何なのだ、この、ちょっとも分からない芝居は。
台詞の一つ一つは、日本語としては理解できる。それぞれの台詞も独立した意味だけは、辛うじて汲み取れる。だが、アノ台詞の次に何故ソノ人がコノ台詞を言っているのか、さっぱりわからない。展開についてゆけない。何がどうなっているのか、全く理解できない。
さっぱり分からないのに、役者達は突然エキサイトして叫びだし、おまけに殴り合う。怖いよー。怖いよー。どうなってるの?何の話なの?
山奥にある知的障害者施設「はぐるま園」に、新任の女性職員(市原悦子)がやってくる。彼女は過去にも同じ施設に勤めており、そこでおきた子供の変死事件で犯人と目され、冤罪のため25年間闘って無罪を勝ち取った経歴を持つ。その女性が「はぐるま園」にやってきた翌日、子供が施設から逃げ出した。職員達が騒ぎだし、園長(木場勝己)が寡黙に取りなす中、女性の神経が高ぶってゆき、現在と過去が錯綜する。
たぶん、そういう話。自分が見た舞台なのに「たぶん」というのはどうかと思うけど、とにかく設定が分からないのだからしょうがない。
最初は、過去におきたことと似たような事件が発生したことで、女性にスイッチが入ってしまって、そこから女性が過去に体験した警察とのあれこれが再現されたのかと思った。つまり、現在と過去を交互に見せているのだと思った。だが、私が過去の場面だと思った箇所で女性が「私は裁判で無罪を勝ち取った」と(現在の立場からの台詞を)言い、それに立ち会った警官達が「裁判?」と(過去の立場からの台詞を)言う。何だこれは?女性だけが現在で、警官達は過去なのか?つまり、女性の精神だけが現在と過去を彷徨っているのか?
しかも、私の混乱をあざ笑うかのように、場面転換毎に雷鳴あるいは非常ベル音が鳴り響く。そして人物の設定(名前)も台詞も、現在と過去が錯綜するのだ。うーん。
もう、こうなっては現在とか過去とか、役名とか1人2役か3役かとかは関係ない。その場その場で理解して、自分勝手に解釈してゆくしかないじゃないか。が、だからといって、何がどうなっているのか終始「?」しか浮かばない芝居に対して、何かを解釈することなどできはしない。
私が観劇中に思ったことと言えば、
職員役の人たちってずっと怒鳴ってるけど喉枯れないのかな…。
職員達はなんで始終「バカ!」とお互いに罵倒しあってるんだろう…。
「人を殴ってお金をもらえるのは、ボクサーと施設職員だけだ!」って…凄いけど…そうなのかな…たぶんリアルな台詞なんだろうな…。
この女性が、過去に「何時何分に何処で何をしていたか」と問いつめられ続けたとはいえ、自分の行動を逐一手帳に「何時何分××」ってメモするって…明らかに精神を病んでるよな…。
市原悦子と木場勝己は、さすがに他の4人と比べて佇まいがよいな…。
そう、結局の所「知的障害者施設における子供の変死事件と、それに関わる女性職員の冤罪」というテーマを掲げた芝居でありながら、それに関する考察を何もさせてもらえなかった。確かに、冤罪と闘うことで崩壊しかけた女性の姿は見せてもらったが、それとて、「ってゆーか、こいつ、最初からヤバそうじゃん」と思わせてしまっている。
いったい、何がどうなっていたんだ。何をどうしたかったら、こうなったんだ。ああ、そうか。もしもこの芝居が、現在とか過去とか事実とか虚構とか、そんなモノはそもそも本人の精神の在りようだけで何とでも変化してしまい、確かなモノなんて無いんだ!という主張をしているのなら、うん、その目的は達せられているな。どにかく、わかんなすぎます、鐘下辰男(作・演出)さん!
終幕後、俳優が観客に一礼することもなく場内が明るくなり、戸惑ったままの観客のまばらな拍手も、向けられる対象を失って消える。「…?何?今の?」「わかった?」「全然わかんない!」そんな声が劇場の外に出るとぽつぽつと聞こえた。
こういう芝居は、あまり、見たくない。