11月に文学座の『リチャード三世』を観て、なかなか面白い芝居だと思ったのだが、どうしてもラストが気に入らなかった私としては、蜷川幸雄演出の市村正親リチャードを観ないわけにはいかなかった。
結論から言えば、気になっていたラストは、今回の演出が気に入った。
勝利宣言するリッチモンドの台詞に容赦なくかぶさるビートの効いた音楽。その勝利の言葉さえ無意味だといわんばかりの音量で、台詞は全く聞き取れない。上手から現れた馬(歌舞伎に観られる馬と同じで、二人が馬の張りぼてを被って前足と後ろ足になるやつ)が、ばたりと足を崩し、のたうって死ぬ。舞台には上から馬、赤や白の薔薇?の花束、果物?などがどさどさと落ちてくる。オープニングと全く同じ演出だ。つまり、支配者が変わっても、歴史は繰り返すという強烈な皮肉。
ラスト手前でリチャード三世が亡霊に苦しむ場面も、それまでのリチャード三世がどこか精神的に高ぶっている感じが強く出ていたので、それほど違和感は覚えなかった。
市村リチャード、味はあったけど、でも私は文学座の江守リチャードの方が好きだったな。市村リチャードは、策士としての凄みと愛嬌の移ろいがあまりに流れるように鮮やかで、かえって何処までが演技で愛嬌を見せているのかわかりにくかった。まぁ、文学座公演の時は世田谷パブリックシアターで、日生ほど大きな劇場ではなかったから、それだけ舞台を近く感じられたってコトもあるけど。
しかし、途中、何度も寝ちゃいましたよ。あまりに酷い演技をする人が居るんで。マーガレット(松下砂稚子)とリチャード三世の母であるヨーク公夫人(東恵美子)!!
初舞台のアイドル歌手じゃないんだから、もう少しましな棒読みしてください。この二人の演技を観たくない・聞きたくないがために、私の防衛本能は睡眠を選んだよ。ふざけんな。せっかく王妃エリザベス(夏木マリ)が雰囲気を作っても、アン(香寿たつき)が健闘しても、この二人の老婆が登場し、台詞を口にしたとたんに舞台の全てが崩壊してゆくよ。だめ。何がどうって、体が拒否するくらいダメ。これだけへたくそな演技をする主要人物を観たのは、久しぶりだ。
あとね、これは舞台のことではないんだけど。私の後ろに座っていた奥様二人。開演前や幕間にどんなお喋りをしようと、それはその方の自由ですけれど、あまりにおべんちゃらを並べ立てた会話は不愉快だよ。しかも、いよいよ開演ってんで客電が落ちて、音楽が鳴って、舞台の照明が絞られても喋ってる。いい加減にしなさい。あなたのご主人が元会社役員だろうと、あなたの息子さんが国立大学の医学部に在籍していようと、海外旅行に年に何度行こうと、どんなにハイソぶろうと、お里が知れますよ。見苦しい会話ってのはあるんです。わきまえなさい。