ベートーヴェンの交響曲全9曲を、12月31日の午後3時半から翌2007年1月1日午前1時までかけて、休憩時間含む9時間半がかりで演奏しようという、アホな演奏会である。2005年の岩城宏之が一人で指揮をする「振るマラソン」が面白かったので、味をしめて出かけたわけである。
尚、岩城宏之は2006年6月に逝去してしまったため、今回の公演はその「追悼コンサート」と銘打っている。ホワイエには岩城宏之愛用のタキシードや靴、使用したベートーヴェン全交響曲の楽譜(演奏時は暗譜)、写真、ブロンズ像等が飾られ、開演前には岩城宏之への黙祷が捧げられた。
それにしても、聴く方も大変だが、もっと大変なのは演奏する方(イワキオーケストラ)である。ちなみに、弦楽器の男性+2ndヴァイオリン?の女性1人?+首席クラリネット?は出ずっぱりなのだそうだ。うはーっ。
そりゃあ日々何時間も練習してレベルを維持・向上させているプロの演奏家達だから、9時間半に渡る演奏そのものはさほど苦ではないかもしれないけれど、9時間半の「練習」ではなく9時間半の「本番」である。それだけの集中力を維持させるだけでも大変なことだ。しかもしかも、今回は1曲毎に指揮者が変わるのである。9曲全てにおいて異なる指揮者の癖と要求に応えねばならないのだから、いやはや。
更に、イワキオーケストラというのは寄せ集めオーケストラである。コンサートマスターの篠崎史紀をはじめとするN響が骨格になってはいるのだが、ヴァイオリンに関しては地方オーケストラや現役音大生を含めた強者コンマス達が集まっている。これがまとまるだけでも大変だろうと思う。
実際、オーケストラがようやく乗ってきたかなーという印象を受けたのは『交響曲3番』のあたりからで、『交響曲4番』でアクセルの踏み加減が分かってきたかな、という感じ。『交響曲1番』『交響曲2番』は確かに悪くはないのだが、どこか優等生の安全運転的な演奏で面白みに欠けた。
さて、肝心の指揮者は以下の布陣。
私の最大のお目当てはミッチー(井上道義)の『交響曲5番<運命>』大爆発。
そこから引き続いてアキヤン(秋山和慶)の『交響曲6番<田園>』で和んで、炎のコバケン(小林研一郎)の『交響曲7番』で炎上!という展開。
これ、ドンピシャで来ました!!
井上ミッチーの『交響曲5番<運命>』は、ぶっ飛び・猛烈・怒濤の展開。あまりに烈しい指揮にオーケストラがついて行けず、「ジャジャジャジャーン!」が若干乱れる?!という大爆発・大暴発ぶり。
『交響曲5番』という超・ウルトラ・スペシャル有名曲でともなれば、このオーケストラなら全員暗譜で弾けるだろう曲。それどころか指揮者がいなくてもコンサートマスターがしっかりしていれば無難に演奏を乗り切ることはきっと容易いと思う。が、ミッチーはそんな安易なことは許してくれないのである。
それまで登場した4人の指揮者は、どちらかといえばオーケストラに手綱をつけて鞭で指揮をする御者的な指揮をしていた。だが、ミッチーは己が先頭に立ち「ものどもっ!俺様に続けーっっっ!」とばかりに敵陣に駆け込む騎馬将軍的な指揮をしたのだ。「オケは既に4曲弾いて疲れてる?俺様は4曲ぶん待ったフラストレーション貯まってるんだよ!」とばかりにガツンガツン攻めるのだ。
客席もかなり早い段階からヒートアップ。第1楽章が終わったところで「ブラボー!」の声が飛んでも決してフライングではなく思えるくらい大迫力の大熱演。
井上ミッチーの指揮は素人目には「エキサイティングすぎて指示が分かりにくいのでは?」と映る。だが、これは、『交響曲5番<運命>』に限って言えば、ミッチーの指揮がぶっ飛びなのではなく、ベートーヴェンの『5番』がぶっ飛びだから、こう指揮をしなくてはこの曲が表現できないのだろう。あの場にいた誰もが思ったハズだ「ベートーヴェンは凄い!」と。
60分間の大休憩を挟んで、後半(正確には第4部)は長閑な『交響曲6番<田園>』から。
大休憩の後に『交響曲6番』だとオーケストラのアクセルが入りにくいんじゃないかな?と思ったが、いやいや、やってくれますオケ&秋山和慶。緩やかなアクセル、Rの大きいコーナリング、気持ちの良いハンドルさばきであっという間に気持ちを田園へ運んでくれました。
これが先刻、ミッチーと『交響曲5番<運命>』を弾いたと同じオーケストラなのか?と疑ってしまうほど鮮やかに、がらりと色彩が変わる。空気が変わる。あの『5番』の熱狂から何の無理もなく静謐で清々しい世界へ景色を変える。オーケストラと指揮者アキヤンの技量も凄いが、やはりベートーヴェンの音楽が凄い。
『交響曲6番<田園>』の滑らかな勢いに続いて登場したのが、炎のコバケン指揮が指揮する『交響曲7番』である。
いやー、これまた大炸裂でした。何かに喩えることを許さない、『7番』としてしか存在しえない音楽がそこにあり、猛烈な緩急をもってして『交響曲7番』が駆けめぐるのである。
しかも、気合い入りまくりのコバケンは3階席まで届く勢いでうなり声を発していたのだ!これまでも指揮者の息を吸う音(「せーのっ!」って感じのタイミングのやつ)が聞こえてくるということはあったし、そういうのならば分かる。が、コバケンは完全に唸って&言葉を発していたのだ。「さあっっ!」とか「来いっっ!」とか「えいっっ!」とか、そういう感じの気合いがばっちり声になって客席に届くのである。うひゃー、それは反則でしょー!と思いつつも、イヤイヤこれだからこそ「炎の」コバケンと呼ばれるのだろうと納得してみたり。
勿論オーケストラも、コバケンの気合いを受け止め跳ね返す勢いで演奏を繰り広げる。これはもぅ、ちょっとした闘い。あー、面白かった。
『交響曲8番』は小品の逸品を上等にまとめた感じ。『交響曲9番(合唱付き)』は定番でめでたく歌い納めというふう。満足、満足。