けた。まずは鰻の背骨から揚げをつまみながらビールで乾杯!メインの鰻二段重が運ばれてくると会話もそこそこに鰻を堪能する。この夏は涼しかったので外で鰻を食べたのは今シーズン初めて、心残りのないようしっかり味わいながら食べきる。食後は大正館という焙煎コーヒーの店で一休み、ここで篠の風さんが持参したMacBook
Proのアーカイブの中から若かりし頃の篠の風さんを初めて見せていただく。タキシード姿で歌う20代と思われる初々しい姿に感動するとともに、片やジーパン・Tシャツ姿で歌っていた自分とのあまりのギャップに何か妙な感じになる(^_^;。また、同時代に正反対とも言える音楽をやっていた60代の二人の男がテーブルを挟んで珈琲を啜りながらMacやiPhoneの話題で盛り上がる不思議な時間だった。
水 - 5 月 20, 2009
亜希子ちゃん結婚式
6:00寒くて目が覚める。昨夜部屋に入った時も寒いなと感じたが眠くてそのままベッドにもぐり込んだがエアコンの設定温度を見たら華氏の65度。9ToolsのUnitsで摂氏に変えると18度ではないか....(-.-#)。機内も寒かったせいか背中や肩が痛い。
前日までの天気予報では雨だったが、朝からすっかり晴れ上がり暑くなりそうだ。というか8:00ですでに28度。シャワーを浴び身支度を整え、カミさんの妹の長女である亜希子ちゃんの結婚式に出席のため、予約したタクシーに三人で乗り込みハイアット・リージェンシー・グアムへ向かう。
式はホテルの奥にあるチャペルで10:30に始まる。式の開始直後チャペルの外はスコールとなるが5分ほどで雨はあがり強い日差しとなる。歌も演奏も生音という素晴らしい演出。2台のEOS-1D
MarkⅢをたすき掛けにした日本人女性カメラマンが式の全てを撮影している。マウントしているレンズも垂涎のものばかりで、ざっと見積もって大衆車一台分が彼女の肩にぶらさがっているのではなかろうか。プロのパワーに圧倒される(^_^;。実は、こちらに向かう二日前にビッグカメラに立ち寄りEOS
Kiss
X3をチェックしていた。宝の持ち腐れとなっているレンズ達を使ってみたいという欲望もあり、コンパクトながらそれなりにデジタル一眼の醍醐味を楽しめそうなこのカメラに手を出しかけていたが、日程的に撮影を楽しめそうになく、レンズも含めると結構な荷物になってしまうのであっさりと諦めた。が、これが正解だった。式が始まると参列者が持参したカメラでの撮影は一切禁止となるため持参してもベストショットはのぞめなかったかも知れない。チャペルを出て浜辺での撮影も含めお天気に恵まれ最高のコンディション。式後、ホテルでランチを食べながらアトラクションなどもある楽しい披露宴で全ての日程を終える。お料理もおいしく非常に和やかな宴で久しぶりに白ワイン4杯というオーバーペース。お開きの後は真っ直ぐホテルに引き返し昼寝をとる。やはり飲み過ぎたようで目覚めが悪い。背中の痛みも増し、歩くのに不自由と言うほどではないが左膝が神経痛のように痛い。外へ出る元気が無く夕食はホテルでとるがアルコールは無し(^_^;。夕食後、カミさんとASUKAはタモン方面へ買い物に出かけたが一人部屋で過ごすことにした。エアコンによる部屋の温度は華氏75度(約24℃)となっているが膝の痛みが抜けないのでデッキに出る。正面に広がるフィリピン海は真っ暗で時折航空機の飛行灯が見えるだけ、おかげで久しぶりに満天の星空を見ながらデッキで眠りこける。
木 - 3 月 19, 2009
赤繁さん送別会
4月から沖縄に移り住むことになった赤繁夫妻を迎えて送別会を開く。この地に移って来て以来20年近くのおつき合いになるが、お互いの子どもたちも家を出て子育ても完了していることもありゆったりとした送別会となった。
