自称☆芝居道楽委員会

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電車男

2005年8月16日(パークタワーホール)

(その1)

原作本は、電車男がエルメスとの最初のデートにこぎ着ける前までを斜め読みして、外野(2ちゃんねらー達)の異常な盛り上がりが面白いとは思った。だが、それ以降も読もうと思うほどの興味は無し。よって、舞台を観る前から不安はてんこ盛り。「2ちゃんねる発の純愛物語」などと言われても、ねぇ…。だから、何。それがどうした。私はウダウダ悩んでいる青少年が大嫌いなのだぞ。
では何故、興味ゼロの舞台を見に行くのか。こればっかりは義理と人情と惰性と成り行き(笑)

観に行くことは決まっているのだから、それなりに事前情報を仕入れた。演劇雑誌に掲載されていた武田真治のインタビュー記事も読んだ。エルメス(の声)役の優香がどういう番組に出ているのかも分かった。だが、どれだけ情報を入れても、全くウキウキしない。それどころか「ビミョー」な思いは募る一方。
初日があけて「面白い」「笑えた」などと比較的好印象の評判が聞えてきても、それでもなお期待が持てない。そもそも期待というのは、興味があればこそ抱けるモノであって、興味のないところに期待も希望もないのだ。

「電車男役の武田真治って、オタクにしていない時(つまり通常の状態)でさえ、私の趣味じゃないのに、どうしよう?」
「毒男(2ちゃんねるで電車男に助言?する独身男)の顔が背後のスクリーンに映るんでしょ?アップが正視に耐えかねたらどうしよう?」
「毒男がウザかったらどうしよう?」
「客席全員がウケているのに、私だけ笑えなかったら(何故ウケているのかわからなかったら)どうしよう?」
「周りが全員武田真治ファンで、『電車ガンガレ!きゃーーー(はあと)!』と、声があがったらどうしよう?」
「2ちゃんねる用語に怒りがこみ上げてきたらどうしよう?」
「アスキーアート(顔文字の類)が解読できなかったらどうしよう?」
「コナイ━━━━━(・_・)━━━━━! って思ったらどうしよう?」

 初日から1週間経ち、「連日アドリブの応酬で大いに盛り上がる!」という情報を耳にして、不安は更に募る。
「アドリブについていけなかったらどうしよう?」
「アドリブ合戦のしすぎで、上演時間3時間になったらどうしよう?」
「アドリブが面白いってことは、そもそもの脚本&演出は×なのか?」

まぁ、これだけ何も期待せずに見に行ったら、きっと1つか2つは「よかった!(想像より悪くなくて…)」と思える箇所があるだろう。

そして、結果。

コナイ━━━━━(・_・)━━━━━ッ!

場内はこれでもか!とばかりに、ドッカンドッカン笑っていた。それなのに、波に乗り損ねたらしい私は何一つ、本当に一箇所も笑えず、腕を組んだまま微動だにしない無表情で観ていた。まぁ、「『ごくせん』って何?」「優香って誰?」と言っているようなTVネタ音痴など、相手にしていないのだろうが。

役者に関する第一印象。
電車男(武田真治)の存在感薄すぎ。毒男6人の間に、あからさますぎる演技力の差がある。この舞台の出演者が別の芝居に出ることになったとして、誰の公演を見に行きたいかと問われれば、答えは「鈴木一真、河原雅彦、優香。」それ以外はノーサンキュー。

舞台中央には大きなスクリーン。ここに、発言者の顔のアップに重ねるように、書き込みの文字とアスキーアートが表示される。スクリーンの下が電車男の部屋。
電車男の左右に3階建ての部屋。これが2ちゃんねる住人・毒男達の部屋。
左手側は、1階がイケメン・サラリーマン(河原雅彦)、2階はデブ(脇知弘)、3階に映画オタク(佐伯新)。右手側は、1階が不潔な男(鈴木一真)、2階は中年のおっさん(モロ師岡)、3階に不登校中学生(千代将太)。

イケメン(河原雅彦)が進行係を勤める。最初はその2ちゃんねるスレッドを読んでいるだけ(ROM専)だったイケメンだが、電車男&毒男達あまりの慌てぶりというか盛り上がりぶりに、おもわず書き込みをしてしまう。この流れによって、イケメンと同じく観ているだけの立場だった観客を、物語の中に取り込むという手法。これは、正しい。この手法の発案者(誰?)、グッジョブ!
但し、ここでイケメンが初書き込みをするきっかけとなる、「HERMES」が読めない!のくだりが長すぎ。大喜利大会じゃないんだから、連想ゲームで白熱していないで適当に止めて欲しい。&初っぱなのイケメンの語り、大昔のヅカのような大げさには…引く。
台詞回しに癖があるのが耳障りだが、全体としてみれば、イケメンは掲示板に書き込むようになってからも、半歩置いたスタンスを保ち続けて毒男達の暴走を(辛うじて)コントロールしているように見えた。グッジョブ!

不潔な男(鈴木一真)は、ひたすらえげつない2ちゃんねる語を連発し、スクリーンにはアスキーアートが飛びまくる。しかも、生えかけの髭が驚くほど汚く、また、ゲッとなる表情でスクリーンに大写しになる。正視に耐えかねるとは将にこのこと。あまりの不潔さに、不潔な男の部屋は一切見ませんでした。それに、いつ不潔な男がスクリーンに大写しになるか分からないので、スクリーンも8割以上見ていません!
いやぁーこれだけ徹底した芝居をしてくれると、いっそ潔いというか、あっぱれというか。この役者についてはほどんど何にも観ていないけれど(唯一観ていたのは「何で諦めるんだ!」と部屋で大暴れする場面)、いつかちゃんと鈴木一真の(『電車男』以外の)舞台を観たいと思う。

エルメスの「声のみ」の出演だった優香。原作本を読んだ時には自分の中にエルメス像を描きかねていたのだが、優香の声を聞き、「嗚呼なるほどこれが、ちょっとムーミンに似た“エルメスさん”なのね」と納得できた。優香、よくやった!

中年のおっさん(モロ師岡)は、部屋の梯子にしがみつくような無理な姿勢で書き込みするなど、演技過剰・自意識過剰な場面が多々あった。だが、20年アレをしていないおっさんキャラクターは活きており、その点では評価できる。但し、それ以上でもそれ以下でもない。

デブ(脇知弘)、映画オタク(佐伯新)、中学生(千代将太)の毒男3人には、褒める箇所を見いだすことができない。まず、キャラが立っていない。そして、異常にエキサイトして声も枯れろとばかりに絶叫した挙げ句、実際に声が枯れていて台詞が聞き取りづらい。ぶっちゃけ「学芸会か?」と思ったよ…。3人まとめて人格一つ。不登校の中学生がデブって映画オタクになった。どうよ(笑)

デブは、ねぇ?デブってだけでキャラにはなってないでしょ。6人の毒男の見た目のバランスとして、1人くらいデブが欲しいが、だからといってデブがいなければならない必然性が感じられない。そもそもこのデブは、デブという以外にどういう性格づけがなされているのだろう。
映画オタクは、3階の狭い部屋をものともせず大暴れしていたが、ただそれだけ。残念ながら私は、彼が執着を見せていた映画に関する知識がほとんど無く、「1000人の村が…」の話も知らず、あの男が上半身を脱いで見せても全然「萌え」ないので、興味の対象外。
中学生のモノローグ場面は、画期的に浮いている。とってつけたようとは、このこと。これほどまで希薄な台詞、これほどまでに演技できていないことがモロバレな場面も珍しい。

※以下、「電車男」その2へ続く

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