イントロが東京で!
チケットを買ってからの日々はエライ忙しい日々でした。仕事の激化、旧友のために取ってあげたチケットの受け渡し、芸能事務所に勤めていた友人からの「チケット押さえすぎちゃったんで、さばいてくれない?」という激怒ものの依頼(受けてやったけど)。しかも、2月の10日には新日本プロレスの2回目の東京ドーム大会がありました(この日、初めて有名な「1、2、3、ダァー!」があったのです)。3月の頭にはポール・マッカートニーが来日するのでそのチケット取りもありました。
よくもまあ、あれだけ忙しく動いたものです。ああ、そう言えばこの頃には生まれて初めてスキーに行ったんだ。
忙しい中、世間はストーンズストーンズと騒ぎ出しました。スポンサーには大塚製薬(感謝! みんな、スポーツドリンクを飲むならポカリを飲もう!)が決まったので、ポカリスエットのテレビCMには「Rock And A Hard Place」のプロモビデオが使われました。ワイドショーなんかもストーンズ、スポーツ新聞もストーンズ、雑誌の特集もストーンズ、そんな感じでした。
もっとも、そのどれもがハンコで押したように「中年なのにがんばっている」「かつては反体制的な態度がうけていた」「来日していない最後の大物」「かつて麻薬で逮捕歴」……だから何なんだ! マスコミって馬鹿じゃねえのか、と本気で思いました(今でも思っていますが)。
有名人たちもこぞってストーンズの話を始めます。私は、この時上岡龍太郎と高見恭子(プロレスラー馳浩<はせ・ひろし>夫人!)、赤信号の渡辺正行の3人を“殺すリスト”に載せました。
上岡は、自分の番組で「ストーンズってステキ!」と言った加賀まり子(どれだけ本気で言っているのかは知りません)に対し、「あんなんアカン! プレスリーが1人でやっとったことを4人でやっとる!!」……こいつ、自分で頭がいいと思いこんでいる節がありますが、もの凄い大馬鹿ですね。エルヴィスがドラムスもベースもピアノもギターも一人でやったんでしょうか? しかも、当時のストーンズは5人だっての! この程度の知識もないということは、ちゃんと聴いたことがないのは明白です。公の場で発言できる立場にある人が、対象をよく知りもしないのに、そんな暴言を吐いて、許されるでしょうか!
高見と渡辺は、こいつらのやっているクソおもしろくもない番組で、「何かストーンズって昔はビートルズの真似してたよねえ〜」とかヌカしやがる。ギターバンドって、みんなビートルズの真似なのか? 耳がどうかしてんじゃねえの? これもちゃんと聴いてればありえない発言です。
とにかく、このあたりで私は「世の中にはよく知りもしないことを、よく考えもしないで不用意なことを言う人がいるんだなあ」と、ひとつ勉強さしてもらいました。
世間がにわかにストーンズ騒ぎに包まれる中、2月5日にキースとロン、6日にはミックとチャーリーが来日しました。い、いや〜、ホントに来たよ。信じられねえ。
しかし、ビル・ワイマンの父親が危篤とかで、6日に来日予定だった彼がひとり来日を延期したことで、我々ファンの間では「結局中止か?」と憶測が流れ始めました。新聞なんかでも「ワイマン初日微妙」と書き立てます。何せスポーツ新聞はストーンズに関することなら何でも書き立てるんだからね。ちょっと前までストーンズのことを知らなかったような記者が。
私自身も、2月10日、当時の東京ドームの観客動員記録(=日本の室内観客動員記録)を作った新日本プロレスの試合(64,000人だったか。今の記録は猪木引退試合の70,000人)を見た後、完全にストーンズ体勢に切り替えました。
翌2月11日、同じ東京ドームでマイク・タイソンが王座を転落したのをテレビで見た時には、さすがに“完全ストーンズモード”ではありませんでしたが、翌日の新聞で気にしていたのは、やはり試合を観戦していたストーンズに関する記事でした。
何でも、ミックとキースとロニーが観戦に現れ、真剣に食い入るように見ていたとのことでした。それもそのはず。奴らは試合をネタに賭けをやっていたのです! タイソンがマットで10カウントを聴いた瞬間、VIP席にはキースの笑い声が響いたそうです。曰く「ハァッハッハッハッハ! 俺の勝ちだ!」。次の瞬間、ミックとロニーから結構な厚さの紙幣がキースに渡されたそうです。まったく、こいつら何をやってんだか。
同じ11日、父親が危篤だというのに、ビルが来日した。ホッとする反面、「初来日だから、穴をあけるわけにはいかないってんで、ムリに来たのかなあ?」と申し訳なく思う。結局、ビルの親父さんは、公演日程中に亡くなったそうだ。それでも休まずにショウをつとめあげたビルに感謝。(※ビルは93年にストーンズを脱退)
