素晴らしい指揮者が素晴らしい楽団を引き連れて演奏会を開くと聞き、何の迷いもなく目眩のするような金額のチケットを確保する。会場は日本で最高峰の音楽ホールであるサントリーホール。座席は、舞台を下手側真横から見下ろすLBブロックの2列目。
さて、今回はベートーベン『ピアノ協奏曲第3番』を、バレンボイムがピアノを弾きつつ指揮もする為、ピアノ演奏者が楽団を正面から見るかたち、つまりピアノ奏者は客席正面に背をむけるように演奏することになる。その配置のおかげで、私の席からはバレンボイムがピアノを弾く指先を真横から見ることができるのだ!嗚呼、なんて素敵なの。いいのかしら?何もわかっていない私がこんなよい席で鑑賞してしまって。
ベートーベン『ピアノ協奏曲第3番』(ピアノ:バレンボイム)
クラシック音楽のコンサートに行って、1曲聞き終わっただけで「もう一度この演奏を聞きたい!!」と思ったのはこれが初めての経験だと思う。演奏中に何度も鳥肌が立つような感激の波に襲われる。譜面無しでピアノを弾き、オーケストラを指揮するバレンボイムの気迫。客席に攻め込むような音楽。ベートーベンはやっぱりこの力強さが良いのよね。
ピアノ演奏の無い第1楽章で、ピアノの左側に立って指揮していたバレンボイムの手が、コンサートマスターの譜面台に触って楽譜を落としてしまったが、コンマスの相方が慌てず騒がず楽譜を拾う。うわー、こんなことも起こるんだ。
アンコール:シューマン『幻想小曲集』OR12-1夕べに(ピアノ:バレンボイム)
アンコール曲はバレンボイムが客席に向かって「シューマン、ユウベニ」と告げて始まる。時には寄せては返す波のような、時には小川のせせらぎのような。
休憩時間の間に、ピアノを舞台袖に下げ、オーケストラの構成もフル・オーケストラ用に椅子を加える。舞台のひな壇って、6分の1分割(?)の単位でせり上がっているんですね。つまり、中央に設置されていたピアノを舞台袖に移動させるときに、ひな壇の一部(6分の1?)がセリ下がって平らになり、そのスペースを使ってピアノを動かしていったのですよ。なるほど、そういう仕組みか。
コントラバスの人たちは休憩時間の途中に楽器を持って登場。座り位置を調整したり、調弦したり、楽しそうにおしゃべりしたり、譜面台の位置が気に入らないらしくスタッフに何やら訴えたり。その様子を見ていたら、くるくるパーマの青年と一瞬目が合ってしまった。びっくりした!
シューマン『交響曲第2番』
シューマンの交響曲を聴きくのはたぶん初めて。シューマンって大人しそうな曲?と根拠不明の想像をしていたのだが、その勝手な妄想は最初の1音からガラガラと崩れ去った。せめぎ合い、ぶつかり合い、競い、うねり、高まる。なんてパワフル。音楽がホールを包み、ホールが音楽に取り込まれ、細胞の1つ1つに音が染み込むよう。
バレンボイムの鋭く繰り出す指揮棒に、オーケストラが倍の気合いで音を返す。1st、2nd、ビオラ、チェロの間を音楽が駆け抜け、重なり、そこにコントラバス奏者は全身を振るわせるようにして低音のリズムを響かせる。管楽器は息の限りにメロディーを紡ぎ、ティンパニーが要所を締める。オーケストラは、音楽は、生きている。このような音楽を前にしては、いかなる言葉も無力だ。
残念だったのは、バレンボイムが指揮棒を振りきったとたんに「ブラボー」の声があがったこと。こういう時こそ余韻を楽しませてください!
カーテンコールの途中で、アレンジメントの花が舞台に運ばれる。バレンボイムはそこから1本(ピンクのカーネーション?)を抜くと、コンサートマスターに渡す。そしてもう1本抜いて、おや?奥の方に誰かいるの?と思ったら、女性のチェリストに渡していた。ああ、そうか。彼女は日本人なので「凱旋おめでとう」の意味なのだね。
アンコール:ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と愛の死
重厚にして壮大。舞台から沸き上がり、満ちてゆくような音楽。この場に立ち会えることの幸せ。理由が分からないままに涙が出そうになる。
終演後、「絶対にどこかで聴いたことある、知っている気がする」と、悶々として出口に向かい、アンコールの曲名を確認する。ああ、そうか。『トリスタンとイゾルデ』か。オペラも観たいぞ。
そうそう。アンコール後のカーテンコールで、舞台後ろ側の客席に対しても楽団を向かせて礼をしたのはよかったね。そして、団員が後ろを向いている隙に、コンマスの肩をたたいてそっと舞台からさがるバレンボイム。おちゃめだ。
どうしよう。まだ19日夜と、20日昼の公演(プログラムは異なる)があるのだ。チケットも残っているらしい。お金を気にせず真の道楽が出来る身分になりたい。