自称☆芝居道楽委員会

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劇団前進座「解脱衣楓累」

2008年10月25日(浅草公会堂)

『解脱衣楓累(げだつのきぬもみじがさね)』は鶴屋南北らしい奇想天外にしてグロの世界であり、 そして河竹黙阿弥を彷彿とさせる因縁ドロドロ話。 原作通りに上演すれば8時間かかる台本を、すっきり3時間の台本に仕立て直しての上演。
こういう珍しい作品は見ておきたいことと、『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』で 一般的に知られる累(かさね)と与右衛門の確執が、 どういうふうに描かれているのか確認したくて浅草公会堂へ。

物語としては猛烈に面白いのだが、どうにもまだるっこしい。 贅肉を削って骨格が浮き出る物語に改編したのであるから、 物語がもっとすらすらと流れても良いところなのだが、 何故か全体的にもたついている。 どの場面をとってみても、どの役者も色調が同じなのも気になる。
唯一傑出しているのが、 物語を引っ張る実悪の破戒僧・空月(嵐圭史)であるのがせめてもの救い。 また、丸藤の磯兵衛(津田恵一)がとぼけたキャラクターで 笑いを取っていたのも、一服の清涼剤であったろう。

だが、他の俳優ときては、誰がどの役を入れ替わっても何の問題も無いだろうと思わせる程、 誰も彼もが同じような芝居しかしていないし、工夫が無い。
例えば、元は島田家(破戒僧の空月は、元は島田八之丞という武士)の家来で 現在は百姓をしている与右衛門(藤川矢之輔)だが、 その振る舞いに元武士らしさが無いし、現在の百姓らしさも無いし、 そもそも何時代に生きているのか全く背景が見えてこない。
累・お吉姉妹の兄弟に当たる金谷金五郎(瀬川菊之丞)や、 元金谷の家来で現在は古鉄買いの羽生屋助七(嵐広七)に至っては、 どれだけ物語上でその素性が語られようとその素性と存在とが全く一致しない程に 何者なのか意味不明な存在に成り下がっている。
さらにイケナイのが、累・お吉姉妹の2役を演じた河原崎國太郎。 どうも癇に障る喋り方をするうえに、台詞がときおり歌舞伎でなくなる。 TVの人情時代劇を見ているのならばコレでも良いのかもしれないが、 妙に現代っぽい台詞回しは鶴屋南北の芝居には似つかわしくないどころか、 御法度だろう。 國太郎のあまりにも酷い台詞回しに私は何度もため息をつき、耳を塞ぐ。

いや、誰か一人がいけなかったのではない。嵐圭史を除くほぼ全員の演技に対して、 私は心の中で歌舞伎俳優たちに助けを求めた。
「ああ、これが時蔵だったら! 福助でも許す」
「今、あの台詞を菊五郎が言ってくれたなら」
「三津五郎さ〜ん! PLEASE」
「ここ、思い切って孝太郎でどうだろう?」
「ちがーう、彼じゃなくって、秀太郎を呼んでください」
「このへんの洒脱は東蔵でお願いしますよ」
なんと切ない時間だったことだろう。 改めて、歌舞伎俳優が演じる歌舞伎の素晴らしさに想い至ったのだった。
浅草公会堂の2階席は、歌舞伎座とは異なり、花道が半分以上見えるし 舞台の間口が広すぎないので世話狂言の舞台としては近さが良いんだけに残念。 (回り舞台が無いので舞台転換の度に幕を締めねばならないのが欠点だが。)

それにしても、お吉を刺してしまい「俺も後から」とその場では心中を誓う空月だが、 いざとなると「しかし、待てよ」となるあたり、場面も「しかし」と言うのが坊主なのも 河竹黙阿弥の『十六夜清心』のようで、 ちょっとウケた。
空月が羽生村で根城?にした庵室。そこで村人が大きな数珠を繰る場面は、 あれこそ鶴屋南北の『東海道四谷怪談』の、「蛇山庵室」の場面。 うっかり、何で「仏壇返し」や「提灯抜け」をやらないんだろう?と思ってしまったよ。
そうそう。ラストの『色彩間苅豆』な場面。あれなんでわざわざ長ったらしい立ち回りにした上に、 無駄に雨を降らせたのだろう。様式として踊りで見せてしまえば良かったのに。 たぶん見にきている多くの人は『色彩間苅豆』を知っているのだから、 あそこが踊りになっていた方が「ああ、ここで繋がるのが」とスッキリしただろうに。 (あ、もしかして、踊れないのか?そういうことか?)

採点:★☆☆☆☆

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