自称☆芝居道楽委員会

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二代目中村錦之助襲名披露 四月大歌舞伎
昼の部「祝春駒」「頼朝の死」「男女道成寺」「菊畑」

2007年4月21日(歌舞伎座)

<當年祝春駒>

曽我物の祝儀舞踊を若手で。
工藤祐経(歌六)、茶道珍斎(種太郎)、小林舞鶴(七之助)の3人が舞台中央にせり上がってきて工藤館の幕が開き、その後舞鶴の手引きで曽我五郎(獅童)、曽我十郎(勘太郎)の兄弟が春駒(馬の頭部を付けた跨り棒のおもちゃ)の行商人として花道から登場する。

目にとまるのが、歌昇の長男・19歳の種太郎。踊りが体に馴染んできているのがよく分かる動きで将来が楽しみ。
これまで種太郎の舞台は何度か観ているハズなのだが、可もなく不可もなくで、さほど印象に残っていない。が、今回は兎に角、種太郎に目が行く。「覚えた振りを踊っています」ではなく、「茶道珍斎の立場と、踊りの意味が分かって踊っています」という形と流れになっている。とても心地よい。

獅童のことは、正月浅草の『身替座禅』での踊りが悲惨だったこともあり、疑いの目でチェック。
ふ〜ん。これまで20日間歌舞伎座で踊り、多くの批判にさらされたお陰か、「それなり」には見える。上手いという意味ではなく、運動の域を脱して踊りになりつつある、という意味。ちょっと顎のしゃくれた古風な顔立ちに隈取りが栄えるのだから、よりいっそうの精進を願う。

<頼朝の死>

男の苦しい胸の内、耐え忍びこらえた末に漏れる嗚咽。蓄積される疑問、沈殿してゆく疑惑、はけぐちを求めて暴発する言葉。
昨年の国立劇場『元禄忠臣蔵』の時も、赤穂の浪人達は泣いていたが、今回もまたよく泣く芝居である。男が泣くだけに、重たくて苦しくて暗い。観ていて暗澹とした気分になる。

将軍源頼家(梅玉)や畠山重保(歌昇)の苦しみを、ズバリとぶった切って終結させるのが尼御台政子(芝翫)。「聞くも愚か。家は末代、名は一代」の言葉を息子・頼家にあっさりと言ってのける大きさがあり、潔く心地よい。
芝翫は好きな役者なので、今後もちょくちょく舞台に立って頂きたい。

<男女道成寺>

人気の歌舞伎舞踊『京鹿子娘道成寺』から派生した道成寺モノ。鐘があって白拍子花子が登場する、というネタを元にあれこれやっちゃってます。『娘二人道成寺』はまだ意味が残っているけれど、この『男女(めおと)道成寺』や『奴(やっこ)道成寺』などは、顴骨堕胎もいいところ。
でもまぁ観客はパーッと華やかな舞台と役者の踊りに大喜びなのだから、それでいいのだ。今回は、白拍子桜子実は狂言師左近(仁左衛門)と白拍子花子(勘三郎)による『男女道成寺』。

仁左衛門の白拍子桜子は、勘三郎と並ぶと背が高いことが異様に強調される。「わはー、『先代萩』再び、八汐が踊る!」と思ったのは私だけではあるまい。
白拍子桜子が実は狂言師左近とバレて、所化に「狂言師なら何かやってみせろ」と詰め寄られ、「では楽屋で着替えて来ます」とほんのり関西弁イントネーションで返すのも面白く。その後も終始楽しそうに踊り継ぐ仁左衛門。やっぱり人気役者はこうでなくちゃ。

対する勘三郎はあくまで『京鹿子娘道成寺』の雰囲気を保って踊る。ぽったりとした可愛らしさと、鍛えられた踊りの体で、踊りの勘三郎を見せてくれる。
但し、仁左衛門の洒落っ気『道成寺』に対して勘三郎の王道『道成寺』が噛み合っていない。王道として観るには女心のあれこれも鐘への執着も曖昧だし、パクリとして観るには真剣すぎるということろ。ご祝儀の踊りでも手を抜かない勘三郎の姿勢は買うが、『男女道成寺』としてどう見せたいのか、という点では疑問が残る。
この演目、例えば玉三郎&仁左衛門の美形コンビとか、三津五郎&勘三郎の実力身長拮抗コンビで上演した方が面白かったのでは。三津五郎&勘三郎ならばどちらが花子でも左近でもイケルと思う。

所化(獅童、七之助、種太郎、宗之助、猿弥、勘太郎、他)はニコニコと楽しそう。ここでもやはり種太郎の踊りに目が行く。抜群に上手い、というほどのレベルではないのだけれど、踊りに誠実さを感じる。嬉しいことだ。

<鬼一法眼三略/菊畑>

中村信二郎改め二代目中村錦之助襲名披露狂言である。
実は私は『菊畑』はあまり好きな演目ではなかった。役者がずらっと並んで座ったまま会話が進んで、何となく眠たくなって、目覚めてもまだ同じような並びで役者が台詞を言っていて…というイメージ。
しかし、今回のこの配役で舞台を観て、一気に『菊畑』が好きになった。面白いじゃないか、『菊畑』。
なにしろ、吉岡鬼一法眼(富十郎)vs智恵内実は鬼三太(吉右衛門)の激突が良い。役の大きさ、腹の探り合い、ひょいと覗く表情の意味。昼の部一番の大取り組みと言って過言ではない。そこに控える虎蔵実は牛若丸(信二郎改め錦之助)の端正な収まりが、実に綺麗に場を引き締める。

笠原湛海(歌昇)、腰元白菊(隼人)、皆鶴姫(時蔵)と一家が出そろったところで劇中にて襲名披露口上。
富十郎が「先代中村錦之助(後の映画俳優・萬屋錦之助)が歌舞伎俳優として最後に勤めたのが、こども歌舞伎での『菊畑』で、吉右衛門(初代)劇団による公演だった」と演目のゆかりを語る。吉右衛門からは型どおりのご挨拶。信二郎改め錦之助が「歌舞伎役者・中村錦之助の名前を育てていきたい」とのご挨拶。富十郎が「いずれも様のご贔屓ご愛顧を賜りますよう、隅から隅まで、ずずずいーっと」で〆。
さあ、では芝居に戻りましょうという段で、富十郎が錦之助に対して「こうやって皆様にお願いしておけば大丈夫」と声をかけるのもいとおかし。

ああ、そうだ。富十郎の息子・鷹之資(たかのすけ/8歳)が、富十郎の後見を務めていた。もう一人大人の黒衣と一緒に黒衣で控えていたのだが、隠れている時ソワソワしすぎ。目立たないように、がんばれ。

採点:★★★☆☆

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