野球選手(酒井善史)のドキュメンタリー番組を撮影に来たTVクルー。
「この公園で三角ベースとかやって…」等と選手は滑らかに喋り、
順調にエピソードの収録をしていた。
が、その野球選手は、
公園に置かれた巨大な土人形(座高だけでも2m位ある)を見て
「懐かしいな〜。僕はこのゴーレムとキャッチボールしていたんですよ」とマジ顔で言い出す。
なかなかゴーレムの存在を信じられないTVクルーだが、ゴーレムの研究をしている博士(角田貴志)や、
ゴーレムに育てられている中学生(西村直子)まで登場して…。
たぶん舞台の見方としては、TVクルーの面々(ディレクター(中川晴樹)、
アシスタント(石田剛太)、アシスタント(永野宗典)、カメラ(諏訪雅)、
照明(土佐和成)、音声(本多力))のコントを楽しむ、というスタンスが良いのだろう。
そうすれば台詞一つ一つを面白おかしく聞くことが出来はず。
なにしろそこでの台詞は、台詞とは思えない滑らかさ、
芝居とは思えない自然な間合いでもって交わされており、
畳み掛ける展開などはTVのドタバタ風である。
よって、コント劇を楽しみにして来た、そういうスタンスで見た多くの観客は、
大いに笑って大満足だったようだ。
しかし、残念なことに、私はそういう視点では見ておらず、
しかも途中からその視点への軌道修正も出来ず、最後まで取り残され、
挙句の果てに最後はソレがオチであることすら理解できないまま幕が下りてしまった。唖然呆然である。
ヨーロッパ企画の舞台は『衛星都市へのサウダージ』を
観ており、その時は単純に「わーっ」と笑って「わーっ」と面白がって、
「また、観よう!」と思えた。だから今回も、素直に物語に浸かっていれば
「わーっ」となれたはずで、多くの観客はそうだったようなのだが…。
まあ、元々私は「ドリフ」の面白さが全く理解できない人間なので、
笑いについていけなかったのは仕方がないのかもしれない。
結局のところ「だから何なんだ?」ってこと。
舞台が終わって役者が拍手に応えている間も、私はずっと思っていた「…で、だから何?」と。
何が言いたいんだ。何を描きたいんだ、この芝居は。
コントならコントでもいい。
だが、しかし、それがオチかよ。だいだい、それって本当にオチてるのか?
(笑いにはうるさいハズの関西の劇団があれをオチとしているんだから、オチなんだろうけどさ。)
正直、一番嫌だったのは、「視聴者にゴーレムが分かってもらえるか?」という
TVクルーの議論と、分かりやすく演出されたドキュメンタリーを作ろうとしてしまう姿勢。
あー、嫌だ嫌だ。そういう演出された事実の映像を見たくないから、
露骨に演出されている演劇を見てるのに。
舞台の大きさは芝居に合っており(そのお陰で2階建ての舞台にでき)良かったが、
客席の広がりは舞台に合っていなかったように思う。
横にも縦にも空間が開きすぎて、その空間をゴーレムが埋め尽くせていない。
あれだけ隙間風が通ってしまっては、ゴーレムは人々の意思に感応できず、
結果として動けないだろう。
だいたい台詞の大半がゴーレムの説明に終始しているのだから、
脚本の段階でゴーレムを客席の気持ちで動かすことには無理があるんだろうな。
あれ?そうか。この舞台は、コントのふうを装ったファンタジーでも、
お笑い科学でもなくて、本当は怖い宗教(精神)の世界だったのか?
いやいや、そんなこと狙ってないだろうな、作者(上田誠)も劇団も。
確かに舞台上のゴーレムがマジで動いてしまったら「じゃあやっぱり、目で見えるものしか信じないのか?」
ってことになってしまう。けれども、だったら動いているペガサスはどうなのよ。
その辺のところも、何が言いたいんだと思わせる要因なんだな。
ペガサスが動く(しかもTVクルーに捕まえられる)のはリアルに見せるくせに、
ゴーレムは巨大な土人形が有るだけで動かない。
ペガサスは動くけれど存在を信じられていなくて、ゴーレムは動かないけど存在を信じられている。
信じること&その根拠の境界線は何処?と揺らぎを提示している舞台であるからこそ、
ペガサスが動いてしまうことに圧倒的な違和感と嫌悪感を覚える。
ペガサスとゴーレムに何の差があるんだよ。
ゴーレムが特別扱いである理由が「主役だから」ということ以外見えないから、尚、気持ち悪い。
「ゴーレムはありえるけど、ペガサスはありえないから」とか
「ペガサスと一緒にして欲しくないんですよ、ゴーレムを」とか言ってるのが、薄気味悪い。
誰が何を信じようと、人は自分が信じたいことしか信じないんだから、
しょうがないし、それでいいんだけど。
で、どうして皆、笑ってんの? 何処が可笑しいのか判らない。
くっそー、私も笑いたかったよー、笑うつもりで見に行ったんだぞー!
笑わせてくれよ、私を。
たぶんあのネタが可笑しいんだとは理解できるけど、私自身は笑いとして反応はできない。
そして、笑っている人がいるってことも、実はなんとなく怖い
(置いてきぼり感覚だけではなくて、何故ソコでそのネタで笑える?ということも含めて)。
そこんとこ、狙ってるのか?
まさかねー、狙ってたらもう少し綺麗にヤルよな。ちっ。