自称☆芝居道楽委員会

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こまつ座「私はだれでしょう」

2007年1月25日(紀伊國屋サザンシアター)

毎度のことながら今回も、井上ひさしは台本が間に合わなかったのである。初日は1月14日の予定だったが、台本があがらず(台本脱稿が1月16日)初日が20日に延期になって、でもやっぱり後半のお稽古時間が少ないってんでさらに再延期で22日昼公演からようやく幕が開いたのだ。
ま、こまつ座を観てみようと思っている人なら、新作(井上ひさし脚本)で予定通り初日が開くと思っている人はいないだろう。なにしろ、こまつ座公演の初日延期は今回で10回目らしい…(ってゆーか、初日が延期しなかったのは何回あるんですかね?)。仮に賭けをしたって「初日が予定通り開く/開かない」では誰もが「開かない」にかけるからそもそも賭けが成立せず、「初日をズバリ当てましょう大会」でエキサイトするのだけれども…。

いや、ほんと、役者は頑張っていると思う。演出の栗山民也をはじめ、スタッフも頑張ったと思う。
どの段階で台本がどれくらい出来ていて、最後の頑張りでどれだけの量の台詞を覚え込んだのかは知らないけれど、全員台詞は完全に入っていて、芝居としてもきちんと通っている。記憶喪失の山田太郎(川平慈英)、日系二世の軍人・フランク馬場少佐(佐々木蔵之介)、有名アナウンサー川北京子(浅野ゆう子)、尋ね人コーナー担当で劇作家希望の山本三枝子(梅沢昌代)、尋ね人コーナー事務員の脇村圭子(前田亜季)、放送用語調査室の佐久間岩雄(大鷹明良)、労働組合活動家の高梨勝介(北村有起哉)。全員が当て書きらしいハマリ役で、いかにもな雰囲気が良く出ていた。
歌もダンス…といっても簡単な足踏み程度だが(振付:井手茂太)も形になっている。生演奏のピアノ(朴勝哲)と舞台の息もあっている。こまつ座のミュージカルって「私が今ここで歌ってるのよ!!!」な自己主張が薄い歌い方で、好きだ。

でもね。井上ひさしの台本があがらなかったから仕方ない、では済まないよね。
井上の遅筆が役者に負担を強いたのであって、舞台の出来が悪くてもそれは役者のせいではないのだから、出来不出来は大目に見る、ってわけにはいかない。

とにかく、台本が練り上げられていない。
似たような展開を繰り返すことの面白さ、というのは確かにあるが、それが効果的に効いているとは思えない。ようやく二枚目に昇進した落語家の噺を、面白くもなく・つまらなくもなく聞いているような気分。 また、全体的の流れが平坦でダラダラとしてみえる。いかにも、そぎ落とせる贅肉がたくさん付いていて動きが緩慢になっている、という感じ。
これがもっと早く台本があがり、通し稽古がもっと多くできれば、その稽古の中で台本の整理・スリム化ができたハズ。説明台詞ももっと少なめにできるのでは?

物語のアクセントになっているのが川平演じる山田太郎。これはもうひたすらに、川平のキャラクターに助けられている。川平のハイテンションで飛んでる感じが、山田太郎という人物の謎というか怪しさを倍増させている。
確かに、それはそうなのだが…なんだか何処か山田太郎が物語に馴染んでいないのだ。
記憶を失った山田太郎が「私は誰でしょう?」と己の過去を探すことから、この物語が出発している。山田太郎がキッカケで、事態が進展(あるいは後退)してゆく。そして山田太郎は剣道・柔道・空手・金庫破り・英語・タップダンスに堪能なサイパン島?生き残りの元日本兵というトンデモ人物で、常に大騒ぎをしている。にもかかわらず、山田太郎は物語の中心からはズレて&浮いた存在になっている。
強いて挙げれば主役は3人、山田太郎とフランク馬場と川北京子だろう。だが、というか、だから、というか、船頭多くして船山に上る状態?

3時間を超える上演時間は長い、とうように、時間だけを計りにして云々するつもりはない。「この芝居は長いな」と感じさせる芝居は、実際の上演時間が1時間であろうと2時間であろうと、「無駄に長い」のである。
この舞台についても「3時間を超えるから長い」とは思わない。だが、「無駄があってテンポが悪い」と思わせる程度には長い。2月25日までの長い上演期間の間には、台本の改良・演出の工夫がなされ、『太鼓たたいて笛ふいて』のような練り込まれた良い芝居になってくれることを(私はリピートしないけれども)願っている。
出演している俳優達の為にも。

採点:★★☆☆☆

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