つかの間のVIP気分の後、我々庶民にふさわしいスタンド席に戻りました。そして、これが私のLicksツアー日本公演最終日になってしまうのです。

 前日から怪しい雰囲気はありました。
 いやね、娘が風邪をひいてたんです。でもまあ、機嫌こそ悪いものの、単なる風邪でそのうち治るだろう程度にたかをくくっていたんですよ。
 それが16日の昼あたりから、熱が38度台にまで上がってきました。これが決定的事態の予兆になるとは、その時は夢にも思わなかったもんです。
 この日はスタンドでの観戦だったので、入り待ちもしくはダッフィーの様子見のために早く行こうかと思ってました。しかし、娘がこの熱ではそんなことも言ってられません。休日診療をやっている医者を捜し、電話を入れたのが既に16時。支度を終えて医院に向かって家を出たのは16時半でした。
 診察の結果、一応は熱冷ましなんかが出たものの、インフルエンザかどうかもよくわからないようです。とにかく一度帰宅した頃には既に18時になっていました。

 さすがにちょっと悩みましたね、今回は。でも結局、ドームには行くことにしました。というのも、家内も私が行くもんだと思っているようだし。それに私がいたところで娘の熱が下がる訳じゃないし。
 ドームへの道すがら、友達からメールや電話がバンバン入ります。み〜んなドームの中から。あせりつつ、ようやくドームに着いたのは18時50分を過ぎた頃でした。まあ、どの道遅れるんだから、もうちょっと遅くてもよかったんですけど、万一予定通りに始まったらと思うと、やはり19時前には着いてないとね。

東京ドームの席ここにいました

 そんな状況ではあるものの、久々にスタンドから見る会場には感慨深いものを禁じ得ません。そうだよな、俺は平民なんだよな。これまでずっとアリーナだったのが奇跡みたいなもんで、ここスタンドこそが平民である俺の本来いる場所なんだよな、と思ったら、寂しいようなホッとするような……。
 よくよく考えるとメインステージとBステがほぼ等距離で、1階の20列台ですから、これが初来日の時だったら大満足シートです。でも、いちど上流階級をかいま見てしまった平民には、どうしても一抹の寂しさがぬぐい去れません。
 アリーナBステそばにいた友人O氏から電話が入りました。お、見える見える。アリーナに彼の姿が見えます。PRIDEには何度も一緒に行ってるんですが、ストーンズの会場で会うと新鮮なものがあります。
 何でもキースに手ぬぐいをプレゼントすることに成功したそうで、つけて出てくるかも知れないとのこと。おお、こりゃ楽しみだ。キースといえば、意味もわからずに漢字好きだもんね。ハチマキ(?)やワッペンに「神風」(ただし逆さま)、「日本」、「爆弾」とか(笑)。しまいにゃ山本寛斎の左胸にデッカク「寛斎」って書いたシャツまで着てたもん。
 “漢字そのものが好き”な訳じゃなくて“よくわかんないながらも日本的なもんが好き”なら、手ぬぐいを腰から提げた姿で出てくる可能性もあります。何だか今のキースだと妙にバッチリはまりそうな気がして怖いですな。

 さて、この日はスタンドでなおかつドームなので、初心に返って(平民に戻って)楽しもうと思っていたんですが、さすがに長女が気になって“楽しい”という感じにはなってきません。でも来ちゃったからにはちゃんとキッチリ見ないとなぁ……
 同席のS氏と、これまで見たライブを振り返りながら、ああでもないこうでもないと語っていると、何ともまったりとしてきます。これがスタンドの楽しみ方なのかも。これまでは妙にスタンドで盛り上がりすぎてたのかもなあと感慨にふけりました。

