プリムローズ・ヒルからダートフォードへ
※ちなみにいきなり「その4」なのは、その3まではキンクスゆかりの地巡りで、Each Kinky Thingsにアップしてるからです。
ベイカー・ストリートまでサークル線を使ったんですが、これがまあ(いつものことだけど)よく止まりやがって、少し遅れちゃったんです。先に来ていたWild Girlsにお詫び。
最初の目的地はプリムローズ・ヒル。アルバムBetween The Buttonsのジャケ写の撮影場所です。
……が、駅から出たら方角がわからない。
地図を見ながらああでもねえこうでもねえとやっていると、通りすがりのオバチャンが「アビーロードはこっちよ!」とか教えてくれます。ありがとう、オバチャン。でもね、俺たちアビーロードに行くんじゃないの。
これまでの2日で、道を聞くことがすっかり恥ずかしくなくなった私は、売店の店員のニイチャンに「プリムローズ・ヒルって、どう行くの」と尋ねました。
「ああ、この道まっつぐちょっと行ったら右」
はあ、ちょっとですか。
聞き返すのもめんどくさいし、我が英語力では誤解を広げる原因にもなりかねないので、次に誰かに聞けばいいやと思い、そのまま歩き出します。方向は合ってるようだし。
やっぱりセント・ジョンズ・ウッドっつったら高級住宅街なので、閑静です。そのせいか、道を聞くべき通りすがりの人もあまりいません。
うるさがられてでも、さっきのニイチャンにくわしく聞いとけばよかったかなあ……
それにしても高そうな車がわんさか置いてあります。そういや、ポール・マッカートニーが住むような街だもんなあ。今もいるかは知らないけど。
ストリート名の標識と地図とをにらめっこしていたら、ようやく行き先がわかりました。さっきのニイチャン「突き当たりを右」と言ったのかなあ。俺が“突き当たり”に相当する英語を知らないので、わかんなかったのかな。
とにかく、ニイチャンの言うことは大体合ってました。ただ、その距離が長かっただけです。かれこれ20分は歩いたかな。
着きました。プリムローズ・ヒル。とてもきれいな公園です。

実にいい天気。日本晴れです。

Buttonsのジャケは冬の撮影ですが、いくら寒いロンドンでも今は8月。雰囲気は違うんですけど、来たのが夏なんだからしょうがない。同じフォトセッションでの写真を思い出しながら、しばしブラブラ&撮影。
S氏はここでもぬいぐるみ撮影。……まあ、何も言うまい。
さすがにまた同じ道を歩くのは気が遠くなるので、バスでベイカー・ストリートに移動し、そこからウォータールー駅に移動します。
ダートフォードに行くために!
ストーンズ・ファンならダートフォードといえば一発でわかるんですが、そうでない方のために説明します。
ダートフォードとは、ミック・ジャガーとキース・リチャーズが生まれ、20歳前にロンドンに出るまでの間、過ごした町です。
ロンドンの交通ゾーンの一番外から1つ目の駅になります。ロンドンから出てすぐ、という位置関係を東京に(無理に)置き換えると、市川ということになります(笑)。
FちゃんとMちゃんとはウォータールー駅で待ち合わせ、S氏はここから別行動。5人でダートフォードに向かいます。
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| 往復券の帰りの切符です。 |
ウォータールー・イースト駅から30分くらいですかね。さほど遠い町ではありません。実際ミックは、イーディス・グローブで暮らし始めるまではダートフォードからロンドン経済学校に通っていたわけですから。

よっしゃ、シルヴァー・トレインで出発だ!……銀色じゃないけど。
何というか、遠足のような感じで楽しい道中でした。ストーンズの話題はもちろん、こだまひびきだの、ヒロミ・ゴーだの、ボブ・マーリーだの、ロンドンの雲は出来の悪い布団だの……訳のわからない話が続きます。
恐らく、ダートフォード行きの列車の中で「そんな奴おらへんやろ〜」という言葉が出たのは史上初じゃないでしょうか。

ついにダートフォードに着きました。ストーンズ本で初めて読んだときには、はるか遠い外国の知らない町だったダートフォードです。
今踏んでいるプラットフォームを、ミックもキースも踏んでいたんです。

60年の10月下旬、シドカップ・アートスクールに行く途中、キースはこのホームで、マディ・ウォーターズの「The Best Of Muddy Waters」、チャック・ベリーの「One Dozen Berries」、名称不明のリトル・ウォルターのアルバムを抱えたミックに再会したのが、この歴史上に残る名コンビ(迷コンビ?)のはじまりなんです。
※なお、これが小学校以来の再会のように言われていますけど、実際には、同年7月にアイスの売店でバイトしてたミックがキースにアイスを売った時が、5年ぶりの再会だそうです。
駅を出て、まずは観光案内板を見ます。

リバプールがビートルズの出身地を売りに観光地化している(行ったことないけど)のとは対称的に、ダートフォードはストーンズのスの字も見当たりません。松山千春程度でも足寄が観光地化するってのに……行ったことないけど。
ま、それもまたよし。とにかくこりゃみんなで自力調査だな。
何せ持っていた地図があまりに簡略なもので、ほとんど役に立ちません。しかも、かなり間違ってたし。
とりあえず駅近くのインフォメーション・センターをのぞいたんですが、いきなり人がいない。2時だっていうのに、昼飯食いに行ってんのか?
やむなくそのまま進んで、市街地に出ます。これがけっこう開けた町で、商業施設も多いのに加え、土曜日だったせいか、市場が開かれています。
何となく、勝手にひっそりした住宅街をイメージしてたので、かなり意外でした。

