合唱の部屋トップ > 合唱界の抱える問題:第1回

合唱界の抱える問題

 私が受けてきた音楽教育を振り返ると、今ここまで合唱に入れ込んでいることは奇跡かもしれません。それほどひどいものであったと思います。当時は週に3回くらい音楽の時間がイヤで仕方なかったです。

 それでも今、音楽をこれほどまで好きになれているということは、私たちの心の奥底には、音楽を楽しみたいという願望があるに違いありません。本来は、音楽の授業がそのきっかけになるべきなのでしょうが、私のように音楽教育で心に傷を負い、そのまま音楽から心が離れてしまった人も多いでしょう。

 そこで私の受けてきた音楽教育の経験から、何がまずいのか、改めて検証してみたいと思います。

<苦手な子を救済しない教育>

 全校の文化行事的な催しで、ステージの上で楽器を演奏する機会は、小学校ならば概ね年に1~2回くらいはありました。しかし、楽器を演奏できる子は全員ではありませんでした。ステージで楽器を演奏するためには、その前にテストがあり、その成績順で決められます。テストで溢れた子は、その他大勢として、カスタネットなど当たり障りのない楽器を充てられたり、歌を歌うだけだったり、時には舞台にすら立てず観客側に居ることも少なからずありました。

 クラスにはたいてい、ピアノなどを幼少の頃から習っている子がいて、音楽の授業そのものができる子中心に展開されていました。私のように、最初から楽譜すら読めない子は、どんどん置いて行かれていました。

 合唱に限って言えば「口パク」の文化が根強くあるようです。市内の小学校が一斉に集う音楽行事に参加するために、当時は合唱部が無かった私の母校は行事参加のための合唱団を結成することになりました。とにかく人数を集めたかったらしく、音楽の成績などは関係なく、ほとんどの児童がこの合唱団に参加させられました。当然音程を取るのが苦手な子も少なくない中、準備期間も1ヶ月ほどしかないため歌い込む以外のトレーニングは設定されておらず、うまくまとまるハズがありません。

 本番が近づいたある日、特別練習と称して、習熟度別に3つのグループに分けられました。1番上のグループは、全部歌って良いグループ。2番目はサビの部分だけを歌うグループ。3番目はオール口パク。といったように指示されました。毎日朝練までして本番口パクとは、何のための練習だったのか、そもそも行事に参加するための意義は何なのか、今から思い起こしても疑問ばかりが残ります。

 現在でも、そんな口パクの文化があるのかわかりませんが、口パク部隊を構成してまで合唱団に人数を集めることの意味がわかりません。人数を集めれば集めるほど良い・・そんな考え方がどこかに根付いているのでしょうか。世界中の合唱団を見渡せば、100人を超える大合唱団もあれば、1人パートで活動する合唱団もあり、それぞれが特徴を生かした演奏活動をしています。日本の音楽教育への疑問と共に、日本人の合唱への考え方にも問題があるのかもしれませんね。