住居の売却も決まり家財の処分にも付き合ったが大変な量だった。思い切って処分することにした蔵書の数も車も傾くほどで、付き合ったこちらの腰も危なくなりそうだった。家財などの最終処分は軽トラックをレンタルして赤繁氏と二人(還暦タッグ)で運ぶ計画だったが、引っ越しシーズンとあってレンタカーの都合がつかず知り合いの運送会社に頼むことになったがこれが正解だった。
庭先に並べられた家具などの処分品の数を見ただけでひるむほど....。2トン車満載にして一回でクリーンセンターまで持ち込むにことになったが軽トラックならヘタをすれば3往復しなければいけなかった。もう引っ越しで荷物運びなどは出来ない身体になってしまっている(^_^;。
現在、新居で使える家財をすでに沖縄に送ってしまっているので猫のノンタンも隠れる場所がないほど赤繁家はガランとしているが、5度も引っ越しをしてきた僕らのように荷物を整理出来る機会がなかったので、自然増とはいえ家庭内ゴミの整理には苦労をしたようだ。
ビールで乾杯し3時間近く飲み食いを楽しんでお店を出る。3年ほど前に胃癌の手術をした赤繁氏の健康も非常に良好のようでビール2杯、好みのツマミも追加して食べてくれた。奥さんの実家が沖縄で、結婚した娘さんや医師になるべく研修医をしている息子も沖縄にいることもあり移住には何の不安も無さそうなので安心だ。一緒にいかがですかと声をかけられたが30度以上の場所は鬼門なのでお断りさせていただいたが、機会があれば訪れてみたいと思っている。
日 - 2 月 1, 2009
景信山〜高尾山
セットした目覚ましより前の6:00起床、待ち合わせの駅に向かおうと家を出る直前電話が鳴り「寝坊したので遅れる」と高崎氏から連絡がある。現地集合に予定を変えて高尾駅に向かう。
8:26JR高尾着、高尾駅北口で高崎氏を除く6名が集合、乗り換えたバスが小仏峠へ着くと同時にタクシーで追いかけてきた高崎氏が合流。
昨日は雨と風が強かったがスッキリ晴れ上がり、9:00出発時の気温も5℃くらいで絶好の山行日和だ。雨の影響が心配された山道もぬかるところが少なくスパッツを付けずに歩き始める。順調な上りで休憩を入れながら11:00過ぎには景信山山頂(748m)に到着。雲一つ無い山頂からの展望は素晴らしく中心部の高層ビル群を始め首都圏全体が見渡せるばかりか横浜や相模湾まで一望できる。さらに遠くには日光の男体山や筑波山も見え、こんな時間にこれほどの眺望が楽しめたのは初めてだ。もちろんまっ白な富士山も西に鎮座している
。昼前なのか比較空いていたので富士山が見えるビューポイントにあるテーブルを確保して昼食休憩をとる。本来は山頂で餅つき大会をしようという計画だったが立案者の前会長が参加できなくなったので中止にしたが、最近ではMacBook
Airより重い物を持ったことがなく、たとえ一升の餅をつくのも尻込みしていたので内心ホッとしていた。同じようなことを考える別グループの人たち
がいたが下山のことを考えると「同じアホなら見るアホウ」で良しとした。山頂で缶ビール¥500を買い、富士山を眺めながらおつまみやおにぎりを食べる。参加者7名中50代は二人だけ、しかし、あと半年で60になる自分を除くとほぼ一人...、中高年の山岳会も気がつくと高年者の山登り同好会になっていた。昼食後、ひととおり山頂のパノラマを楽しんでから高尾山を目指し出発。ここからは尾根沿いに上り下りを繰り返す道で、10年前なら鼻歌交じりで歩けた道程であったが30分もすると左足に痛みが出だしジョークも出なくなる。