 そんなこと言ってても、結局“心拍音”がなるとダメでしたけどね。一時的に娘のことも脳裏から去り(娘よ、すまん)、大盛り上がり大会になるのは運命みたいなもんで。
 『Brown Sugar』のイントロとともに一気にレッドゾーンでした。ふと見ると、キースは手ぬぐいは装備していないようです。O氏残念!
 しかし、この日は『Angie』(ミンナ、シッテル、キョク)があったので、いったん冷静に。
 その後もそれなりに盛り上がりつつも、1. スタンドだった、2. 目新しい曲はなかった、という原因で、今回で一番落ち着いて見ることができました。ところが落ち着いて見ても満足。これもストーンズの凄さのひとつかもしれません。
 そうだ。この日もMonkey Manをやったのですが、使ってたギターはTom Andersonの“Cobra”であることが判明しました。95年のVoodoo Loungeツアーから使ってたそうですが、頭からすっかり抜けきってました。Memory Motelとかで使ってたギターかな……。何せ脳みその容量が少ないので、“今日はギターを見るぞ”みたいに決めて見ないと覚えてらんなくて。

 その後の曲目はさほど15日と変化はなく、大ヒットパレードだったんですが、Bステージばかりは参りました。When the Whip Comes Down、Mannish Boy、You Got Me Rockingをやったんですが、スタンドで見ていていかにすげえかわかりましたね。早めのロックンロール、ブルース、ミディアムテンポのロックンロールという、仕掛けも何もないシンプルな曲だけで、5万入ったドームがドッカンドッカン盛り上がるんですから。しかも演奏してるのは4人のメンバー+ダリル+チャックだけですよ。
 アリーナにいるとハナからこっちも盛り上がってるので、まわりの盛り上がりなんてさほど気にしていないんですが、スタンドから見ると会場全体が盛り上がる様子がすげえよくわかります。
 いや何てジイサンたちでしょうね。奴らの40年の重みがそうさせるんでしょうか。……そんなことねえか。昔からそうだったんだから。

 そんな中でも娘のことは頭の中から消え去りはしませんでした。とにかく早めに帰らないといけません。いつものように余韻を楽しんでいてはいつ帰れるかわかったもんじゃありません。
 S氏が協力してくれたので、アンコールのJumpin' Jack Flashのエンディングでその場を辞し、スタンド最上段まで行き、花火とメンバーのカーテンコール(?)をそこで見届けてからドームを出ました。
 恐らく時を同じくして桜庭和志とアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラが敗北してたわけですな。さすがにこの日ばかりはPRIDEになんか行ってられません。

この日の曲目はこちら

 結局、娘の熱は下がっていないものの、その後は病状の悪化はなかったんです。ええ、なかったんです。
 月曜には「こりゃ治るな」と判断し、会社帰りに新幹線の指定席を手配(のぞみですよ、のぞみ。乗車券は金券屋で安く買ったんだけど)して帰宅しました。

 ところがですねえ、状況は18日火曜日に一変しました。15時過ぎに家内からメールが入り、39度を超えたので病院に行くとの連絡。電話すると、検査が長くなるので帰宅も遅くなるとのことでした。次男の保育園へのお迎えは、懇意にしている近所の方が行ってくれたとのこと(夕飯まで食わせてくれてました)。
 下手をすれば入院かも、との話に目の前真っ暗状態になりました。
 娘の入院+大阪行き取りやめのダブルショックです。それでもいつもどおり長男のお稽古ごと送迎を行いつつ家内と連絡を取ってみると、どうやら入院は確定的なようです。
 さっそく「大阪も行きたくなってきた」と言っていた友人に連絡し、大阪に行かないかと打診したものの都合がつきません。そりゃそうだ。
 そうこうしているうちに長女の入院は確定しました。

 家内は荷物取りに帰宅してそのまま病院へ。
 私は残って上の2人のめんどうです。
 もはや大阪に行っている場合ではないので、夜10時頃、某MLに「大阪に行く人いませんか」というようなメールを流しました。すると、友人たちから電話やらメールやらがバンバン入り始めました。
 ありがたくて感無量に。電話に出るとまともにしゃべれそうにないので、電話には出ずに御礼のメールを送るしかありません。