さて、私はストーンズの来日に狂喜乱舞しつつ、どこかで押さえきれない違和感と嫌悪感を覚えていました。それは、あたかも前からストーンズが好きだったかのように振る舞う“にわかファン”が、あまりにも多かったのが原因です。
ストーンズのチケットは、追加公演も含めて10公演分、つまり50万枚も完売したというのです。しかも、チケットは1万円です。しかし、ここで声を大にして言いたいのは、2,000円や3,000円で売られていたストーンズのアルバムで、日本で50万枚も売れた作品は、ひとつとしてなかったんです! それじゃあ完売したらどうなったかっていうと、さっき書いた芸能関係の友人の話のように、チケットはあるところにはだぶついているようなのです。昔から好きだった俺のようなファンがこんな後ろの席で、何となくコネで入手したような芸能人をはじめとする連中がアリーナの最前列……こんなことが許されていいのか……
スポーツ新聞には、「誰それが行くらしい」という話がよく載っていたのですが、どうしようもねえくだらないタレントが、アッサリと良い席を手に入れて、ろくに歌詞も知らねえストーンズの曲を聴いて、どれだけの反応ができるんだ? 一番前の列に取り澄ました馬鹿面を並べて、曲もよく知らない風情でポカーンと座ってて見ろよ。ストーンズに失礼じゃねえかよ。
とか何とか言いつつ、クソ忙しい中、私は2月14日に有休を取りました。万が一、仕事が押して間に合わなかったりしたら、一生後悔するのは明白。幸いにも理解ある上司だったので、正直に理由を言って休ませてもらうことができました。
まあ、後で考えたらバレンタインですよね。どの道、その頃彼女なんかいなかったから、もらえても義理チョコだけど(もっとも、私はチョコレートが好きなので、バレンタインに義理チョコが集まるのは嬉しいのです。ひと月後のことを考えなければ)。
いやはや、休みまで取ってしまった以上、これは絶好のコンディションで当日を迎えないといけません。私は極力仕事を抑え、早く寝るようにしました。もっとも、興奮であまり寝られなかったけど。
ストーンズがやって来るという興奮、でも世間の反応には違和感と嫌悪感。何とも言えない状況でした。
やはりじっとしていられず、当日は早めにドームに向かいました。取りあえずTシャツとパンフを買って、即ドーム内へ。回転扉をくぐり、とにかく目当ての通路へ、と思ったら、ステージがチラッと見えたので、吸い込まれるように見に行ってしまいました。すると……
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Steel Wheels Tourのステージ。15分で記憶に頼って描いたので、メチャクチャ(言い訳)ですが、まあ、非常におおざっぱなところはこんな感じです。 |
「これ、ステージっていうより、“建物”なんじゃないの?」第一印象はこれでした。もうドカーンとバカデカイ建造物がそこに鎮座していたのです。外野スタンドは、ほとんどステージに覆い尽くされています。建築現場の足場が巨大になったような印象で、あえて言えば退廃的なSF映画の建物のイメージでしょうか。
雑誌などである程度知ってはいたものの、現物を見ると驚く以外にない、そんな物体でした。
とにかく席に行ってみました。この日は高校時代の友人と見る予定でしたが、まだ誰もきていない様子。千葉県の南部からでは時間もかかるしなあ……。場内のスタンドで、軽く腹ごしらえしながら、喫煙所で煙草を吸い、BGMを聞いていました。さすがストーンズ。BGMの選び方ひとつ取っても、センスが違う。ブルースやソウルを中心に、時折新し目のブラック ・ミュージックが織り交ぜられています。
それにしても、色々な人がいるなあ。フツーのサラリーマン、キースのような格好の中年男性、井戸端会議の好きそうなおばちゃん、金髪に革ジャンの若造、ストリート・スライダーズのような服装の連中、派手な服装の親子連れ……。これだけの客層を持つバンドって、世界広しと言えどもストーンズだけだろうな。
トイレを済ませ、席に戻ると友人達がそろい始めました。曲目のことや、ストーンズのこと、友人の消息などを話していると、開演予定時刻が近づいてきました。
「おお、おお、おお、そろそろじゃねえの?」という友人Oに、私が「まだ始まらねえよ。ミックの時なんて、40分以上遅れたんだぜ。昔は6時間とか待たせたことがあるらしいし。ストーンズが時間どおりにやるわけねえよ」と余裕たっぷりに行ったとたん……
客電が落ちました。「Continental Drift」の後半部分が大音響で流れ始めます。
リフレインが続き、「ハッ!」というかけ声とともにブレイク! ここか!? ここで始めるのか!!!??? 思わず「うぉおおおおお!」と叫んでしまうと……♪ジャンジャンジャンジャン……ああ、まだみたいだ。
「ハッ!」2回目のブレイク!