途中の休憩ポイントで持参した痛み止めクリームを満遍なくすり込んで歩き始めたが芳しくない。左足を庇っているせいか上り坂では右足も痙るような感じが出て冷や汗が出だす。前日、予行演習とばかりに歩いた6㎞はオーバーワークだった。そのうえ、バッグに20Dと交換レンズまで背負い込み斤量オーバー、自分の体力を過大評価していたようだ。高崎氏から登山用ストックを借り、やはり足にきているT女史をサポートしながら最後尾を歩き、15:00何とか高尾山山頂までたどり着く。他のメンバーは高尾山下まで歩ける元気があったが、既に限界を感じていたので情けないがケーブルカーでの下山を願い出る(^_^;。ケーブルカーを降り、駅近くのお蕎麦屋で熱燗と温かいとろろ蕎麦を食べたが味も分からないほど疲れている。乗り継ぎ駅の階段の上り下りで激痛を堪え何とか家まで辿り着く。家人は出払っているため真っ暗、着替えもせずにリビングの椅子に腰を下ろしたが、もう言葉も出ないほどボロボロで、すっかり「あしたのジョー」になっていた。
火 - 1 月 6, 2009
40年振りの再会
8:00起床、軽めに朝食を済ませ仕事を片付けてからシャワーを浴び大阪行きの準備。
正月早々西日本から帰ったばかりなのに日程が早まり再び西へ向かう。今月は移動が多い気がする。
池袋で道草をしていたために14時台のN700のぞみには乗れず、15時台にしようと出発ホームに向かうと1時間も前なのに既に並んでいる。まだ新学期が始まっていないのか子供連れが非常に多い。子供が嫌いというわけではないが引率している親たちの立ち振る舞いが嫌なのでN700はアッサリ諦め広島行き700のぞみに乗車する。
ホテルにチェックイン後、再び地下鉄、JR宝塚線を乗り継ぎ猪名寺へ向かう。初めて下りる駅であったがiPhoneのマップが目指すターゲットへ案内してくれるので問題なしである。ちょっと迷ってしまったが、つかしんショッピングモールの中にある彼のお店の入り口近くのテーブルに居た彼はウクレレのトレーニング中だった。Hi
Tomy!と声をかけたが「誰、君?」と素っ頓狂な顔している(^_^;。無理もない富永君と会うのは約40年振り。最初に会ったのは大学入学時の下宿先のアパートで、学部は違っていたが割りと気が合い彼が大阪から乗ってきた中古のパブリカという車で姉夫婦の住む東京までドライブした思い出がある。下宿があった伊勢原から246号線を走り東京を目指したが、当時はまだ東名高速が厚木までしかなく、延々と一般道を走ったわけだがあちこち道路工事だらけで渋滞も多く、今では考えられない空冷式エンジンのその車はすぐ悲鳴をあげてしまい何度かストップ、車であったが大変な弥次喜多道中で往きの記憶はあるが帰りの記憶が全くないほどタフなドライブだった。翌年、僕は中退し、彼も大学を替えたこともあり消息が分からなかったが、昨年10月、伊丹での仕事から帰って気にかかりGoogleで検索したら見事にヒット、一気に彼の経営しているHawaiian Eyes
Cafeなるお店
まで辿り着く。積もる話が山ほどあり1時間くらいではとても足りなかったが、翌朝が早いので再会を約束して分かれた。
月 - 11 月 24, 2008
きさらぎ会散会式
4:00、寒くて目が覚める。寒いのでお湯に浸かろうと思ったがトイレを済ませてから寝直す。
昨夜は食事の後で大宴会、思い出話に花が咲き23時過ぎまで大騒ぎ、持ち込んだお酒をほとんど空にしてしまう。腰痛の心配は無くなったが再発が気がかりで乾杯のビールだけだったのでほぼ素面....。それにしてもお姉様方の元気は相変わらずだ(^_^;。
