自称☆芝居道楽委員会

2003年後半 <<芝居道楽録 <<HOME

HAMLET

2003年12月3日(シアターコクーン)

何と、これが初めての藤原竜也である。これまで逃しに逃しまくってきた経緯があり、今回は何としてでも観ねばなるまいと固く決意。当日券販売開始1時間半前から並んで、舞台側補助席中央ブロックを確保。道楽の神様はいつも私を導いてくださる。

通常の舞台を半分ほど客席側に押しだし、舞台後方に空いた空間も客席にしてある。つまり、舞台は2方向から観られているわけで、客席側・舞台側の観客はお互いを見つめ合う状態で座っている。ちょっと、くすぐったい。1幕目は舞台を囲むように金網が張られ、これで室内外を分けるような感じ。2幕目からは金網も取り外され、舞台上には俳優だけ。照明や音響の助けがあるとはいえ、2正面を相手に俳優はどこも隠すことが出来ない演技を迫られる。

何と云ってもダントツに藤原竜也のハムレットである。
ほとばしり出る台詞は、心の中の嵐が堰を切って溢れ出るよう。全ての感情が極限まで高められた末に言葉となったその台詞は、それを口にすることで己の思考をまとめてゆく作業のようだ。自分の考えを整理するための復唱の言葉ではなく、まとまらない想いを言葉に変えることでどこかに収斂させてゆこうとしている。独り言、あるいはつぶやき。体を投げ出し、髪を振り乱し、指折り数え、あるいは夢遊病者のように彷徨い、足下を見つめ、己の狂気と対峙している。

これまで何度か観たハムレットは、どこか計算されていた。止むに止まれぬ想いに突き動かされ、見せかけの狂気を演じていることがわかる。少なくとも正気半分、狂気半分。,br> しかし、今回の藤原ハムレットは狂気と正気を区別することすら受け付けていない。何故なら、ハムレットの中でさえ、それを明確に区分できないままに走っているのだから。

「生きるべきか、死ぬべきか」確かにハムレットは苦悩している。しかし、最終的にな自分の決着点ははっきりと心に描いているのであり、その道を歩むことへの悩みは無い。突き上げる激情におののきつつ、しかし自分の正義のために事をなそうという悲壮な想いが、圧倒的な迫力で劇場を覆う。こんなハムレットの前に、大道具も音楽も無用だ。

母ガートルード(高橋惠子)と叔父王クローディアス(西岡徳馬)が脇をしっかり堅め、ハムレットを茨の道へ導いてゆく。宰相ポローニアス(たかお鷹)も道化に徹しており味を加えている。ハムレットの相談相手ホレイシオ(高橋洋)は正直者らしく端正なのだが、もう少し押し出しが欲しいね。

オフィーリア(鈴木杏)は、演技分かり易すぎで冗漫。
ハムレットに「尼寺へ行け!尼寺へ!」と言い渡される二人の対決?シーンは、圧倒的な藤原ハムレットの前に、鈴木オフィーリアは芝居になってない。あの場にオフィーリアがおらず、ハムレットの一人芝居で「尼寺へ!」を演っても説得力在る芝居が観られるのではないかとさえ思ってしまう。狂ったオフィーリアは、単なる木偶の坊。芝居ですらない。

レアティーズ(井上芳雄)とオフィーリアが兄妹ではなく恋人のように見えたのは、何なのかなぁ。ハムレットを父ポローニアスの敵として剣の試合を持ちかけるくだりは、感情の起伏が綺麗に出ていて良かったね。

フォーティンブラス(小栗旬)はツンツン頭でインパクト大きいし、結局王位を継承するわけだし、出番が少ない割に美味しい役だよなぁ。

採点:★★★★☆

2003年後半 <<芝居道楽録 <<HOME