白石加代子の『百物語シリーズ』を聞くのは
第23夜『栞の恋』『陰陽師』に続いて
これが2度目。
白石のような独特の灰汁を持つ女優は、一般演劇に出演してもその怪演っぷりが
浮いてしまったり、「また白石が妖怪になってるよー」と観客に飽きられることもあるだろう。
かくいう私も、白石が出演している芝居となるとどうしても「またアノ怪演で来るのか?
というか、演出側からも怪演を期待されてるんだろうな」と構えてしまいがちである。
何も私は白石加代子には協調性が無いと言いたいわけではない。
だがやはり、『百物語シリーズ』の一人朗読劇を見てしまうと、
誰にも邪魔されない朗読(一人芝居)によって完全なる白石ワールドが築くほうが、
芸質として白石加代子には向いているのだと確信せざるを得ない。
(まぁ、白石を「怪しい語り部婆」としてではなくて使いこなせる演出家及び
共演者がいない、というだけのことかもしれないが。)
なんにもせよ、たった一人で物語を構築でき、観客を2時間飽きさせないというのは
素晴らしいことだ。
落語家や講談師でも(演技制限があるにもせよ)
『牡丹燈籠』を2時間語って
飽きさせない人というのは、そうそう居ないだろうね。
圓朝作の『怪談牡丹燈籠』は落語である。つまり、作られた段階から
話すことを目的とした作品として出来上がっており、
故に物語りやすく、物語ることで作品が面白くなる要素が満載である。
真面目に語れば10時間はかかるであろう大作を、
端折りに端折ってしかし面白い要素を残した「抜粋版」としての『怪談牡丹燈籠』。
新三郎&お露の出会い、お露の継母・お国&源次郎の不倫、
お露の死去、から〜ん・ころ〜ん、隣家の伴蔵&お峰夫婦によるお札剥がし、、
敵討ちの青年&お露パパ・飯島平左衛門、平左衛門の死とお国&源次郎の逃亡、
商売をはじめた伴蔵、伴蔵&お国のつるみ、お峰殺害と奉公人の憑依。
怖さよりも面白さを追求した抜粋版とはいえ、見事なまでの巡る因果には
唖然となると同時に因果が巡ってしまう怖さを笑いの中で感じる。
終演後は白石曰く「私は何も見えないんですけれど、 お客様の中には『今日は舞台に二人、いらしてましたね』なんて おっしゃる方もいらっしゃるので、塩を撒きます」ってんで、 ぱーっと清めの塩を撒いて賑やかに〆る。