自称☆芝居道楽委員会

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ピルグリム

2003年1月15日(新国立劇場・中)

現在劇団公演封印中の第三舞台の1989年初演作をリニューアルしての上演である。1980年代以降の小劇場ブーム当時、劇団名や評判を横目に見つつ歌舞伎座に通っていた私としては、遅ればせながらの観劇ということになる。

それにしても、久々に訳の分からない舞台を観てしまった。物語の流れはわかるのだが、どうしてそうなってしまうのか、結局のところ何が言いたいのか、という決定的なところが私には理解不能だった。
「オアシスとユートピアは違う」
「あなたの共同体へ帰れ」
「目に見える自分と、目に見えない自分」
「必要とされている自分だから、抹殺する」「生け贄」
「死ぬことになんか意味はない」

いかにも何かを訴えようとしている台詞。「ユートピア」や「オアシス」といった言葉に幻想を抱き、自らが理想とする共同体に参加することを憧れる人々への警鐘らしき設定。
それなのに、この舞台を観て「ああ、なるほど」と心にストンと落ちる何か、が、全く感じられなかった。ひたすらに「?」マークの連発である。多分、悲劇的な状況を喜劇的に見せているのだろうとは察するのだが、だからといって哀しいとか、絶望とか、諦めといった感情が浮かぶわけでもない。何も響かない、何も残らない。

売れない流行作家(ん?何か矛盾した表現だが…)六本木実篤(市川右近)は時々台詞が猿之助節になりつつ、ひたすらユートピア&オアシス幻想に悩んでいる。
編集者・朝霧(富田靖子)とペンギンのグッド・モーニング(富田)は解説者として位置づけられているようだがその解説の意味分からない、ついて行けない。
ゲイの直次郎(山本耕史)が六本木を愛しているのは分かるが、姉さんの存在が繋がらない。
小説の登場人物達(高岡蒼佑、宮崎優子、天宮良、佐藤正宏、山下裕子、三国由奈)については行動理念は分かるが背負っている業が見えてこない。
唯一、存在そのものがワケ分からないなりに言っていることが理解できたのが黒マント(大森博)。

役者は揃っているし、鴻上尚史の作・演出となれば期待するなという方が無理な相談だよ。しかし、このていたらくでは感想の述べようがない。嗚呼。

採点:★☆☆☆☆

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