ドォーン!
ステージの前面から花火が上がり、その光芒の中からギターの音色が響き、5人の男が姿を現しました。
ついに、ついに、ついに! ストーンズが日本の観衆の前で演奏を始めたのです!
記念すべき第1曲目は、「Start Me Up」でした。(この5年後、この曲が「Windows 95」なんてもののCMソングに使われるとは、夢にも思っていませんでした。というよりも、パソコンに縁がなく、Windowsなんて言葉すら知らなかった)
ミックが過剰なアクションでステージを動き回ります。キースは余裕たっぷりにノッシノッシという感じでのし歩いています。ロニーは控えめにしています。ビルは時々1メートルくらいの移動をしています。チャーリーは有名な「スネアを叩くときはハイハットを叩かない」奏法をやっています。
ああ……本物のストーンズが目の前(というにはあまりに遠くですが)で演奏しているではありませんか! 私は目の前に起こっている現実がちょっと理解しきれず、体は動いていたものの、何か他人事のように思えていました。
曲は次の「Bitch」へ移りました。ようやく平静を取り戻した私は、段々とあることを感じ始めました。
誤解を恐れずに言ってしまえば、「ストーンズの演奏がよくない」のです。いや、上手い下手で言えば、80年代頭のワールドツアーに比べて、全然うまくなっていました(まあ、限度付きですが)。
でも、ストーンズというバンドがもつとてつもない興奮を呼び起こす“あの力”が感じられないのです。グルーブ感と言ってもいいですし、躍動感と言い替えてもいい、感情を根こそぎ揺り動かすような熱狂がないのです。
これはファンにとって由々しき事態です。
しかも! 今ではすっかり慣れましたが、当時は巨大な失望を味わった“ミックの日本語MC”も、この時はじめて大爆発しました。
「わったしたちはぁ、にほんにくう〜〜〜るのを、ながく、まちました」
「ここで、ぺーすを、おとします」
「まっだまっだ、つづくよー」……(大きい文字のところにアクセントがあります)
待て待て! ナニ言ってんだよミック! そこまで迎合することねえだろ! 確かに、ミックが現地の言葉でMCを入れることは知っていましたが、まさか日本語までやるとはねぇ……。(03年追記:いやあ、今では感心してますけど)
乗り切れないまま4曲が過ぎ、5曲目の「ダイスを転がせ(Tumbling Dice)」のイントロに入った時、なぜか胸のあたりがムズムズし始め、じーんとした痺れに変わりました。ま、要は感動してしまったわけですな。この時の後遺症(?)か、今でもこの曲を聴くとじーんとしてしまいます。
ではこれで調子が戻ったかというとそうでもなく、12曲目の「Midnight Rambler」で乗りが出るまでは、気持ちがさめた状態でした。この曲がまた凄いんだ。キースのギターの支配力が強く、ギターの上にバンドがすべて乗っかったような演奏をします。扇情的なリフに乗って、ミックがこれまた扇情的に歌います。ああ、なんて凄い曲だろう。
この曲は69年のライブ盤、「Get Yer Ya-ya's Out!」に収録されていますが、後半に入る前のブレイクのところに、日本人らしき男の声で、「カッチョイイーッ!」と叫んでいるのが入っています。私も、そのブレイクのところで「カッチョイイーッ!」と叫んだのですが、まわりにも同じような奴等が何人かいたので、ちょっと気恥ずかしい気持ちを味わうことになりました。
キースがボーカルをとるコーナーでは、「Can't Be Seen」と「Happy」をやってくれました。何でも物の本によれば、アメリカではキースのコーナーはションベンタイムもいいところで、平気でゾロゾロとトイレに観客が歩き出すとのことです。
ところが! 日本では違った! 私のようなキース信者的な連中が数多くいる上に、そもそもファンでもないのにやってきた連中はキースが誰か知らない。だからほとんどキースのコーナーで席を立つ人はいませんでした。
これに当然キースが気をよくしてはりきりますから、このキース・コーナーはなかなか白熱し、いつも激しく盛り上がっていました。もっとも、21日の時は、張り切りすぎたせいか、「Can't Be Seen」のボーカル出だしのキーが(本当にキーです。音程ではありません)1音半くらい低くなってしまい、2拍のあいだに元に戻すという素人のようなことをやっていましたが。
「2000 Light Years From Home」が意外な選曲でした。ストーンズ史上まれに見る不評アルバム「Their Satanic Majesties Request」からの曲です。同アルバムの他の曲に比べると幾分とっつきやすいものの、過剰にくっつけられた音の装飾がストーンズの魅力を殺している印象があります。
