自称☆芝居道楽委員会

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2007ー2008シーズン
新国立劇場オペラ「軍人たち」

2008年5月7日(新国立劇場オペラ劇場)

パンフレット曰く『軍人たち』は「総合芸術としてのオペラを考える上で、 重要かつ上演困難な作品としても有名」な作品とのこと。 そんなオペラが、「ドレスデン・ザクセン州立か劇場のために細作された オリジナルコンセプトに基づいたアムステルダム・ネザーランド・オペラ」からのレンタル上演とはいえ 新国立劇場で上演されるという。
ヘンテコな作品は見ておきたい性分なので、早々とチケットを押さえていざオペラ劇場へ。

現代オペラであるからして、音楽といってもモーツアルト等のように耳に優しいわけで全くはなく、 「ガツーン!キーン!どかーん、ばーん!どろろ〜ん♪ピコ?!」の 展開だろうと想像してはいたが、冒頭からぶちかましてくれて脳みそがぐらぐらする。
オーケストラ(東京フィルハーモニー交響楽団)の編成も大規模で 「音響効果として指定された壮大な楽器群は、 オーケストラピットあるいは舞台袖だけではなく、リハーサル室での演奏までの参加」、 しかも2階袖席にはジャズコンボが陣取り、 客席後方にも各階合計12箇所の特設スピーカーが設置されているのだ。
それが、そろいも揃って…というか、全員が全員滅多やたらと音を出してくれる。 これ、オーケストラの誰かが間違って音を出しても 誰もその間違いに気づかないだろうな、ってくらいに猛烈にバラバラで、 でも、最後の1音が素晴らしい不協和音で閉じられたりするのだから、たまげるしかない。
私の席からは見えなかったが、指揮者(若杉弘)はどういう指揮をしていたのだろう? 要所要所でのタイミング指示だけで精一杯だと思うけれど。 そもそも、あれを「曲」として覚えているのか、指揮者は…ふぅ。

音楽がそんなふうだから、歌といっても耳に残るアリアがあるわけではない。 歌っているというより叫んでいるような、でも叫び声が素晴らしくソプラノ。 台詞として喋っているようでいて、微妙に節回しが効いていて、 しかもズーン!とバリトンがのしかかる、そんな感じ。
聴き易いかと問われれば、決して聞きやすくも分かりやすくも無い曲だと即答できる。 主役のマリー(ヴィクトリア・ルキアネッツ)、マリーの婚約者シュトルツィウス(クラウディオ・オテッリ)、 マリーを芝居に誘うデポルト男爵(ピーター・ホーレ)、マリーの姉シャルロッテ(山下牧子)など 誰もがその難曲を自分のものにしていて、変な曲なのに聞きやすい。

一般的なオペラからみると型破りな音楽。 それに馴染ませるように演出(ウィリー・デッカー)・再演演出(マイシェ・フンメル)が 工夫されている、それが「前衛であって普遍」な提示。 美術・衣装(ヴォルフガング・グスマン)・照明(フリーデヴァルト・デーゲン)も その演出意図に沿い、分かりやすいアバンギャルドというか 丁寧で正しい前衛芸術というか、そういう路線を描きつつ、 物語を普遍化させるための記号としての登場人物という扱いを視覚化させ、このオペラを成功に導いている。 それが証拠に、私はこのオペラを観ている間は1秒たりとも睡魔に襲われなかったのだ!

俳優・歌手は基本的に白塗り。軍人は主役も脇役も全員白塗りに真っ赤な軍服でスキンヘッドなのだから、 どれがマリーを誘ったデポルト男爵で、 誰がマリ大尉(黒田博)なのか、今歌っているのがアイゼンハルト従軍牧師(泉良平)なのかどうか、 全く判別できない。だが、そんなことどうでもいいのだ。 真っ赤な軍服の集団がマリーを取り囲み、ちやほやと声をかけ、マリーが楽しげにその間を誘惑したり 誘惑されたりする、その様子が不気味に面白いのだから。
マリーの婚約者シュトルツィウスはマリーに振られたことをいじいじと悩み、 一時は軍人のたまり場に乗り込んで文句を言いに行くもあえなく敗退する惨めな男なのだが、 そのいじけっぷりが灰色のスーツと実に似合っている。 そしてまたシュトルツィウスの母(村松桂子)が鋏で布を切りながら息子を追いつめる姿も、 その親子の力関係を象徴的に示していてニヤリ。

舞台上に設置された巨大な黒い箱は、壁面や床にざくざくとした白い線が描かれており、その箱の中で芝居は進む。 多くの場面は完全に箱の中で物語が進み、道具としては白い巨大な椅子や赤い机がいくつか配置されるだけ。 時には箱の壁面が倒れて向こうの部屋が見えたり、壁面の窓からデポルト男爵が誘いに来たりもする。
それが、マリーの元婚約者シュトルツィウスが、マリ大尉のスープに毒を盛る場面あたりから その箱が下手側に向かって上り坂となるように大きく傾く。 つまり、それまでの均衡のとれた世界が大きく動くということ。 物乞いとなったマリーは勿論下手から登場し、坂道を転落してゆくように這いずり落ちてゆき、 逆にマリーを振り切った実父・小間物商人ヴェーゼナー(鹿野由之)と 倒れるマリーに布をかけてゆくヴェーゼナーの老母(寺谷千枝子)は、 上手側から坂道を上るようにしてマリーとすれ違う。
マリーは確かに、自ら進んで軍人たちと遊び、その結果として転落して行ったのだから、自業自得かもしれない。 あるいは、マリーは軍人たちに玩具にされた末に捨てられたかわいそうな娘で、 軍人たちが悪人なのだと言うこともできる。だが、それだけだろうか? マリーの周りにいた人たち、例えばマリーが転落する様子を間近で見ていた姉シャルロッテも小間物商人ヴェーゼナーも老母も、 息子がマリーと遊んでいたド・ラ・ロッシュ伯爵夫人(森山京子)も、 マリーに「軍人の娼婦になるようなことは止めろ」とさとしはした。が、 本当に彼らはマリーに手を差し伸べていただろうか?
そう思うと、あのいじけたシュトルツィウスが最も意識的に行動している人物として浮き上がってくる。 何しろ彼は宿敵デポルト男爵を毒殺しているのだ(その直後、自らも同じ毒をあおって自殺するが)。
さまざまに象徴的であり、普遍的で興味深いオペラだった。

採点:★★★★☆

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