マンドリンオーケストラの演奏を初めて聴きに行く。
マンドリンといわれても私には「ウクレレより大きくてギターより小さい楽器」という程度の、知識とも言えないイメージしか無い。だから、マンドリンオーケストラといわれても、「ヴァイオリンのかわりにマンドリンが座っているオーケストラ」という言葉上の違いしか捕らえていなかった。よって、ヴァイオリンがマンドリンに代ることで、音楽的にいかなる変化が起こるのか?なんてことは、考えていなかったし、そもそも「違いがある」ということすら思いもよらないことだった。われながら、想像力貧困ではあったわけだが。
実際にその音を聞いて、それは、もう、強烈な驚きだった。
エルガー『威風堂々』第1番
坂野嘉彦『Virginal for Mandolin Orchestra』
(16世紀の主題によるマンドリンオーケストラのためのディベルティメント)
鈴木静一:劇的序楽『細川ガラシャ』
桝川大輔(編曲):交驚詩『はげ山はホラー・パニック!』
ムソルグスキー:組曲『展覧会の絵』
<アンコール>
エルガー『威風堂々』第1番(後半)
サンサーンス『バッカナール』
阿久悠メドレー(「はげ山はホラー・パニック」より)
ヴァイオリンとマンドリンでは音が違う、ということはすぐに分かった(当たり前)。
でもそれはマンドリンが比較的チリチリ音が鳴るからだということしか気づかなかったが、曲が進むにつれ「あれれ?」となる。
マンドリンって、持続音「ドーーーーーーーー♪」が出ないのね? しかも、強弱の幅がヴァイオリンより狭い?
確かに思い返してみると、同じ弦楽器でありピックで弾くギターだって、撥を使う三味線にしたって、そんなに長い持続音が出るわけではない。三味線は撥を使って打楽器のように猛烈な音を出すことがあるけれど、ギターの場合は強弱の幅ってどうだったかな〜?
でも、ギターや三味線の演奏を聴いて、持続音や強弱の幅が欠点だと思ったことは今まで無かった。
でもでもでも、私は今回、マンドリンオーケストラの演奏を聴いて、「もっと音量をください!」と何度も音量ボタンを回したのだ。マンドリン+クラシックギター+コントラバス+笛(フルート、クラリネット、オーボエ)+打楽器では、音量が足りない!大音量・爆音好きにとってそれは、何とももどかしい、イライラの募る時間だった。
弦のうねりの強弱がつかず、「ドーーーーーー♪」と伸びてほしいところで「ドドドドドドド」とやられても納得いかない。しかも、要所要所で金管楽器が鳴り響かないエルガー『威風堂々』なんてっ。
大音響でズシズシと迫りくる爆音を期待しているのに、想像の7割減の音量でしか迫ってこないムソログスキー『展覧会の絵』の「キエフの大門」なんて…「キエフ」じゃなくて「ド田舎村」の、「大門」ではなくて「小門」だよ。うわ〜ん。
1曲目の『威風堂々』、あまりに音量が小さいので私は我が耳を疑った。そして、これは座席の位置の問題なのかな?と思った。オーケストラ全体を見渡そうとして、2階席の軒下になる1階後方の席に座ったのがいけなかった。1曲目終了後、大慌てで前方の席(前から5列目くらい)に移動。自由席万歳。
アンコールではなんと雪辱戦?の『威風堂々』。指揮者は客席に向かって「一緒に盛り上がってください」と拍手を促した。そして始まった曲だが…確かに1階後方座席で聞いたときよりは音量があった、だが、それでも私のイメージの5割減。こんな音量では盛り上がれない。嗚呼、でも、そうか。音量を補うために客席の拍手が必要なんだね?
決して、オーケストラが下手だったのではない。マンドリンの音としてはかなり良いレベルで鳴っていたと思う。
でもね、爆音好きの私にとって、あの曲目をマンドリンオーケストラで聴くのは、ある種の拷問でした。マンドリンはもっとマンドリンに似合った曲を演奏しているほうが、マンドリンにとっても、私のような観客にとっても幸せだと思う。
その証拠に、チェンバロの曲を編曲した2曲目『Virginal for Mandolin Orchestra』と、マンドリンのために作曲された3曲目『細川ガラシャ』はとても素敵だった。
チェバロのチロチロピラピラした音と、猛烈な勢いでピックを上下運動させて持続音を鳴らすマンドリンの音の類似性が、曲をなじみやすいものにしていた。『ガラシャ』ではマンドリンのチリチリ音が琴に、クラシックギターとコントラバスが琵琶に、オーボエが尺八に、フルートが横笛に、聞えてこれまた至極良い具合だった。
なんだよ、マンドリンっていい音出るじゃないか。うっとり、うっとり。
4曲目の『はげ山…』は、まぁ、冗談みたいなごちゃ混ぜ曲なので、楽しければそれで良いぞと。
5曲目の『展覧会の絵』、あ〜、マンドリンだとこうなるのね〜と面白く聞く。ちょっと伸びやかさに欠ける部分もあるが、「プロムナード」や「絵」毎に変わる雰囲気がいかにも「らしい」し、聴きなれている管弦楽バージョンと違う部分も編曲の妙として味わい深い。やるじゃん、マンドリンと思わせてくれる演奏が進み、いよいよフィナーレの『キエフの大門』でドッカーン!なのだが…。嗚呼、ここでも音量が足りず。アイヤー!
マンドリンオーケストラのメンバーにしてみれば、いつも同じようなマンドリンの曲ではなく、元気な行進曲等をマンドリンで演奏したくなるのだろう。そういう試みが悪いことだとは思わないし、プログラムのメリハリとして緩急をつけたいのは当然のことだ。意欲的な取り組みは評価する。
でもね〜、残念ながら爆音好きの私には満足できないプログラムだった。ま、ヴェルディ『運命の力<序曲>』とかワーグナー『タンホイザー<序曲>』をマンドリンオーケストラ版で聴かなくてすんだだけ良しとすべき?
素人の発想だけれど、マンドリンには古楽系が似合うのでは?
例えば、バッハ『ゴールドベルク変奏曲』、パッヘルベル『カノン』、モーツアルト『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』、ヴィヴァルディ『四季』、ロドリーゴ『アランフェス協奏曲』第2楽章…等。あ、思いきって「甘茶でかっぽれ〜♪」とか、どうかしら??
何度も言うけど、演奏が悪かったわけじゃない。『Virginal for Mandolin Orchestra』と『細川ガラシャ』は本当に素晴らしかった。★はその2曲に。