この曲をステージで再現するにあたり、セカンド・キーボーディストのマット・クリフォードがしきりに打ち込みやサンプリング・キーボードで音を色づけします。個人的にはそれほど嫌いな曲ではないので、「この曲がライブでできるようになったのか」程度の感慨はありました。しかし、この手のシンセ的なギミックはストーンズには似合わない! このツアー全般に出来が良くなかったのは、クリフォードのシンセとアップタウン・ホーンズのラッパ吹きすぎが原因ではないかと、今では思っているほどです。
そうそう、この「2000 Light Years From Home」が、あの「サザエさん」で流れたことがあるという話、ご存じですか? 何でも、波平に叱られたカツオが、反抗して部屋に閉じこもり、この曲をかけて踊りまくるというワンシーンがあったそうです。すげえな、しかし。かけるということは、カツオはこの曲のシングルか、「Their Satanic Majesties Request」を持ってたってことでしょ? ああいう家に育った永遠の小学生・カツオがどういうシチュエーションで買ったんだろう。それとも、サザエかマスオが実はファンなのか。裸足で猫を追いかける狂気の主婦・サザエ。アナゴ君やノリスケさんと一杯飲むことが生き甲斐の半分婿・マスオ。……やっぱりサザエの持ち物なのか? 謎は深まるばかりだ。原作者に聞こうったって、もう亡くなってるし。
まあ、そんなことはどうでもいいや(笑)。後は大大ヒット曲の連発で「(I Can't Get No)Satisfaction」まで一気に行きました。私はと言えば、もうぬぐい去ることのできない違和感を抱えて、エンディングを迎えました。
しかし、いったんストーンズが引っ込んだ後、結構感動的な風景が現出したのです。
80年代頭のワールドツアーの様子を収録した「ザ・ローリング・ストーンズ」という映画があるのですが、その中で、アンコールを要求する観客が、一斉にライターをつける感動的なシーンがあります。
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同じことを考えた連中が、一斉にライターの火をともしたのです! 闇となったドームいっぱいに、星空のようにまたたくライターの無数の炎が広がっています! 本当のファンの自己主張でしょうか。「俺はストーンズが好きだ!」という気持ちを炎に込めて、ストーンズにメッセージを送っているかのように見えました。案の定、その炎はスタンドにはたくさん見えるものの、アリーナにはわずかなものでした。でも、今思い出してもあれはキレイだったな。
そして、アンコールで名曲中の名曲「Jumpin' Jack Flash」。初の日本公演は終わりました。
一緒に行った連中とは、「良かった」派と「良くなかった」派に意見が割れました。私は、残念ながら「良くなかった」派でした。「良くなかった」派は、88年のミックのソロ公演に行っていることが共通していました。
仲間割れしたわけではないのですが、帰る方向が違うので、両派に分かれて帰路につき、我々は新宿に流れて飲みに行きました。話題になったのがミックの公演と2月10日にドームで行われた新日本プロレスのことだったのが、妙にもの悲しく、複雑でした。
さて、翌日会社に行くと、仕事上でけっこう重大なミスを犯していたことが発覚しました。当時の上司に「tada君、ジャンピン ・ジャック ・フラッシュどころじゃないだろ!」と小言を言われたものの、小技の利いたギャグに思わず受けてしまい、だいぶ緊張が和らいだものです。新人だったから許されたのかもなあ。
21日の公演には、会社を休まなかったので、打ち合わせがだいぶ押してしまい、「コンチネンタル ・ドリフト」が鳴り響く中を入場する羽目になりました。
この日は初日に比べれば大分よかったものの、どうにも違和感が拭い去れません。大学時代と高校時代の友人の混成軍で見に行ったのですが、ほかの連中はけっこう満足していたようです。どこの店にも入れず、自販機で買った缶コーヒーを飲みながら話をしたのですが、私の気分は晴れないままでした。
しかも、ああ、何としたことだ! 23日の公演でも私の気分は晴れなかったのです。大学時代の友人と行ったこの日が、私にとっての最終日。何としても挽回したかったのに。
スタンドの前から2列目という、そこそこいい席だったのに。
「このまま帰っちまうんだろうか……」私は涙が出てきました。ラジオで聴いたストーンズも、レコードのストーンズも、映画のストーンズも、最高にカッコよかったのに。
スポーツ新聞やニュースで褒め称えられるストーンズを見ながら、「こんなはずじゃなかったのに……」と唇を噛む羽目になりました。それとも、もうストーンズはおしまいなんだろうか? ミックとキースが仲良くなると、音に緊張がなくなるんだろうか? 年齢的に、限界なんだろうか? ライブの規模が巨大化しすぎて、きめの細かい芸はできないのだろうか?
