自称☆芝居道楽委員会

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アメリカン・バレエ・シアター「海賊」

2008年7月20日(東京文化会館)

バレエ『海賊』というと、上半身裸で青いズボンの男性が元気に踊る場面が有名なので、 てっきり青いズボンの彼が主役なのだと思っていた。 青いズボンが海賊の首領で、何処かの美人お姫様を拉致して、 何故か二人は相思相愛で幸せに暮らしましたとさ、という話なのだろう、と勝手に想像。 全く予習をせずに客席に座った。
ま、そんなにはずしてはなかったね、私の想像も。
但し、青いズボンの彼(アリ/エルマン・コルネホ)は海賊の首領ではなくて 首領(コンラッド/コリースターンズ)の奴隷で、 2幕で唐突に見せ場の踊り(これが「ガラ」でも踊られることの多い有名なヤツ)があるが、 全体的な役割はたいしてないっぽい。 海賊が女を拉致するのは当たっていたけれど、拉致されたのはお姫様ではなくて 単なる美人奴隷(メドーラ/ミッシェル・ワイズ)。 お互いに人目惚れで相思相愛なのはバレエお得意のご都合主義としても、 何故嵐にあった海賊の船で、最後に生き残るのが(ようするに海賊=泥棒である)海賊の首領と 美人奴隷なのかは謎。 これじゃあ奴隷を正式にお金を払って買ったのに海賊に奪われた金持ちオジサン(パシャ/ロマン・ズービン)が 一方的にかわいそうじゃん。ぶつぶつ。

全体的に今ひとつ華の無い舞台だった。
そのダンサーが登場すると舞台に輝きが増す!とか、 そのダンサーが踊ると周囲は全て掻き消えてそのダンサーのみが浮き上がる! というようなことは全くない。
それどころか、踊っているダンサーよりも、その周囲で背景となって 細かい演技をしている控えのダンサーに眼がいくのだ。それが最も顕著だったのは 1幕の奴隷市場の場面。もうね、中央なんて眼がいきませんでしたよ。 壷の水で手をすすいでいる男とか、ベールの女を連れ出そうとする男とか、 ひそひそ話をする女とか。 ま、一番素敵に眼を引いたのは、豊満なマハラジャっぽいコミカルなオジサン・パジャ。 美人奴隷メドーラや、元気娘奴隷ギュリナーラ(加冶屋百合子)などの踊りに 細かく反応しているのが、中央で展開されている踊りよりも面白い(本末転倒)!

それぞれのダンサーはベストを尽くしているのだろうし、 それなにのテクニックを見せてくれてはるのだろう。 でも、ぐるぐるしながらの前進も蛇行気味だし(たぶん一直線に前進するのがベストでしょ?) ジャンプの着地で床に手を着く場面を何度も目にした。 そりゃあ、トップクラスのダンサーとはいえ生身の人間なので失敗することもあるだろうから、 ミスがあった(あるいは失敗しているように見えた)ことだけを取り上げて 云々言うつもりは無い。ようは、観ていてワクワクするようなダンスを 彼ら彼女らが披露してくれていなかった、そういうことだ。
例えば、『世界バレエ・フェスティバル』の時のように、 我知らず拍手をしており、何度も鳥肌がたつくらいゾクゾクするような、 そん気持ちには全くなれなかったのだ。残念ながら。
観客の中には、片足ぐるぐる回転の場面で手拍子して盛り上がっている方々もいらしたが、 なんだかその「お約束」っぷりが鼻につく。 だって、そんなに手拍子&拍手するようなモノを見せてくれてる? 単にぐるぐるしてるだけじゃん。
バレエの場合、見せ場のダンスが終わると物語の流れを止めてダンサーは観客の拍手に応える(ダンサーがお辞儀をする) という演出?がなされる。でもね、正直言って、わざわざ物語を止める価値のある、 つまりは、演出ではない本当の意味でのショー・ストップとなる程のものを、 見せてくれていたか? 少なくとも私は「お辞儀は良いから次、行こうよ」と思った。

例の青いズボンの彼が突如として大活躍のダンスを披露するはずの場面、 なんと唐突に猛烈な睡魔に襲われる。 5分ほど?気を失っていて目覚めたら青いズボンが「決め」のポーズをとって、場内大拍手だった。
その後、青いズボンのアリはさしてなんという技も示さず脇役に徹していた。 『海賊』といえばアリの超絶技巧ダンス、なんだよね? いったい何を見に行っているのだろう、私。

そんな、ダメダメ状態の中でほとんど唯一、「おっ!」と思わせてくれたのが、 海賊仲間ビルバンド(クレイグ・サルステイン)。
踊りにメリハリがあって見ていて気持ち良く、 また、振り付けの物語的な意味を理解して踊っているなと思わせるものがある。 その証拠に、悪役としての一寸した凄みやそこから一転しておどけてみせる演技等、 マイムの部分でもきちんとした芝居を見せていた。 だから、ビルバンドが踊っている場面だけは他所見をする気には全くなれなかったし、 よそ見をしようにも眼が中央に自然に向いた。
ま、そんなこと、プロなら当然のことのハズなんだけどね。 それをできている人が特別に見えるって、どういうこと?

バレエのお楽しみの中には、素敵な衣装も含まれている。 舞台装置に関して言えば、来日用のお手軽装置でもあきらめがつくが、 衣装はその世界を表すものとして選りすぐりのデザインで勝負してくるのだと期待しても、 こちらの欲張りではないはず。 だが。衣装のセンスの悪さに唖然。
どうなってるんですか、あの、1幕で美人奴隷メドーラが着ていた 白いチュチュにピンクの花?が付いたもっさい衣装。 なんですか、あの、3幕の金持ちオジサンの夢の場面での群舞のセンス・ゼロの衣装。 パート毎の色を個別に観れば、決して悪趣味ではない。だが、4つ(だっけ?)のパートとメドーラが揃うと、 驚異的にがっかりな色合いに。

しかもこの群舞がイケてないんだな。自分の踊りを踊るだけで精一杯で、 その踊りがどういう世界を示しているのかを全く描ききれていない。 単にヒラヒラした人たちがくるくる・ぱたぱたしているだけ。 それは何も3幕の群舞だけではなくて、どの場面でも群舞が揃っていない。
たった4人で一列になって踊る場面ですら揃わないって、そんなこと有りですか?
何、なに? 昼公演って2軍キャストなの?  もし明らかに2軍キャストなら、1軍キャストとはチケット代を変えるべきでしょ。 同じチケット代で見せるなら、なるべく全公演均一のレベル(キャスト)を揃えなきゃね。 ・・・って、群舞はどうやっても所詮群舞なのか?

採点:★★☆☆☆

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