自称☆芝居道楽委員会

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世阿彌

2003年12月11(新国立劇場・中)

1963年初演の山崎正和の大作!と言われても全くピンと来ない。が、坂東三津五郎、寺島しのぶという名前、そして世阿弥の芸能者としての苦悩を描いた台詞劇という内容を聞いて興味を持つ。新聞の劇評は誉めちぎりではなかったが、それだけに見極めてやろうという野心?が芽生え、当日券で見に行こう、と、そういうことになった。

で、何ですか、これは。ちっとも分かりませんでした。その場その場で語られる台詞は、最もらしく聞こえるし、言わんとすることも分からないではない。が、だから、何よ。「光があれば闇がある」「影が光になることはないが、影は常に光(あるいは実体)につきまとう」…って、ね、今更何を言ってるの。そんな一般論を悟るのに何で3時間もかけてるの。しかもその台詞の空疎なこと!全くコチラに響いてこないよ。

世阿弥(坂東三津五郎)が可愛そう!とか、葛の前(寺島しのぶ)頑張れ!とか、あるでしょ、普通。観ていたら誰かに肩入れしたくなるはずだよね。それが全く無いんだよ。
舞台上の人達が勝手に騒いでいるのを、完全に傍観している感じ。全然入り込めない。だって、役者が誰もいっぱいいっぱい何だもの。台詞を消化していないというか、自分の言葉として語ってない。だから、棒読みと同じように伝わらないんだよ、客席に。唯一存在感を示したのが巫女の老婆(倉野章子)だね。この役は深みがあってよかった。

一般論をず〜っと述べているだけで、差し迫って自分のこととして置き換えて考えられない。はっきり言って、脚本がダメ。現代性が無い。
普遍的なテーマであるとしても、それが今を生きる今の観客に伝わるように置き換えてくれなきゃ、わかんない。そのための演劇でしょ?初演当時はこの脚本で当時の観客を納得させることが出来たのかもしれないけど、残念ながら今は通用していない。演出も悪いんじゃないかな。特に最後の猿楽踊り?はミュージカル阿国か野村万之丞の大田楽か、って感じで妙に浮いていて、ちっとも能の発祥たる猿楽が大衆に受け入れられた感じには見えなかった。

このお芝居を最もらしく誉めた演劇評論家は、何をもってしてこれを誉めたのか分からないが、少なくとも私には何の感動も与えない、それどころか「何これ!?」の謎が渦巻いた芝居だった。

採点:★☆☆☆☆

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