自称☆芝居道楽委員会

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2007/2008シーズンオペラ 「黒船 −夜明け」

2008年2月23日(新国立劇場オペラ劇場)

童謡『赤とんぼ』で知られる山田耕筰が作曲した『黒船 −夜明け』は、日本の創作オペラ第1号である。
新国立劇場オペラ芸術監督の若杉弘の指揮、オーケストラピットに入るのは東京交響楽団、歌手陣は総日本人キャスト、日本語上演、演出も勿論日本人で栗山昌良。日本の本格的オペラ劇場として10周年を迎えた新国立劇場オペラ劇場が、どれだけのものを見せてくれ、今後どう見せるつもりなのかを確認できるか?!と初台へ。

いや、もぅ、みんなよく頑張ったね。これを上演しようという若杉の意気込みは買う。ナンチャッテ日本の『蝶々夫人』とは違う、山田耕筰なんだぞ!という思い入れもわかる。歌手陣も東京交響楽団もよく頑張った。
だが、頑張ったネー!としか言いようがない。

何しろ決定的なこととして、見ていて・聴いていて、どうにも落ち着かない。山田耕筰の作曲に難アリなのだ。
『唐人お吉』の物語を元ネタにしたこのオペラ、もともとはアメリカでの上演を目的としており歌詞が英語(台本:パースィー・ノエル)だったものを、山田耕筰自らが翻訳して改訂を重ねたとのことなのだが…。英語を載せることを前提としたオペラとして作曲されたであった為か、どうにも日本語が載っていない(曲と合っていない)箇所が多い。日本語上演にもかかわらず、5割以上の確率で歌詞が聞き取れないのだ。
浪人を含む武士がやたらと漢字・熟語の多い「候(そうろう)」言葉で喋る(歌う)もの、あるいは時代考証としてはそれが正しいのかも知れないが、西洋音楽に載せたときに、その候文は驚くほど聞き取りにくいのだ。日本語字幕がついていたありがたさよ!

浪人吉田(黒田博)は声の通りも良く、なかなか素敵に歌っているハズなのだが、いかんせん曲が曲、歌詞が歌詞だけに「???」の連続である。
領事ハリス(樋口達哉)は武士達と比べると歌いやすそうな曲なのだが、今度は歌手の方に「領事」らしい大きさが無くてこぢんまりと纏まりすぎているのが残念。

逆に、お吉(腰越満美)や姐さん(坂本朱)など芸者達の歌は耳馴染みが良く聞きやすい。いかにも『赤とんぼ』の山田耕筰らしい、日本語に似合ったメロディーライン。歌いやすい曲ということも手伝って、お吉と姐さんの歌声は余裕があってゆったりと響き、しみじみと日本歌曲の良さを味わわせてくれる。
このオペラのお吉さんの歌からどれか1曲抜き出してオペラ・ガラ・コンサートで歌っても、ヴェルディーやプッチーニに引けを取らないだろうと思えるし、予備知識無しで聴けば「懐かしのメロディーでこんなのがあったわよね」となるだろう。
そうそう、序景の独唱と舟唄(福井敬)は、どちらもちょっと歌いにくそうな箇所の多い曲だったが、朗々と歌われていて好印象。カーテンコールでも福井には大きな拍手が寄せられていた。

この、曲としての聴きやすさ(日本語との馴染み具合)のギャップの大きさが、聴いていてイラつきを覚える原因になっている。

さらに、どうしても気になるのが歌手の所作のあれこれ。
武士が上司から書類を受け取るときに片膝を立てているのは、違和感てんこ盛り。浪人達の宴会場面も、あれではどこか西欧の居酒屋での群像にしか見えない。立ったときの重心の位置がまるでなっていないから、いかにも借り物っぽい。 片足に重心を掛けるような「休め」の姿勢がことに変。
お吉さん、いくら芸者だからといって襟を抜きすぎていて(4階席から見下ろしていると)色気よりも下品が先に立つ。更に言えばお吉さんの鬘が妙に若作りで、まるでTV時代劇『水戸黄門』のお銀のよう。あれじゃあうっかりすると入浴シーンがあるのかと思っちゃうぞ。
姐さんだったかお松(天羽明恵)だったか忘れたが、階段を真っ直ぐ昇ってゆくので着物の裾からふくらはぎが丸見えになるのは、あまりに品が無さ過ぎ。

日本人が日本人を演じるのは簡単、ではない。
なにしろこれは丁髷、二本差しが激動の終焉を迎える時代の日本人なのであって、現代の日本人が自然に振る舞ってその時代に馴染めるものでは無いのだ。しかも歌手達は日頃、ヨーロッパ的なるものにどっぷり浸って、舞踏会に出席する貴婦人や、ボヘミアン達に扮しているのだろうから、着物での動きは残念ながら異文化体験だろう。
折角のこの上演、せめてもう少ししっかり歌手に対して所作の指導をつけて欲しかった。

採点:★★★☆☆

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