自称☆芝居道楽委員会

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こまつ座「頭痛肩こり樋口一葉」

2003年8月23日(紀伊国屋サザンシアター)

たぶん、もう10年くらい前のことだと思うが、私は公共放送の舞台録画でこの『頭痛肩こり樋口一葉』と『泣き虫なまいき石川啄木』を見たことがある。
当たり前だがTV放送と生の舞台は違う。
TVではカメラからのアングルが固定されてしまい、画面も勝手にクローズアップされてしまう。必ずしも自分が注目したい人をカメラが追ってくれるとは限らない。また、大きな劇場で大がかりなセットで上演される演劇の場合、その舞台いっぱいに広がる豪華絢爛なシーンほど(全体をとらえようとすれば、カメラが引いてしまうので)ちっぽけになってしまう。
どんなに面白い舞台でも、TV映像ではそのおもしろさが半分も伝わないというコトは、ままある。それに、舞台の場合は見ることに集中できるが、TVでは目をそらすことが出来てしまう。だから、TV放送に耐えられる舞台というのはよほどに凄いと思う。
そして、昔見た『頭痛肩こり樋口一葉』と『泣き虫なまいき石川啄木』は、TV放送が成功した希有な舞台だったのだ。だから、どうしても、生の舞台が観たかった。

こまつ座らしく客席は小父様&小母様率が高い。
毎年お盆7月16日の樋口家を巡る数年間の物語。こういう限定された空間で、しかも少人数(6人)で人生の喜悲こもごもを描かせると、さすがに井上ひさしは上手い。盆の風物詩として何度も上演されているわけだ。

樋口一葉夏子(有森也実)の子供のようなクルクルと廻る表情。樋口家の戸主という重荷を背負い、何とかしなければともがく姿は、悲壮感があるのにコケティッシュだ。夢を語るときの瞳の輝きは、ちょっと眩しくて、羨ましいくらいだね。

母・多喜(大塚道子)と妹・邦子(佐古真弓)のやりとりは本当に自然。「故郷ってのはね、成功した者だけが帰れる処なんだよ」という多喜の台詞は、田舎者が江戸に出て武士になり、明治維新で没落したその樋口家の、キリキリ舞な現実を痛くついている。あ、一寸気になったのですが、「砂糖入り麦湯」って麦茶に砂糖を入れた飲み物なのですよね?暑い夏には熱い飲み物を、というのは昔の定番暑さ対策とは聞いてはいたのですが、いかんせん、味のイメージができなくて(苦笑)。

お鑛様こと稲葉鑛(久世星佳)の飛んだ斜陽貴族ぶりは、不思議な気品とおかしみがあって、生き生きと可愛い。「夫婦がそれそれの心の穴をいつも見つめ合っていてるのは可笑しい!」「冷や奴やさっぱりした浴衣を用意していることの何が悪い!」と、商売女に食ってかかる場面の意地というか張りはあっぱれだよね。劇中披露する童歌(?)や、御霊様(幽霊)となってからの「心の穴からこぼれ落ちる♪」の歌声は、さすが元ヅカのトップ。

中野八重(椿真由美)は判事の妻という栄華があったからこそ、女郎に身を落としたときの伝法な物言いがすりきれていてよい。「何でとがめないんだ!なじればいいだろ!」と苦界に我が身を置くことを恥じるが、しかし「男の人の心の穴を埋めてあげるだけのコトをしているんだ!」と言い切る。自分を支えるだけの誇りが無くては云えない台詞だね。

花蛍(新橋耐子)は怪演。単に笑わせるだけの人物(正確には御霊様)かと思いきや、「うらめしや〜」と恨むべき相手を特定できず、巡る因果で社会全部を相手取らなくては行けなくなる気の毒な役回り。それでも大声で社会批判をぶち揚げるわけではなく、あくまで怪演で押し切ってしまうあたりが上手い。実際、下手な役者が演じたら単なる悪ノリにしかならないだろうところを、憎めない愛嬌として演じきっているのだよ。

いろいろ笑って、最後はホロリとなる。素敵な舞台だ。

採点:★★★★★

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