自称☆芝居道楽委員会

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五反田団「さようなら僕の小さな名声」

2006年11月5日(こまばアゴラ劇場)

前回公演『ふたりいる景色』での「ゴマの精」があまりにインパクト大だった、五反田団。
今作は、脚本家・前田自身の私小説ならぬ私演劇というふうをとりながら、またしても独自の不思議ワールドが展開されているという情報を入手。チケット代1500円(前売り・当日とも同額、安い!)をケチって観に行かず、後で「観ておけばよかったー」と後悔するのは嫌なので、千秋楽公演に足を運ぶ。

なんなんですか、これはー! 前回公演の時も感じたけれど、それにもまして今作は後半が崩壊しかけている。ノリだけで後半に突入して、作者自身もどうしたらよいのか分からないまま力業でラストに持ち込む。勢いと摩訶不思議ワールドだけで物語を転がし、「ヘビ」というキーワードだけで辛うじて全体像を保っている。
作家本人の手書きの公演折り込みチラシにおいて「今回はかなり何も考えないで書きました。前回は考えすぎたからです。今回は考えなさすぎでした」と書いているが、いやはや、これは、もう、ね。わはははは。たぶん、力のない役者や劇団がこれをやったら大ブーイングだろう。これがブーイングにならず「五反田団、おっかしー(笑)」になっているのは、やはり劇団に魅力があるからということなのだね。

雑誌のインタビューに答える脚本家の男(前田司郎)。彼なりに舞台・芸術論(無意識に光を当てて、文字化する作業で、でもそれは、闇に光を当てると闇が闇でなくなるのと同じことで…とか)を展開するのだが、記者(後藤飛鳥)はもくもくとハンバーグカレーを食べつつ、時折かみ合わないコメント・質問を口にする。曰く「前田さんの舞台ってチープだと思うんですけど…」「次回作もチープな路線ってことですよね」「ぶっ!エロスとタナトスぅ?(笑)」「お金の為じゃないのなら、なんでチケット代とるんですか?」うわー。
きっと前田氏自身が大なり小なりこういう経験をしているんだろうなと思いつつ、芸術やってる人ってどうしてこう難しげにしかコンセプトを語れないんだろう?とも思う。ま、コンセプトを語るのが下手でも、その人の芸術手法によって伝えたいコンセプトが他者に伝わるのであれば、それでOKなんだけどね。
あ、そうそう、カレー本体よりも、トッピングのハンバーグの方が値段が高いっての、ツボでした。(カレーが400円で、トッピングのハンバーグが600円、よってハンバーグカレーは1000円というような計算。)すげー、どういうハンバーグなんだろう? カレーはボン◎レーだけど、ハンバーグは神戸牛入りなのかしら。

いやー、それにしても良い物見せてもらいましたよ。岸田戯曲賞ってあーゆーのなんですね。
大きな蒲鉾板に金色のスプレーして、へろへろ文字で「岸田戯曲賞」って書いてある。しかも、三越の包装がしてあって、カノジョ(望月志津子)が「これ、あげる」って言って、もらえるような。うわー、そーなんだー、やっぱりこういう時の包装って伊勢丹でも高島屋でも松屋でも松坂屋でもなくて「三越」なのねー。インパクトのある包装紙ってお得だよね。しみじみ。
その「岸田戯曲賞」を同時に2つ(!)貰って、感動のあまり号泣する脚本家・前田。その横で「嬉しいっす」を連呼する劇団員(中川幸子)
「そこまで有り難がってはいないでしょ、ホントは、脚本家達って」等と心の中で激しく突っ込みつつ、おもいっきり笑う観客達。

えーっと、私知らなかったんですけど、新宿からリス(宮部純子)が運転する夜行バスで8時間(3890円、だっけ?)で、極貧国マターンに行けるんですね。わはは。しかもマターンの住人達は、素と演技の境界線のような芝居で、時々中途半端な間があって、絶妙に変。
父(小河原康ニ)「ほら、こうやって指をなめてかざすと、スースーして面白いよ」とか、
兄(安倍健太郎)「演劇って、何?」
父「人前で嘘の物語をすることだよ」とか。
妹(立蔵葉子)は人間と大蛇のハーフで、自分自身と世界を飲み込もうとしているし、アメリカのセックスシンボルであるボウゾノ(坊薗初菜)は、明らかに女漫才師だし。

摩訶不思議で胡散臭くて、緩くて崩壊しかけていて、笑いでねじ込むんだけど嫌味がない。これはこれで面白いのだが、この劇団の真剣直球勝負の舞台も観てみたい。

採点:★★★☆☆

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