まずは地図を買おうということになり、スーパーに入ります。
入ってまっつぐ行った先のカウンターで、地図はどこで売ってるかを尋ねます。あら、レジだったようですね。案内所と勘違いして聞いちゃいました。
レジのオバチャン、「“スミス”に売ってる。あそこから出て、右に行ってしばらく行くと、右手にある」といい、わざわざレジをカラ打ちしてレシートの上を出し、「SMITHS」と書いてくれます。
我々はてっきり「スミスさんちの本屋」だと思って、実際に行ってみると「WHSmith」のことでした。でっかいチェーン店じゃん。
ともあれ、地図です。店の右奥の方にあった地図コーナーから、女性陣がすばやく地図を発見、記念品にしたいので、私が買わせてもらいました。A to Zのシリーズなので、道の名前が全部載ってて便利です。
昼もだいぶ過ぎ、おそらく長時間歩行が想定されるので、腹ごしらえをしてから行動開始ということになり、中華の店に入りました。
店員さんは中国人ばかりです。世界中にいるといわれる中国人、ロンドン郊外まで進出してましたよ。
このところの日中関係から、若干警戒していたのですが、みんな一生懸命働く感じのいい人で、挙げ句には地図上で道まで教えてくれました。よかった。靖国問題に英語で反論なんかできねえもんな。
印象に残ったのは、メニュー中の日本語の多さ。たとえば餃子は「GYOZA」です。「UDON」までありました。挙げ句の果てには箸袋に「はし」。……って、中華じゃねえのかよ(笑)。
アジア文化は日本が世界に紹介したんだなとしみじみします。もっと日本人はアジア代表としての自覚を持たないといけないよな。
さあ、空腹も収まったことだし、行くか!
5人はビンゴの店の前の道を西に歩き出しました。ゆるく長い坂を歩きます。
登り切ったところに見えてきたのが……

ダートフォード・グラマー・スクールです。ミック・ジャガーの母校ですよ。
いやあ、ここで勉強……したかどうかはわからないけど、通ってたんだよなあ。
見るからに伝統のある学校だと思ったら、何と創立は1576年!

あなた、長篠の戦いの翌年ですよ! まだ信長が生きてますよ! ということは、この学校、東照宮より古いんです!
自分でも書いててわけがわかりませんけど、とにかく凄い。
まあ、ミック・ジャガーを輩出しただけでも十分凄いんだけど。

何でもここにミック・ジャガー・センターというのがあるらしいのですが、学年の変わり目ということもあり、中に入ることができませんでした。
今度は長い坂を下り、大通りから住宅街に入って延々歩くと、今度はミックとキースの母校であるウェントワース小学校が見えてきます。

ちなみに、私は帰国するまでミック・ジャガー・センターはここにあると思っていました。
やはり学年の切れ目だけあって、入ることはできません。本当はここのガキどもをつかまえて、「おまえら、ミック・ジャガーとキース・リチャーズがここ出身って、知ってた?」と聞いてみたかったんですけどね。

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| 閉まっていた門から手ェつっこんで撮りました。 |
次は、来た道を戻り、住所を頼りにキースの生家探しです。
道の左右で奇数と偶数に分かれている住所を、みんなでチェックしつつ地道にさかのぼっていきます。
おお、あった! ここだ!
けっこうな距離を歩き、やっと見つけました。

小学校までしかいなかったらしいですけど、ここがキースの生家のあった場所です。
今は花屋さんになっています。
その勢いでDenver Roadに突入、今度はミックの生家探し!
閑静な、本当に誰も行き交う人のない町並みの一角に、ミックの生家はありました。
この家です。

今では別の人が住んでいます。恐らく何度もファンが来ているでしょうから、今住んでいる人もミックの生家だと知ってはいるんでしょう。
そう言えば、体育教師の息子であるミックは、裏庭で毎朝体操をさせられていたというエピソードを思い出し、路地をたどって裏庭に突撃したのですが……洗濯物が干してありました。
そうだよなあ、ここ、人が住んでんだもんな。のぞいたり写真撮ったりしちゃいけないよな、人として。
さすがの我々もここで退散。
「同じブロック」(ミック談)「隣のブロック」(キース談)のキース生家まで戻りました。あ、ちなみに正解はキースです。
でも、本当に近くに生まれたんだねえ。そういや生まれた病院、いっしょだもんな。
ミックとキースは出身階級が違うそうですが、お母さん同士が仲がよく、ガキンチョ時代はいっしょに遊んだそうです。
初めての会話(とミックが記憶している内容)は、
ミック「大きくなったら、何になりないの?」
キース「ロイ・ロジャースみたいになってギターを弾きたい」
だったそうで。
それが60過ぎた今も同じバンドでやってるって、どういうもんなんだろう。ちなみにキンクスのデイヴィス兄弟は、生まれたときから一緒なんですが、もう21世紀に入ってから1回もいっしょに活動してません。
さすがに来た道を歩く気力はもうないので、道を渡ってバスでダートフォード駅へ。

市内に戻ってオックスフォード・サーカス駅でS氏と待ち合わせ、カーナビー・ストリート界隈で買い物を少し。
そしてイタメシ屋で軽く飲みました。「コロナ」頼んだら「コーラ」持って来やがったな、そう言えば。

感慨深い1日でした。ついにダートフォードまで行っちゃいましたよ。ストーンズ・バカ、ここに極まれりというところでしょうかね。
同行のストーンズ・バカのみんなにも、大感謝。
明日はいよいよトゥイッケナム初日です!

