ショスタコーヴィチは決してメジャーな作曲家ではない。しかし、メジャーではない故にショスタコへの思い入れも熱いミッキーこと井上道義が、ショスタコの交響曲全曲を約1ヶ月かけて日比谷公会堂で指揮する、というこのプロジェクト。全8回の演奏会も今回がコンサート7。私はサンクトペテルブルグ響の交響曲10番、13番<バビ・ヤール>が初参戦で、これが2回目。
ショスタコーヴィチ+井上道義+日比谷公会堂という取り合わせの妙、そして入れ替わるオーケストラの熱の入った演奏。
インターネットでは某巨大掲示板で局地的に盛り上がっているだけでなく、音楽系ブログを中心に静かに熱く『ショスタコ祭』の評判が語られている。ブログ等での語りは、決してディープなショスタコ・ファンやクラヲタの間だけのものではない。メジャー路線のクラシック音楽演奏会にちょっと飽きているクラシック好きなどもこっそり巻き込んでいる。
インターネットの速報性・クチコミの力は、このプロジェクトを大いに助けていると思う。借金してでも全席3千円(学生は1500円)で「来てよ!聴いてよ!」と『タコ祭』をやっている井上ミッキーにとっては、こういう盛り上がりは嬉しいだろう。
平日夜公演にも関わらず、あるいはだからこそなのか、当日券の列がずらり。そりゃあ職場が霞ヶ関〜新橋〜大手町圏だったら、6時半に仕事をあがっても日比谷公会堂7時開演に駆けつけられるもんね。
コンサート4までの前半4回の演奏はサンクトペテルブルグ交響楽団だったが、コンサート5は広島交響楽団、6は東京フィルハーモニー交響楽団、今回の7が名古屋フィルハーモニー交響楽団、最終回が新日本フィルハーモニー交響楽団。
ふふふふふ。これだけいろんなオーケストラが、井上ミッキー指揮でショスタコを演奏するとなると、対抗意識も沸いてきて演奏する側もヒートアップするわね。
私にとって「はじめまして」の名フィルは、自爆も破綻もなんのその、ガツンと一発やってくれました。
ショスタコーヴィチ『交響曲第11番<1905年>』
第1楽章「宮殿広場」、第2楽章「1月9日」、第3楽章「永遠の記憶」、第4楽章「警鐘」とあるが、楽章間の間をおくことなく、連続してガツガツ進む。
篠田正浩監督言うところの「長い助走(序奏?)」が続く第1楽章では、もわもわと弦楽器が鳴り、時折管楽器の遠い叫びが混じる。このままこの調子でずっと続いたら夢の世界へ行っちゃうかも!と思ったその瞬間、ものすごい勢い&音量で音が迫ってきた。これが、血の粛清なのか…?ドキドキ。
それまでためていたものをドッカーン!と弾けさせた井上ミッキーは、名古屋フィルを睨みつけ殴り倒さんばかりの勢い。進め、倒せ、血飛沫、死の静寂、遠くから響く足音、ぶつかる力。轟音の後の静寂、その緩急。
熱すぎる井上ミッキーに翻弄されているかのごとくの名古屋フィルも、一度波に乗ってしまうと後は、周囲をなぎ倒し駆逐しそして自分達も駆逐されつつ坂を転がり落ちるように進んでゆく。面白いっす!
そりゃあ【打】楽器だから「打つ」んだけれど、それは「打つ」を超えて「叩きのめす」だろっ!と思わず突っ込んでしまいたくなるようなティンパニー。あっているのかいないのか、そんなことはお構いなしなのか?な、小太鼓&トランペット。ハープは3台でかき鳴らし、なんだかやたらとノリノリで頭を振っているコントラバス。ヴァイオリンは音量で負けているが、そこをどっしりビオラが支える。
そして、オーボエ、イングリッシュホルン、ファゴットがなんともいえない美しいメロディーを奏で、てんやわんやの大騒ぎ。
演奏する側も聴く側も、力の入る『11番』。
トーク:篠田正浩×井上道義
篠田「11番の長い助走があって、フルート三重奏でようやく大きく動くでしょ。それまでお客さんが飽きちゃわないかなって心配で…」
井上「飽きさせねぇ!」
井上「11番と12番を一度に演奏するなんて世界に例が無いと思う。これは賭けだよね。賭けといえば、名フィルで11番・12番というのも賭けだし。」
井上「こんなこと僕が言っちゃあおしまいだけど、名フィルだろうとベルリン・フィルだろうと、3千円だろうと3万円だろうと、感動は同じだから!」
ショスタコーヴィチ『交響曲第12番<1917年>』
井上ミッキーが60分休み無く運動!した『11番』後の、休憩を挟むとはいえ再びアタッカ(楽章間切れ目無し)の『12番』約40分。第1楽章「革命のペトログラード」、第2楽章「ラズリフ」、第3楽章「オーロラ号」、第4楽章「人類の夜明け」と、最初からトップスピードで突入し、そのままアクセル全開で駆け抜ける。
この曲を勢いというかノリというか、とにかくそういうものだけで、ほぼ力技で無理やりねじ伏せてしまえるものなのかといえば、ま、無理でしょう。名古屋フィルは『11番』以上に崩壊寸前の箇所を露呈しつつも、強引に井上ミッキーについてゆく。
私は『11番』も『12番』もCD等を含めても初めて聞く曲で、しかも音楽知識がいつまでたっても増えない(何しろカタカナ用語が苦手なので…)ピヨピヨ素人。よって、名古屋フィルの演奏がどうこう、曲の解釈が云々など当然出来ない。
でも、これだけは分かる。名古屋フィルの演奏は決して最上級の上手さではなかったが、アノ場の「祭」の雰囲気を盛り上げるには十分以上の働きをした。なにしろ、私にショス蛸の吸盤がとりついて離れないのだから。
ハラショー、ショスタコ!
日比谷公会堂、これを機会に11月・12月は「チクルス祭(交響曲全曲演奏会)」を恒例化させれば面白いのに。さすがにハイドン108曲は無理だけど(笑)、マーラー(11曲)、ブルックナー(9曲)、シベリウス(8曲)、プロコフィエフ(7曲)とか、どうかしら。12月は『第九』だけじゃあ飽きちゃうでしょ、オケも観客も。
都の施設なんだし、なにか財政面で工夫する余地はあると思うぞ。