 そうこうするうちに例のユニオンジャック男・T君から21日のチケットを引き取る旨のメールが入りました。実は彼の部屋にあるカレンダーがハワイのカレンダーで、21日が祝日だということに気づかず、大阪行きを断念していたそうで、それが祝日だとわかったので、がぜん行きたくなってきたという話をすでに聞いていました。
 オークションでチケットを探すと言っていたので、もう手に入れているかと思いきや、まだだったのが幸いしました。
 これはもう、大阪ドームのアリーナにユニオンジャック男を送り込むしかありません。
 さっそくお願いすることにしました。この時ばかりは人の厚意のありがたみが骨身にしみましたね。T君、ありがとう! 横浜とドームでいっしょだったS氏も大阪に知人に連絡まで取ってくれていました。動転していた私は思いもよりませんでしたが、S氏は「事情を説明すればホテルもキャンセルが聞くかも」とのアドバイスをくれました。おかげで無事キャンセル料もナシでホテルの予約も取り消せました。

 翌水曜日、前日に次男を迎えに行ってくれた近所の方が、朝から今度は保育園への送りをやってくれると申し出てくれたので、厚意に甘えて預かってもらい、会社へ。
 2人の後輩H君とブルース好きH君の嫁の3人も大阪に行く予定だったので、朝イチでH君(ブルース好き)にT君へのチケット渡しを頼んだところ快諾してくれました。
 もう20日の分はどうしようもないのでH君にあげ、ダフ屋に売って飲み代にするように言ったところ、何とそれから数分以内にH嫁(Hな嫁みたいだな)の大阪在住の友人に連絡をしてくれ、これまた何とその友人にチケットを譲る話をまとめてくれました。しまいにゃ新幹線の手配をしてなかったとかで、のぞみの切符まで引き取ってくれることに。

 多くの皆さんの協力で、アリーナに空席を作らなくても済むことになりました。長女入院決定から、わずか15時間ですべて決着です。
 友人や隣人、後輩の協力がなければ、私はチケットも新幹線の切符もすべて無駄にしていたことでしょう。今後は今まで以上にまわりを大切にしなければと、しみじみ思いました。

 大阪に行くために休暇を取っていたので、そのまま看病および上の2人のガキどものめんどうに当てました。長女はインフルエンザではないものの、肺炎でした。重症ではないものの、血中の酸素飽和度が低いということで入院になったようです。
 見舞いから帰り、ガキどもにメシを食わせて風呂に入れ、寝かしつけて洗濯を済ませた後、さすがに精神的ダメージが出てきました。

 今頃、大阪に行った連中は盛り上がってんだろうなあ……。

 大阪に行くつもりだったからアンコールの後にそそくさと帰っちゃったけど、よく見ておけばよかったなあ……。今さらどうしようもないんですけどね。

 しかも、大阪ではMonkey Manでキースの準備ができないうちにチャックがキュー出ししてしまった挙げ句ミックが歌い出しちゃったのでイントロに間に合わずブチ切れちゃった事件”が起きたそうですし、お家芸“Gimme Shelterのイントロしくじり”があったそうで、それを知った時は忸怩たる思いでしたね。すげえ見たかった……
 しばらくの間、ガキどものめんどうや娘の見舞いの時以外の私は廃人のようでした。ツアー終了後のファンの多くはそうだったみたいですけど。

 ちなみに私のForty LIcks扇子は友人T氏(ユニオンジャック男・T君とは別人。ただし、この日はT君からユニオンジャックを託されていました)がアリーナ最前で振ってくれました。メンバーは気づかなかったそうですけど。ただし、「Ronnie Slide Master」というボードを出したらロニーが気に入ってくれたそうです。
 それと、私の20日の席にはバクチ好きの後輩H君が行き、何とBステ移動中のロニーとタッチに成功したとのことです。椅子の上を、迷惑にならないように膝立ちですばやく移動しての快挙のようです。

大阪の曲目……3月20日 3月21日

 そしてストーンズはシンガポールに飛び立ちました。その後、香港、上海、北京での公演は謎の肺炎SARSのせいで中止。インドのバンガロール、ボンベイ(タイのバンコクは機材の飛行機のトラブルで中止)と続いてアジアツアーは終了。6月からのヨーロッパツアーまでの間、バンドは休暇になるようです。

 ああ、これで次に見られるのはいつになることだろう……

 はあ……

 ……

 ……

 …………

 な〜んつってな! ガハハハハ!
 8月にはロンドンに行くのだ! チケットももう届いているのだ! しかも、ウェンブリーの10列目以内に潜り込んでやったぜ!
 ついにこの「私とストーンズ」も国外に脱出! 「ロンドン編」にご期待ください!

