テレンス・ラティガンまつり第3弾である。マキノノゾミがどんな演出で楽しませてくれるのか、見極めてやろうという魂胆半分。第2弾『ブラウニング・バージョン』における、浅野和之のあまりに素晴らしい演技が未だ頭に残っている状態で、うかうかと劇場へ。
<1幕:窓際のテーブル>
私の経験不足と性格の問題だと思うのだが、私には男と女の機微というやつがとんと分からない。「男女の機微ってなに?」「団子やろ」「それは桃太郎じゃっ!」と、我ながらヘボな1人ボケ1人ツッコミを心の中で展開してしまうほど、このテのことには鈍い。
そういうわけで、ジョン・マルカム(坂手洋二)とシャングランド夫人(神野三鈴)のシーンは、「?」の連続である。とは言っても、意味不明で怒りがわいてくるといった類の「?」ではない。言わんとすることはわかるのだが、どうしてそういう行動になるのかさっぱりわからず、じれったくなる「?」。『ブラウニング・バージョン』で内田春菊が唾棄すべき女を演じたのとは、大違い。(正確に言えば、内田のそれは演技ですらないが。)
何でこの二人はお互いにお互いを必要としあっているのに、「必要だ」と言わないのか。しかも「私にもプライドがあるのよ!」と意地を張って、事態を進展させないどころか本心に反して悪化させているのか、理解不能。これが大人の恋愛だというなら、大人って、恋愛ってめんどくさすぎ。
若い頃は将来を有望視された政治家だったが、現在は落ちぶれたジャーナリストのジョン・マルカム。時々台詞が聞き取りづらいのは難点だが、「もしかしてマゾなのか?」と思わせるほど自分を貶めたがる、落ちぶれた男の無様さが滲み出ていた。でも、何故この男が、元妻・アン・シャングランド(神野三鈴)と支配人ミス・クーパー(久世星佳)という異なるタイプの二人の女性にもてるのかは、皆目分からなかったけれど。
あ、坂手洋二って燐光群の演出・作家だわ。(ラティガンまつり第1弾『ウィンズロウ・ボーイ』の演出もしている。)そういえば何となく燐光群『パーマネント・ウェイ』での、冒頭の叫ぶ人達と演技が重なって見えてくるな(苦笑)
アン・シャングランドは設定通りの美しさ。モデル出身で、老いて行くことに恐怖している女。家ではお嬢様で育てられてきて、人を遣うことに慣れている女。自分を綺麗に見せること、自分を素敵に飾ることに(そのための嘘も含めて)最大限の努力を払う女。柔らかめのマリリン・モンローというか、ゆるやかなセックスアピールというか。とにかく全身で女であることを表現している。
そういう女って私は苦手なのだが、何故かこのアンに関しては嫌な感じがしなかった。「こういう女っていちゃうんだよね」という感覚的な、存在に対する理解と肯定。強がってみせるのも、泣いている様子も、何だか神のような視点で見てしまったけれど。
神野三鈴と久世星佳の取り合わせって、どこかで観たことがあるような気がしていた。が、どうやら2003年こまつ座『兄おとうと』(出演:神野三鈴)と、同じく2003年こまつ座『頭痛肩こり樋口一葉』(出演:久世星佳)が、頭の中でごっちゃになっていたようだ。(言い訳をすれば、『兄おとうと』では神野三鈴と剣幸が共演していて、剣幸と久世星佳はどちらもヅカ出身だからね…。)
<2幕:七番目のテーブル>
1幕でもお喋りなオバサンの典型をみせつけていたレーントンベル夫人(歌川雅子)が、いよいよ本領を発揮する2幕。映画館で不道徳な行為をしたポロック少佐(菅原大吉)に対して、断固ホテルからの退去を求めるレーントンベル夫人。そして、退去積極的賛成派ジーン・タナー(木下智恵)と、積極的反対派のチャールズ・ストラットン(奥田達士)夫婦、流れに負けて賛成派のグラディス・マシスン(林英世)とファウラー(大家仁志)、そして無関心のミーチャム(南谷朝子)。
正義を貫くことと、人情として罪を許すことのバランスというのは、本当に微妙だなと、しみじみ。個人的には、シビルへの配慮をそれなりに示したチャールズに好感。
ポロック退役少佐の偽りの仮面と本音の吐露、そしてレートンベル夫人の娘・シビル(山田まりあ)の発作。ここでも<1幕>と同じように、自分を偽らねば不安になってしまう人間の、寂しい独白が行われる。
ポロック少佐のちょっと胡散臭い演技も、シビルの一本調子な演技も、それはそれで場にあっているのが舞台のマジック(笑)
ポロック少佐に対して「しゃんとなさい」と勇気づけるのは支配人ミス・クーパー。ちょっと冷たいくらいに、どこか突き放すように背中を押すのだけれど、でもその中にミス・クーパーの情が籠もっているのが伝わる。そして、この人はこうやって1人でしゃんとできちゃうからMissなんだろうなとも思ったりして。
朝食の場面でのホテル宿泊者の態度が、いかにも、いかにも。宿泊者全員が微妙な空気を見事に醸しだしていて、面白さ倍増。シビルが母に対して初めて「いいえ、ママ」と言い、その後何度か「No」を繰り返す態度にはじんわりと喝采。
これで終わってしまっては、誰かを除外するだけの話しになってしまうのだが、そうはならないのが配役の妙。その印象的な役・赤毛のカーリーヘアーのウェイトレス・ドリーン(小飯塚貴世江)。単なるがさつなウェイトレスではなくて、直球だけれど心にしみる、その場の人達を救う大切な言葉を発している。
1幕であれば「じゃあ、これから2人は同じ席にした方がいいかね?」そうドリーンに聞かれたジョン・マルカムは、長い沈黙の後、「Yes」と答え、ドリーンは「じゃあ、ランチからそうしといたげる」と。
2幕であれば、居心地悪そうに朝食中のテーブルについたポロック少佐に対して「じゃあ、ランチはどうするの?必要?」と声をかける。そしてポロック少佐は多くの葛藤の末に「Yes」と決断を下す。
ミス・クーパーに背中を押されて進むべき路に立ったけれど、歩み出す一歩におびえている人達に声を掛けるのがウェイトレス・ドリーン。愛嬌のあるぶっきらぼう加減に客席から笑いを鳥ながらも、ドリーンは問題な人達が最終的に落ち着く場所に落ち着く決断を促し、「こっちにおいで」と手を差し伸べているのだ。
こういう役を、この役者がきちんと演じきっているのがとても素敵。
そして、『ブラウニング・バージョン』に引き続き今回も照明(中川隆一)が素敵。特に上手側のテラスから室内に入り込む光の美しいこと。