今回参加の最長老は82歳、最年少が僕より2つ歳下の57歳の方が一人、男性6名女性10名の平均年齢は......?結成から20年、エキスパートクラスには「日本百名山」を走破した女傑もいる。しかし、メンバーの高齢化による体力の衰えや、結成当時からの重鎮が亡くなったこともあり、本日をもってきさらぎ会は散会となる。今後、元気で山歩きが出来る人は連絡を取り合って山行プランをこなすことになる。
本日の予定だった鶏冠山トレッキングは予報が雨のため取りやめとなった。敢行を決めていたパーティは快晴だった前日にこのコースをクリアし山梨側からの富士山眺望を楽しんだようだ。朝食後、柳沢峠まで歩くパーティが結成され、10時出発を確認したのでノンビリとお風呂に浸かり、着替えてから玄関に向かうと10分以上前に出発したとのこと.....、団体行動が苦手な方なのでメンバーから漏れていたのかも知れない(^_^;。出がけに会長より最初から飛ばさないよう忠告を受け先発隊から20分遅れでスタート。3G電波は圏外だがGPS信号はうまく拾えているようでiTrailをセットしてから玄関前の湧水をペットボトルに入れて歩き出す。柳沢峠までは青梅街道を歩くことになるが、青梅街道と言っても車はほとんど見かけず、周りの山々の紅葉もとっくに過ぎ、木には葉っぱがほとんど付いていない、都内とは全く趣の違う街道である。温度計は6℃、日差しのあった朝とはうって変わった空模様となっている。柳沢峠手前約300m付近で先発隊を確認、最後は駆け足で何とか追いついた。iTrailをチェックする
と登りっぱなしの3.2㎞を46分でクリア。このところ休養十分だったのでまだ余力があった。
水 - 8 月 13, 2008
還暦ダイブの誘い....。
今年もお盆には帰省せず、5日から預かっている猫のノンタンと共にゴロゴロ過ごしている。あまりの暑さにPower
macを起動せず、多少は静かなMacBook
Airで仕事を片付けている。
お昼近くに鈴木氏から飲み会のお誘いがある。名目は僕の誕生会ということで住まいの近くの店を手配してくれとのリクエストだったが、気の利いた店はやはりお盆でお休み、結局一つ手前の駅にある月の庵という店にする。
田舎に帰っていてもこの日は親戚の家で飲み明かすことになる。このところ暑さのためか体調不良で食事がおいしく食べられずアルコール類も遠慮がちであったが、久々のトリオの集合でまずはビールで乾杯。しかし、三人とも威勢のいいのは相変わらずだが食もアルコールの量も落ちていることを実感(^_^;。
食事の途中、来年の還暦イベントに三人でスカイダイビングをしようと持ちかけたらあっさり断られる。親兄弟以上の親友だと信じていたのにガックリだが、これまで二人から何度も誘われていたゴルフを断り続けていたことが仇となったのかも知れない。それにしても僕自身は一人でもやる気だったのでどうってことはなかったのだが、アルコールの入った赤い顔で拒否する二人の形相がおもしろかった(^_^;。ダイビング当日は地上で待ってもらうことになるが、人生をリセットするにはもってこいの企画だと思うのだが二人の心変わりを期待したい......。
金 - 6 月 13, 2008
Kohatchan Jones IN KAZAN CC
4:30に目が覚める。ここで眠ると寝過ごす危険があるので、そのまま起き出しシャワーを浴び5:10に家を出ると外はすっかり日が昇っていた。5:30、和光市でSUZUKI夫妻の車に同乗し二度目の霞山CC(群馬)へ向かう。
平日ということもあり空いていて8:50余裕のスタート。今回もクラブを振り回すことはなくキャディ兼カメラマン兼ゴルフカート・ドライバーである。