 ……直前に娘が入院しないよう、常日頃から気をつけないとなぁ……

 さて、一応今回の来日公演を軽〜く総括なんかしたいと思います。

  1. ロックの意味がちょっとわかった
     
    いきなり大上段ですが、これが正直な感想です。いわゆるロックって、形がそんなにハッキリしていないじゃないですか。ジャズもまあそうだけど、まだロックに比べりゃ明確です。
     ストーンズは、ブルースをやろうがレゲエをやろうがソウルをやろうが、“ロックバンド”と言われます。逆に、あえて名前は出しませんけどTOKIOとか男闘呼組とかTOKIOとか男闘呼組とかをロックなんて言わないじゃないですか。本人たちはロックだと思ってるみたいですけど(片腹痛いわ)。
     じゃあいったいロックと他の音楽を隔てているのは何なのか。いろんな境界線があるのでしょうが、そのひとつは“金”に対するスタンスなんじゃないかと思ったんです。
     目的が金で、金に利用されるものはロックじゃないと思うんです。金に利用されると言えば、某ユーミンさんの作品は、マーケティング会議によってコンセプトが決められ、それにそって曲作りを行うそうです。本人が新聞か何かで「優秀なスタッフでありたい」みたいなことを言ってて、驚いた記憶があります。
     で、ロックは“金を利用する”音楽じゃないかなと。経済の力を利用して作品を流通させ、経済の論理で会場に客を集めます。でも目的は音楽そのもの。金はあくまで道具に過ぎません。
     この構造に、“表現されていることやその姿勢”の要素(ここでナガブチとかが脱落します)が加わると、本質ではないまでも外形的なロックの定義になるんじゃないかな。
  2. “バンドとしてのストーンズ”の進化
     今回のストーンズの“バンドっぷり”はかなりのもんでした。
     初来日の時の「私とストーンズ」にも書きましたけど、その時はパッケージショウになっていて、ストーンズ本体さえもショウの一部に過ぎませんでした。チャックとマット・クリフォードがやたらと打ち込みなんかを使って演奏し、決められた曲を決められたとおりに演奏して終わりでした。そんなんだったら、ストーンズである必要なんかないですし、バンドですらある必要がありません。
     95年のVoodooでは、いきなりサポートメンバーを大幅リストラし、けっこうその場のノリを重視した演奏に走りました。これは凄くよかった。緊張感といいグルーブといい、文句なしです。
     98年にはバンドの円熟具合を見せてくれました。このツアーで驚いたのは、メンバーの老け具合がかなり進行していたことです。曲のテンポも全体に遅くなってましたし、テンポだけじゃなくて“スピード感”のようなものもやや落ちていました。
     でも、バンド全体の円熟度が上がっていたので、聴いてる方としては本当にいい演奏が聴けました。しかも曲目がコロコロ変わって飽きなかったし。
     まあ、こうやって推移を見てれば“更に円熟したストーンズ”が見られるもんだと思うでしょう。
     しかし、違ったね。95年以上の緊張感、98年以上の円熟、しまいにゃ81年並みのライブ感ですよ。これは過去最強のストーンズであることはまちがいないです。
     曲のテンポは決まっていて、主にチャックがキュー出しするのは一緒なんですが、これが日ごとに変わるようなんです。しかも演奏そのものはアイコンタクトと合図一発で伸び縮みします。しかも小節単位。ミックの合図が「Come On!」であることに気づいた方も多いと思いますが、その合図からの流れがピタッと決まるんですよ。プロなんだから当たり前なんだけど(笑)。しかもたまにしくじったりもしたけど(笑)。
     曲が終わりそうになったのを誰かが煽って続けたりとか、アイコンタクトで演奏が変わったりとか、すげえ楽しめました。
     人間、少なくとも60歳までは進歩できるんだということを学びましたね。
  3. ひとりひとりも進歩している!
