自称☆芝居道楽委員会

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劇団四季「CATS」

2007年3月2日(キャッツシアター)

私にしては珍しく、リピート(計3回目の観劇)。前回の『CATS』観劇が2006年1月だから14ヶ月ぶり。近っ。
中学高校時代の昔に戻って劇団四季に目覚めた!とか、突如として『CATS』に惚れ込んだということではない。単なる偶然と、その場のノリと、交友関係上の問題である。

で、リピートしてみて分かったのだが、私はほとほとリピート観劇というのが苦手らしい。前回観た時のように19年ぶりの観劇ともなれば新鮮な気持ちで観られるのだが、いくらキャスト変更があったとはいえ1年程度でリピートするとどうも(いつも以上に)本筋を離れてよそ見をしがちになる。しかも、横を見たら「あっ!あんなところに!」というワクワク感からではなく、意図的によそ見をしてやろう、サイドを観てやろう、あら探しをしてやろうという下心が生まれてしまうのだ。
面白いとは思うし、楽しめてはいる。だが、な〜んか、自分の中での盛り上がりが違うんだな〜。

勿論、キャストが変われば芝居は変わる。今まで気づかなかったことに気づくこともある。
それはそうだ。芝居見物は一期一会だからね。
そうであるからこそ私は、常に新鮮な目で舞台を観ていたいと思う。でも、ロングランしても演出がほぼ変化しなミュージカルを、どういうスタンスでリピートすればよいのか分からないのだ。

私などは年間90回以上劇場に通う道楽者だが、1つの芝居はよほどのことがない限り1度しか観ない。どんなに絶賛大好評の舞台でも、私がその舞台を評価できなかったり、私が観た日がたまたまコケていたりすれば、当然私の評価は低い。また、リピートしないから「先日観た時は△だと思ったけど、今日観たら◎だったから、やっぱりこの舞台は○だと思う」というような評価の変化は無いし、したくない。
私が観たその日のその舞台がダメだったら、その芝居はダメなのだ。
ダメダメな舞台に出会っても私は芝居道楽を止めない。でも、もし芝居初体験でダメダメな舞台に出会ったら、その人はもう二度と劇場には脚を運ばないだろう。当然のことだ。

劇団にとってリピーターがつくのは収益上良いことだ。客席が常に一定のリピーター客によって占められていれば、舞台は盛り上がりやすいだろう。これぞというタイミングで拍手が来て、狙ったように手拍子になれば観ている側も演じている側も楽しいだろう。
でもね。リピーターに頼った舞台を上演するようになったらダメだと思う。客席からの拍手に期待して寄りかかった演技をするようになっては、客席に媚びるようになっては役者はダメだと、私は思う。(勿論、客席に媚びることが要求されている分野もある。座長公演とかね。)
また、ファンももっと厳しい目を舞台に向けるべきだ。
例えば、歌舞伎座に通う大向こうさん(「成田屋!」などと声をかけている人)は歌舞伎が大好きな人達である。だからこそ芝居を選び、平日でも大向こうさんの入りが良い演目があるかと思えば、休日でも入りが悪い演目とがある。劇団四季のファンも、もっと舞台を選ぶべきだと思う。

別に私は、今回の舞台がダメだったと言いたいのではない。面白かったけれども心からの満足は得られなかったし、なんといっても客席に対してかすかな違和感を覚えた。
終演後のホワイエでみんなが楽しそうなのは良いことだけれど、「『CATS』だったらそれだけで満足」という雰囲気は、おかしいでしょ〜。「いろいろ観たけど私は劇団四季が一番好き」というのは分かる。でも、「私は劇団四季しか観たことが無いけど、四季が一番好き」って、変だぞ。ぶつぶつ。

さて、肝心の舞台の中身。 オールドデュトロノミー(種井静夫)にはダメ出しをしたい。豊かな体格の朗々たる長老猫なのだが、明らかに足取りが軽い。ゆっくり歩くということと、重々しく歩くこと、足下不如意で歩きが遅くなるというのは全て違う歩き方のこと。猫の長老としての歩き方から勉強し直して欲しい。歌は、良かったけどね。

グリザベラ(早水小夜子)は前回(同じく早水)よりも迫るものがあった。『メモリー』にはゾクゾクきたが、もっともっと重く暗い過去と、美しく去った過ぎし日を抱えてほしい。
思い返してみると、20年前に観た時よりも私のグリザベラに対する芝居の要求はレベルアップしていると思う。それは単に舞台を多く観たからというだけではない、私の20年分の人生経験が、グリザベラに深い闇を要求するのだね。
ちなみに、何故グリザベラが許されるのか、私にはやはり全く理解できない。

ラム・タム・タガー(阿久津陽一郎)にも不満が残る。そもそも「拗ね者」にも見えなし、キザにも見えない。せいぜいがところ中学生のクラスのアイドル止まりの好青年。
もっともっとスケベったらしく、エッチくさく、セックスシンボル的に振る舞って欲しい。アノ程度の腰の振り方、歌い上げでは、何故メス猫たちを「ああ〜ん」と言わせているのか全くもって根拠不明。イケメン猫にメス猫たちがため息を漏らすという設定だとしても、もっと「らしさ」が欲しい。

リーダー猫マンカストラップ(青山祐子士)、魔術師猫ミストフェリーズ(杜彦昊)、短毛猫タントミール(川西伸子)の踊りが冴えている。揃ったダンスの中でも個性が出ており、群衆に混じってもキャラクターが活きている。
しかし、いつ見てもミストフェリーズのぐるぐる回転は凄い。バレエで言うなら32回転フィッテ?というやつ。しかもこの猫の場合、両腕は開いたままでほぼ動きをつけず(たぶん腕を小さくひねっていたと思う)、フリーの脚も床と水平に上げたまま、軸足の膝の屈伸?だけで回転するのだから恐れ入った。

歌とダンスのバランスが良いのはマキャヴェティを紹介猫のディミータ(遠藤瑠美子)と、こそ泥猫ランペルティーザ(王<方+方+土>)。
兎に角楽しい気分にさせてくれるのが鉄道猫スキンブルシャンクス(岸佳宏)と役者猫アスパラガス=グロールタイガー(田島亨祐)。

フィナーレではランペルティーザとアスパラガス=グロールタイガーの二匹に握手してもらえてラッキー。(座席は1階中央ブロック、夜行列車を真っ正面から見る席でした。)
素直に楽しかったと思えたし、劇場を出てから自然と「皆様もうご存じですか夜行列車の素敵な旅♪」と口ずさんでいたけれど、『CATS』はあと5年は私の中で封印しようと思う。

採点:★★★☆☆

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