自称☆芝居道楽委員会

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2006/2007シーズン オペラ「ばらの騎士」

2007年6月6日(新国立劇場オペラ劇場)

これは、良い。明瞭な演出(ジョナサン・ミラー)によって物語がきちんと立ち上がっており、「芝居好き」の視点からも十分に楽しめる。
歌手が役作りをした上での演技をしており、歌も台詞をたまたま歌っているというように聞こえる。そう、すべてが「芝居」としてきちんと成立しているのだ。ツッコミを入れる余地が皆無なオペラ!すなわち、曲・歌の美しさ、そして物語の面白さを純粋に楽しめた舞台だった。なんという幸せ。
美術・衣裳(イザベラ・バイウォーター)も、演出糸に沿ったオーソドックスでいてしかも見せ場のあるものになっていた。舞台の奥行きを生かした遠近のある道具立てと、床に描かれたペルシャ絨毯が素敵。元帥夫人の寝室、新興貴族ファーニナルの客間、オックス男爵が密会する居酒屋の一室、そしてそれぞれに繋がる廊下。高さのある窓から入り込む光が、登場人物の心理を映し出す照明(磯野睦)もまた秀逸。

ペーター・シュナイダー指揮/東京フィルハーモニー交響楽団の演奏は、時折「おや??」という箇所もあったけれど、全体のバランスとしては的確なのでは。クラシック音楽ファンで、『ばらの騎士』を聞き込んでいる人達にはイロイロ云いたいこともあるのかもしれないけれど、私にはBGMとしてのオーケストラとして真面目に仕事をしていると感じた。
実は私、ついこの1月に同じ東京フィルハーモニー交響楽団(金聖響指揮)で組曲『ばらの騎士』を聴いており、その時は「R.シュトラウスとはあまり相性が良くないような気がする」と思ったのだ。それが今回は「いいじゃん、R.シュトラウス」なのだから、演出&歌手の力というのは凄いものだ。

今回の舞台が「物語」として成功しているのは、勿論ジョナサン・ミラーの手腕によるところ。また、これが「音楽のある物語」としても成功しているのは、3人の歌手、つまり元帥夫人(カミッラ・ニールント/ソプラノ)、オックス男爵(ペーター・ローゼ/バス)、オクタヴィアン伯爵(エレナ・ツィトコーワ/メゾ)が揃ったことが大きい。そして、この3人に比べると見せ場としては少し劣るものの、新興貴族ファーニナル(ゲオルグ・ティッヒ/バリトン)と、その娘ゾフィー(オフェリア・サラ/ソプラノ)の2人が足場をしっかりさせていたことも成功を確実なものとさせた理由だろう。

<1幕>

元帥夫人のベッドルームで朝を迎えた青年貴族オクタヴィアンの、「僕はもう貴女を知っているから」と云わんばかりの誇らしさを含んだ若さと、でもどこかに残るけだるい感じ。それを「カンカン、可愛い坊や」と包み込む元帥夫人の大人の魅力。この2人の雰囲気が幕開きの瞬間から流れ出ており、観客は一気に元帥夫人とオクタヴィアンの情事に取り込まれる。ここの芝居、たまらぬ〜。うふん。

青年貴族オクラヴィアンがメイド姿に女装して、田舎娘っぽくお辞儀をする仕草はギクシャクして可愛い。いや、ほんと、エレナ・ツィトコーワは役者。
そういえばエレナ(歌手はメゾ、つまり女性ですヨ!)は、『こうもり』でもオルロフスキー公爵を男装で演じてなかなかに格好良く、しかも低音も高音も伸びやかなメゾソプラノを披露してくれたのだ。

そして、メイド姿のオクタヴィアンを「元帥夫人の親戚筋の庶子、マリアンデル」と信じ込むオックス男爵の好色っぷりも、なかなか。元帥夫人と話している時も、しっかりマリアンデル(実は青年貴族オクタヴィアン)のスカートを掴んでいるし、時折元帥夫人の豊かな胸元にねっとりした視線を送るし。うきゃー、貴族達って、もぅ!

