自称☆芝居道楽委員会

2007年前半 <<芝居道楽録 <<HOME

ク・ナウカ「奥州安達原」

2007年2月26日(文化学園体育館特設舞台)

役者は二人一役(speakerとmover)、独特の美意識でギリシア悲劇などを上演する劇団、ク・ナウカ。いつかは観ようと思いつつこれまでご縁が無かったのだが、とうとうこの公演を最後にメンバーがソロ活動に入る(事実上の解散?)とのこと。
これはもう、万難を排して見に行かねばなるまい。
演目は先日の文楽公演と同じ『奥州安達原』。物語としては、文楽の『朱雀堤〜環の宮明御殿』の「次の段」である『ひとつ家の段』上演。いわゆる「安達ヶ原の鬼婆」ですね。

会場は西新宿の文化学園体育館内特設舞台。
舞台前には打楽器、上手下手にそれぞれ「語り手」用の舞台(文楽でいえば「床」)が設置されている。中央の舞台は正方形だが、左下から右上に向かって対角線上に分断される。手前側の床は白で雪が積もった安達ヶ原を表し、奥側の黒い床が鬼婆の庵。上手奥から上手手前に向かって大きく傾斜のついた逆花道?が付き、役者はここから舞台にあがる。

役者の化粧は、都から奥州に流れてきた生駒之助&恋絹を除いて、皆アイヌ(あるいは蝦夷?)風。
そして吃驚することに、鬼婆の台詞の多くが強力猛烈な東北弁、のようなのだ。私にはそれが何弁なのか判断することは出来ないが、歴史的経緯及び衣装等の解釈から見て蝦夷弁であると思われる。
最重要単語だけははっきりと聞き取れるのだが、それ以外の内容は猛烈に脳みそを回転させてイメージで聞き取ってゆかないと何のことか分からなくなる。例えば、「りんご」を「いんご」と発音する程度なら想定の範囲内で「ああ、りんごだな」とわかる。が、「りんご」を「ふぅんが」と言われてしまっては、「???!」となる、そんな感じ。
しかしまぁ、幸いというか何というか、(威張れたことではないが)台詞が聞き取れないことくらい、私は義太夫で慣れている。物語はわかっているし、多少台詞が聞き取れなくても動揺しないし、というわけで、私はこの強力蝦夷弁を面白く聞いた。
それにまぁ、役者の声を当てる人以外に、語り手(ト書きを語る人であり狂言回し?/野原有未)がいるから、物語の筋を見失うことは無かったし。

文楽の義太夫のイメージが私の中にある為か、全体としてはspeakerに不満が残った。
安倍貞任(speaker:吉植荘一郎/mover:牧野隆二)は、わざと銅鑼声を張り上げて豪快さを出しているのだということは分かるが、声が割れているだけで美しくない。安倍貞任の台詞だけは、後ろのスクリーンに現代語訳が映し出され、面白さをアピールしていたのだろう。しかし、台詞が割れて聞き取れないのだから、蝦夷弁と現代若者口語の言葉を比較する面白さという点では、意味をなしていなかったのがどうにも残念。
匣内侍(speaker:本城典子/mover:池田真紀子)については、一言下手としか言いようがない。声の高低・音量・強弱といった全ての面において安定しておらず、匣内侍というキャラクターの声を確立できていない。素人が義太夫を唸ったらこうなるのだろうな、これは騒音だなと思わずにはおられない聞き苦しいしさ、聞き難さがあった。

これに対して、総じてmoverはよく出来ていると思った。ただし、語り手と環宮のmoverを兼任した野原有未の、環宮の動きにはかなり違和感が残ったが。
山姥・岩手(speaker:鈴木陽代/mover:美加理)は、前半の少ない動きの中で底知れぬ迫力と存在感を見せ、後半の戦いで鋭い切れ味を見せる。夢やぶれて彷徨いながら歌を歌う箇所は、もう少し精神の崩壊ぶりを出して欲しかったが、全体としてはspeaker鈴木とmover美加理のバランスがとても良かった。
生駒之助(speaker:本多麻紀/mover:大高浩一)と恋絹(speaker:桜内結う/mover:寺内亜矢子)のカップルはなかなか絵になる。動きのキレがよく、腰を落とした時の安定感がいかにも和モノを見ている気分にさせてくれた。この二人が都の人間なのだということのわかる典雅さと、明瞭な台詞で物語を引っ張っていた。

ラストに登場する安倍貞任が土蜘蛛(天皇に対する土着の抵抗勢力)の恰好だったり、十握の剣が地球柄の風船(チャップリン主演映画『独裁者』のアレ)というのも、シニカルで良し。
この劇団のギリシア悲劇は見ておくべきだったなと今更後悔。

採点:★★★★☆

2007年前半 <<芝居道楽録 <<HOME