演出:蜷川幸雄、音楽:東儀秀樹、出演:麻実れい・野村萬斎という注目の舞台だけあって、当日券販売の1時間半前で約30番目、いつもの(笑)立ち見席です。
それにしても、最近の萬斎人気は凄いものがありますね。彼の出演する舞台はことごとく「前売り完売御礼」らしいです。ま、ど〜せ休みの日がハッキリしない私は専ら当日券の女なわけですけど。で、因みに、今回のお目当ては麻実れいです、念のため(笑)
さて、野村萬斎がかなりクセのある演技でオイディップス王を演じていた。鮮やかにマント?を翻し、時折見せる斜に構えた表情、カチッと決まる見得のような型のような仕草、豹変する声色、それらがオイディプス王の心情を余すところ無く伝えている。が、あの独特な、食わせモノな台詞回しが、あるいは一寸鼻につくかも。そして、残念なことに、時々、何とはなしに、その演技が全体から微妙に浮いているような、そんな感じがしたのも又、事実。
麻実れいはさすがの貫禄。登場シーンはさほど多くはないものの、女王・母・妻・女、その全ての要素であるところの圧倒的な包容力のようなものをみせつけてくれたよ。不安に胸かきむしられる野村オイディプスを抱きしめる麻実イオカテスは、本当に慈愛に満ちており美しかった!!そして、気高く凛と響き渡る声の麗しさよ。
その他の役者も声が響いていてよかった。特に、つぶやきや押し殺した台詞、あるいは客席に背を向けた時の台詞であっても、客席に十分に通っていたのはさすがだね。
声と言えば、コロスが、何だか各々の声が個性を主張しすぎている感じがした。
例えば『子午線の祀り』とか『王女メディア』のように、個性の消えた声の集団としての棒読み寸前のコロスであった方が、群衆の祈りや動揺のようなものをよりいっそう際だたせた、と、思う。彼らの存在こそが、物語が単にオイディプス王の宮殿内での惨劇ではなく、テーバイ国全土を覆う悲劇であることを示すのだからね。コロスはあくまでコロス。せっかく麻実れいを除く全員が男性という配役で、その男性ならではの重低音を響かせるなら、某という個人的な識別が出来ないほうが、つまり、声色の個性さえ滅失させた方が、いいような、そんな印象を持った。
東儀の音楽は、よかったんじゃないかな。赤い衣装をまとい、坊主頭のコロスが笙モドキを吹きつつ客席後方から舞台に上がる場面では、チベット系の神々の行幸を観たような気がしたね。
あ、あと、何だか気になったのが、両目を潰したオイディプス王登場後、舞台から客席に向かって張られた布付きロープ。「あれ?デジャブな気がする」と思ったら、そうか、流山児★事務所『狂人教育』で類似したロープが舞台上に張られたんだったな。
全体としては、予想通りのできばえ。でも、予想を覆す上出来という程ではない、ってところかな。
そうそう、本日は演出の蜷川幸雄さんが1階後ろ(正確には中2階)の音響コーナーで舞台を観ていました。