前回もほとんどカートの運転をしていたのでゴルフよりそちらの楽しみに興味があった。ここのゴルフコースは山合いのコースでアップダウンが多い。厳しい上りは思いっきりスローダウンだが、下りになると一変してエンジンブレーキがほとんど利かずかなり加速するのでしっかりブレーキを踏み減速してコーナーに入らないと危険だ。カートの運転が楽しくてゴルフ場に来る人はそんなにいないとは思うが、たまたま、このゴルフコースのすぐ下に榛名モータースポーツランドというゴーカートのコースがあるために練習走行をしているゴーカートの甲高いエンジン音が聞こえてくる。そのエンジン音が刺激になってついついアクセルを........。これは暇つぶしにPhotoshopで加工したもので、こんな危険なゴルフカート・ドライバーはいませんのでご安心を。途中で昼食を取りアウトのコースに出たが、日差しが強く紫外線よけクリームを顔に塗ったら化粧のスベッたオカマのような感じになる(^_^;。ホールアウトしたのは13:00過ぎ、クラブ内のお風呂で汗を流し、箱島の名水を汲んで帰るスケジュールもあり14:00霞山CCをあとにする。
土 - 6 月 7, 2008
元気印退院間近....
朝は少々爽やかだったが日中にかけては蒸し暑くなりそうな気配。入院前に会ったきり手術後お見舞いに行っていなかったので、午後からカミさんと一緒にWAKEBE君の入院先である東京医科大学病院まで出かける。
久しぶりの新宿である。西口に出て都庁方面に向かうがお腹が空いてしまったので小田急地下街へ引き返し肉の万世で久々にお肉の昼食をとる。地下道を抜け都庁前に出る。上京当時にはまだ淀橋浄水場があったが今では高層ビルだらけでわずかに西口公園の面影が残っている程度だ。
目指す病院もそんな高層ビルの真ん中にあるためか20階近い高層病院もあまり目立たない。奥にある面会訪問専用の入り口受付でバッチをもらいWAKEBE君の居る16階の病室に向かう。週末の午後ということもあり総合病院ながら人出で混雑している様子もなく静かだ。しかし、病院の中に入ると手すりなどに触れるのを躊躇ったり、エレベーターの中で咳き込む人がいると呼吸を止めたりするクセがある。トイレを借りる時も蛇口に触れるのが嫌なので手を洗わない。気持ちの問題なのでどっちが清潔かは分からないが.....。病室に入りカーテンで仕切られた中を覗くとベッドの上で真剣にテレビに見入っているWAKEBE君を発見。ヘッドフォンをしているせいかこちらの呼びかけにも気づく様子がない。ようやく気づいて話し始めたがヘッドフォンを外した直後なので声がデカい。回りの患者さんにも悪いので病室を出てロビーまで一緒に歩いたが食べ物がまだ通常ではないために少々ふらついている感じだが顔色も良く、いたって元気だ。手術は8時間近くかかったそうだ。ビルの谷間を抜ける風が時折入り込んでくるゆったりとしたロビーで、手術後のケアの様子を事細かに語ってくれたが、この手の話が苦手な僕を知ってか話の合間に傷口をチラチラ見せようとする。性格の悪い奴だ(^_^;。それにしても手術後しばらくは水だけで、最近でもお粥くらいしかお腹に入っていないはずなのに血色も良くお肌もつやつや、当然ながらスリムになっているが不健康なヤセ方という感じではなく修行僧顔負けのスタイルだ。とても不思議だったのは初めて会った時の彼が目の前にいるようだったが、一ヶ月近くですっかり蘇生した感じだった。退院後しばらく様子を見て、問題がなければオリンピック前に仕事で北京に行くらしい。ふつうは無理をしない方がいいよと声を掛けるのだが大丈夫のようだ。医学の進歩なのか特別な患者なのかよく分からないが、これまで見舞いに行った帰り道の足取りがこれほど軽かったのは初めてである。