自称☆芝居道楽委員会

2003年後半 <<芝居道楽録 <<HOME

文学座「リチャード三世」

2003年11月5日(世田谷パブリックシアター)

流麗な日本語訳で知られる坪内逍遙訳の『リチャード三世』を、江守徹で。ということで劇場に駆けつける。実は世田谷パブリックシアターは今回初めて足を踏み入れたのだ。席は3階中央の最前列だったが、それほど舞台を見下ろすという感じも無かったし、大きすぎず見やすい円形劇場だなと云う印象を持った。

『リチャード三世』は、15世紀後半に30年以上に渡ってイギリスの貴族層を二分した薔薇戦争を題材にした作品である。が、またしても世界史の知識貧困な私は、薔薇戦争という言葉は辛うじて聞き覚えがある程度で、薔薇戦争とはそもそも何なのかさっぱりわかっていない。ヨーク家とランカスター家と云われても、誰?それ?である。
しかし、実際の所、お芝居を観るに当たって薔薇戦争の予備知識が無くても十分に楽しめた。まぁ途中で人間関係というか家系が分からなくて混乱はしたが、それは私にとっては日常茶飯事なので(それもどうかとは思うが)気にしないことにしよう。

さて、事前の拙い知識によると、リチャード三世というのは稀代の悪人ということだったから、江守徹がどれだけ説得力のある悪人を演じてくれるのかを注目した。
が、想像を絶する悪人という妙な期待を抱いたせいか、それとも役作りのせいなのか、それほど悪人にみえなかった。
そりゃあ世間の常識からすれば悪人だけれど、「お主も悪よのぅ」な悪代官的な下卑たあくどさは感じなかった。多くの親族を蹴散らし王位に就こうとすれば、嘘も方便、殺しは当然、今日の味方は明日の敵だし、他人は使い捨てるモノ。リチャード三世は王位簒奪のために実に必要な手段を的確に講じているわけで、いっそ潔いというか。そう、私はこのリチャード三世に好感を持ったといってよい。ガキ大将がマンマ大きくなって権力を行使してゆく快感といってもよい。

これだけリチャード三世に心理的に肩入れしてしまったのは、実は、リチャード三世をとりまく人間に魅了がなかったことも起因しているかもしれない。 リヴァース伯(押切英希)や甥のドーセット卿(植田真介)などは誰がどういう立場なのか区別がつかない。母であるヨーク公夫人(藤堂陽子)に至ってはなぜあれほどまでに息子であるリチャードを毛嫌いして悪態をつくのか理解できない。そもそも兄王エドワード四世(岡本正巳)には王の覇気が感じられない。台本がそうなのか、役者が下手なのか、演出のせいなのか。

とまぁ、とにかく、リチャード三世頑張れ!な私にとって、ラストでリチャード三世が過去に自分が殺した人達の亡霊の悪夢にうなされるというシーンは納得がゆかなかった。あのリチャードが、今さら過去の行為を悔いるとは思えないし、亡霊など蹴散らすくらいの勢いをリチャード三世は持っていると感じたからだ。
だから当然、リチャード三世が革命軍?のヘンリー七世(粟野史治)に敗れるのも不満。

ってそんなこと云っても、史実として薔薇戦争はそういう結果になったわけだし、かのシェークスピアに楯突いてもしょうがないんだけどね。ただ、どうしても私はスッキリしなかったんだ。

採点:★★☆☆☆

2003年後半 <<芝居道楽録 <<HOME