ある日突然、田舎の高校生が“ザ・ローリング・ストーンズ”というものを知ってしまいました。その衝撃は、人生観を変えるのに十分なインパクトがあったのです。

 16年も前の話(1998年現在)です。ストーンズは突然目の前に現れ、心に押し入りました。しかも、現在も居座っています。
 何気なく眺めた新聞のラテ面のFM東京の欄(当時はラジオ番組も最終面に載っていました。それから、今の若い人たちは下手をすると知らないかもしれませんが、10数年前には関東地方のFM放送局は、「NHK-FM」「FM東京」しかありませんでした。)に「ローリング・ストーンズ・ライブ」という文字を見つけた私は、それを何となく気にはしていたのですが、実際にその時間が来てもコロッと忘れており、「ああ、そういえば」てなわけでラジオのスイッチを入れた頃には、もう番組は終わったと見えて、コマーシャルが流れていました。
 「何だ。終わっちまったか」と軽くあきらめ、それでもそのままラジオをつけ、何となく聞いていたのです。
 CMが終わると、最後の曲だとか何とか、女性のアナウンサーが言っているではありませんか。もちろん、気を取り直してラジオに向かいました。すると……

……いきなり、イントロから全身に電気が流れたのです。
 一体、何が起きているんだろう? 英語なので、何を言っているのかさっぱりわからないのに、なぜこんなに衝撃を受けるのだろう? ああ、こんなのを聞いてしまったら、俺はどうにかなっちゃうんじゃ……。
 嵐のように、長時間とも短時間とも判然としない時間の間、私はただひたすら馬鹿のように呆然と音を聴いていました。

 曲が終わった後、私の頭の中はグチャグチャになっていました。
 最初から聴けばよかったという後悔、英語なのに何でこんな感動があるんだろうという疑問、今まで聴いてきた音楽が急速に色あせていく感覚、これからの俺は今までの俺とは違うんじゃないかという妙な感じが、容量の小さな脳味噌で渦巻き、とても落ち着いてはいられませんでした。

 どうやらわかっているのは、「ローリング・ストーンズ」というグループらしいことと、その曲が「サティスファクション」というらしいこと、だけでした。

 翌日、当時5,000円/月という小遣いの半分以上を割く決意をして、レコード店に向かいました。そう、レコード屋だぜ、レコード屋。当時はCDなんかなかったんだから。
 とりあえず、「サティスファクション」という曲の入ったベスト盤を買おうと思って、棚の中をあさったのですが、これが見つからない。
 「おっかしいな、コンサートのアンコールでやるような曲が売ってないなんて……」と考えながら、棚のレコードを2往復くらいしたでしょうか。そこで、ようやく気づいたのです。そう、「サティスファクション」の本当のタイトルは、「(I Can't Get No) Satisfaction」だったのです。タイトルの頭に「S」が来ると思っていたため、無駄な作業をしてしまったわけです。

 当時としては安い2,500円のベスト盤(日本編集。60年代のデッカレコード時代のもの)を買った私は、取るものも取りあえず、チャリンコを猛然と飛ばして家に帰り、着替えもそこそこにターンテーブルにレコードを乗せたものです。
 ラジオで聴いた80年代のストーンズとはだいぶ音が違うものの、やはりストーンズの奏でる音は、驚きと色気と迫力とリリシズムに満ちており、それまで聴いていた、大瀧詠一さん、佐野元春さん、山下久美子さんが、ものすごい勢いで「陳腐な音楽」と思えてきました。(ごめんなさい! 今では若い頃には気づかなかった良さがわかっています!)

 それから、私はストーンズ地獄にはまりました。聴く曲聴く曲もの凄い衝撃の連続です。10代半ばの感受性が強い(衰える前の……)脳味噌に、ギザギザと溝を刻み込まれました。小遣いはまずストーンズのレコード最優先で使い、後は二の次という状態です。はるかお茶の水まで足を運んでストーンズの本を買ったり、地元では売っていないレコードを買うという体たらくです。
 そんな状況だったので、受験勉強なんてものは忘れており、偏差値が目に見えて下がっていくのを、他人事のように眺めていたものです。

 挙げ句の果てに、高校3年生の秋、友人からギターを買った(グレコのストラトでした。友人曰く「ピックアップがフェンダーに変えてある」と騙されて、3万も出してしまいました)ものですから、もうお終い。勉強など存在そのものを忘れてギターばかり弾いていました。キースと同じ音がなぜ出ないのか、それが最大の関心事でした。

 それでもまぐれで大学に合格し、すっかり安心した私は卒業記念のライブで初舞台を踏み、後は順風満帆……だと思ってしまいました。

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