このモヤモヤは、晴れるまで5年かかったのでした。(というわけで、次回に乞うご期待!)
あとは順不同にこのツアーの印象を思いつくままに。
■ロニーがとにかく控えめだった
とにかく明るくにぎやかなロン・ウッドが、このツアーではやたらと控えめでした。プレイ的にもかなりキースを立てており、アクションも少なく、歩き回ることも多くはありませんでした。
とくに印象に残っているのが、次のエピソードです。
ある曲のギターソロパートで、キースにスポットがあたり、場内は大歓声に包まれます。しかし、どうもおかしいのです。ステージから両翼に突きだしているベランダのような通路のようなところをキースは余裕たっぷりにノッシノッシと歩いているのですが、とてもソロを弾いているようには見えず、コードをジャカジャカ弾いているだけなのです。
おっかしいなぁ、というわけで、ふとロニーを見ると、通常のスポットライトだけを浴びて、ロニーがソロを弾いていたのです……。きっと、評判どおり、並外れた善人なんだろうな……。
■ビル・ワイマンは本当に動かなかった
80年代頭の映画、「ザ・ローリング・ストーンズ」を見た時、寡黙なベーシスト、サイレント・ストーンまたはオールド・ストーン・フェイスと呼ばれる男、ビル・ワイマンがあまりに動かないので、驚いたことがあります。「ことがある」ってのは、映画とビデオをあわせて50回くらいは見ているので。
「Goin' To A Go-Go」の演奏に合わせて、ステージのセッティングから同曲の演奏が終わるまでをもの凄い早回しで見せるシーンがあります。数時間を3〜4分に短縮しているので、60倍から100倍くらいのスピードでミックやキースが動きます。ドラムスのチャーリーは動かないのが当然として、ミックもキースもロニーもステージ上を所狭しと駆け回っていたのですが、ビルは……ピクリとしか動かないのです。今回もやはりそうで、半径2メートルくらいの間をうろうろしていました。
動かないことで逆に気をひいてしまう、得な芸風の持ち主です。
■パッケージ・ショウだった
全般に、パッケージ・ショウのような印象の強いツアーでした。曲目も、内容も演出も、ほぼ毎回いっしょ。全体にショウとしてのクォリティが高かったものの、音楽への魂の入り方が少なかった気がします。
しかし、最後にフルメンバーがステージに集合し、肩を組んでお辞儀をした後、ストーンズの5人だけで肩を組んでお辞儀をするのが良かった。たとえパッケージの一部でも。毎回毎回、チャーリーがキースのギターを持ってやるんだけど、飽きなかった。
■警備員さん、ごめんなさい。
たしか23日だと思うんだけど、ミックがステージ向かって左から、ちょっとアリーナに降りたことがありました。
瞬間、私は常識をかなぐり捨てて、すぐ目の前の警備員さんを突き飛ばし、アリーナに出てしまったのです。便乗組も数名。しかし、そのころにはミックはだいぶ遠くでUターン。我々もまるで何事もなかったかのように席に戻りましたが、内心は警備員さんに申し訳ないと思っていました。
その時の警備員さん、もし、これをご覧になっていたら、謝ります。申し訳ない!