     とはいえ、もちろんストーンズだけにメチャウマということじゃもちろんないんですが(笑)。
     ミックは昔からの“ライブ用の歌い方”ではなく、1日1日の歌を大切に歌っている印象でした。ともすれば連日のライブをこなすために喉をかばうのが当たり前だったミックが、毎度全力投球しているんです。
     キースもテキトーな緩急がなぜか心地よいという芸風が更に進み、メインで引っ張るような曲(Midnight Ramblerとか)では逆に終始リードしています。残念ながら見られなかったものの(MSGのビデオで見たんですけどね)、「Thru and Thru」なんかでは丁寧に弾き語りをやっていたようです。あの「Little T & A」でさえちゃんと弾き語りができなかったキースがですよ。
     ロニーの頑張りは何度も書きました。おかげでストーンズは“ツィン・ギターのバンド”に戻ることができました。
     チャーリーのドラムスはニュアンスの叩き分けが凄くなってます。ハイハットの音色ひとつで大観衆をうならせるドラマーが、どれだけいることでしょう。今回、オフステージで歩くチャーリーを見る機会があったんですが、背中のやや曲がった大きくもないおじいさんです。もちろん、普通のジイサンとはひと味もふた味も違うんですが、彼がステージに上がるとパワフルで乱れのないドラミングを炸裂させるんですからね!
  4. 友人が多いライブは楽しい
     これまでも当然ながらストーンズの大ファンと一緒だったんですけど、今回のツアーでは友人・知人の数がグッと増えてました。開場前も終演後も、至る所で友人や知人と出くわし、これが気分の盛り上がりにつながるんですね。また離れた席に友人を見つけたりとか。
     一緒に見たメンツも気心の知れた仲間なので、とにかく楽しめたツアーでした。
  5. 3タイプの公演の違い
     これ、もう書いたっけ? 今回の来日では、会場によって全然印象が違いましたね。
     シアター扱いの武道館は凄く求心的で感動的なライブでした。アリーナの横アリはバンドと観衆の一体感が強く感じられました。で、ドームではストーンズの破格さを万単位の観衆に見せつける迫力のライブでした。
     こんなのをわずか1週間の間に全部見られたのは望外の幸せです。
  6. ミックの日本語はうまくなり過ぎ
     4度目の来日ともなると、ミックの日本語MCは(カンペつきですが)やたらうまくなってました。「バンッドヲ、ショウカイシマス」でロニーの番の時にさんざん煽ってから「シツコイネ」とか、リサに「スカート、ミジカスギ」「アタラシイカツラ、イイネ」とかね。
     でも、でもねえ、スクリーンに映った観客をさして“イケメン”はねえだろ、“イケメン”は。誰が教えたんだよ。余計なこと教えるんじゃねえっての。
  7. やっぱり音楽は文章にはできない
     武道館の翌日、スポーツ紙を中心にライブの様子が報道されました。
     いやあ、よくもまあ、あんなものを見せられて当日中に入稿できるもんです。私なんざしばらくは何を書いても陳腐になりそうで、とても書けませんでした。
     一応は関東4公演について原稿を書き終えましただ、あの感動と興奮をほんのわずかしか伝えられていません。文章で音楽は語れないということを実感しています。
     そりゃそうなんだけどね、言葉で何でも伝えることができるなら、音楽なんかなくてもいいことになっちゃいます。語れない音楽ほど、良質なのでしょう。

 40年もの時を経て、ストーンズはますます盛んです。まあ、へその曲がった連中が年寄りだの金持ちだの言ってるようですが、あれだけのことができる人間は世界中でストーンズだけでしょう。
 ポールもよかった。確かに凄くよかったんだけど、もう桁が違います。

 さて、もう気持ちはロンドンに飛んでます。もう客席でのボードの内容まで考えてますよ、ええ。でも何だか秋には腑抜けになりそうで怖いなぁ……

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