ドタバタから一転して、元帥夫人の『モノローグ』。社交界の華だった若かりし日、けれど今は若いツバメを捕まえて己の若さを取り戻そうとしているような日々。「貴方(オクタヴィアン)は、明日か明後日には若い娘と恋に落ちる」と元帥夫人には未来が見えている。
だってね〜、オクタヴィアンは美青年貴族(伯爵)なのよ。今は若いから「僕には元帥夫人だけだ!」と熱く語るけれど、でも、大人の女には分かっちゃうんだよね〜。若い彼には若い娘って。
私は、大人気モテモテの若かりし頃とか、誰もがうらやむ美貌の20歳とかって過去を持たない十人並みの30代なので、元帥夫人ほどの落ち込みは無いし、そもそも若いツバメには興味がない。それでも、元帥夫人みたいに今の情事の結末、つまり自分が諦めなければならないコトが見えてしまったら、どんなにか寂しく辛いだろうと胸がチクリ。
「さようならのキスさえさせずに、オクタヴィアンを帰してしまった!」と嘆く元帥夫人の心は大雨。オクラヴィアンもまた雨に濡れて馬を飛ばして帰って行く。せつねぇ〜。

1幕で忘れてはならないのはテノール歌手(水口聡)。なかなかに良い歌声を披露していました。ああ、この人、『こうもり』のテノール歌手だ。

<2幕>

「ばらの騎士」オクラヴィアンの登場にもう少し華が欲しかったところではあるけれど、ゾフィーがオクタヴィアンに惚れる瞬間は手に取るようにわかった。これね、明らかにゾフィーが積極的で、オクタヴィアンは最初は「ばらの騎士」役に徹している。
それがオックス男爵が登場してゾフィーを値踏みするのを見て、青年貴族オクタヴィアンはゾフィーに同情し、そこから恋へと発展するわけだ。

オクタヴィアンに剣を向けられたオックス男爵は、あっさりとオクタヴィアンに腕を切られる。「血を見るのは平気だけど、自分の血を見るのは駄目なんだ〜」とワァワァ騒ぎ立てるオックス男爵。
この胡散臭さ120%な芝居と、我が物顔の歌いっぷりが素敵。ことに、「俺がいれば長い夜も短く感じる♪」とご機嫌な『ワルツ』の隠微さといったら。腰の運動に注目ですぜ。ぐへへ。
それにしてもオックス男爵、かなりガブガブ飲んでいたようだけれど、実際には何を飲まれていたのでしょう。色の感じからするとストレート・ティ?

それぞれの歌手は細かい演技をしていて、これが何とも面白かったのだが、中でも公証人(晴雅彦)?が、ズボンのポケットからクッキーを出してはポリポリしていたのは大笑い。しかも、それをオックス男爵の取り巻き達に横取りされていたのも大笑い。
これ以外にも、その他大勢が1幕から3幕通して実にイロイロやっています。勤務中にうたた寝していたり、元帥夫人のベッド脇の引き出しを覗いたり、女性にちょっかい出したり。それら全てが、貴族達を貴族として立てながらも、庶民は図太く生きている時代性を出しているのだろう。細かく丁寧で明快な演出だな〜。

<3幕>

女装のオクタヴィアンとオックス男爵の密会。そして、そこに雪崩れ込んでくる「自称・オックス男爵の妻」やら「パパー!パパー!」と呼ぶ子ども達。「娘の婚約者がこんな破廉恥な男だったとは!」と怒り狂うファーニナル。美声でオックス男爵を追いつめる警部(妻屋秀和)。

そして真打ち・元帥夫人の登場。
「これは全て狂言だったのよ」との元帥夫人の言葉にも、まだぐじぐじと諦めないオックス男爵。しかし、自分がデートしていた娘・マリアンデルが実はオクタヴィアンの女装と知れば、あの朝、元帥夫人の寝室にマリアンデル(=オクタヴィアン)がいた意味が分かる。

そして、元帥夫人とオクタヴィアンの距離、目で交わす会話に、ゾフィーも気づく。「オクタヴィアンが男爵を騙す芝居をしてくれたのは、私への愛からではなく、単なる同情だったのね?」このへんのゾフィーの勝ち気と弱気の入り乱れが良い。そしてそれを受けるオクタヴィアンの戸惑った視線、元帥夫人との距離感、本当に上手い芝居だ。
元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーによる『三重奏』での、元帥夫人の諦めに似た達観は、1幕での素晴らしい『モノローグ』を受けたものだけに迫るものがある。日本人女性ならば「花の色は移りにけりな…」と涙にくれるところ。元帥夫人が若い恋人達に道を譲る姿は、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』でのザックスを思い出させ、私にとっては二重の悲嘆。
大人が身を引く三角関係って、泣かせてくれるな〜。

私の席(4階上手側)からはよく見えなかったのだけれど…あの屏風には何が描かれていたのでしょう?私には何かを覗き込む男の顔が見えたように思うんだが…きっとアレね、ムフフなのね?

オペラファンだけではなく、芝居好きにもお勧めできる舞台。4時間の上演時間(25分の休憩2回を含む)を長いと感じさせない、堂々たる出来です。是非。

採点:★★★★★

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