自称☆芝居道楽委員会

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Studio Life「トーマの心臓」

2001年1月3日(シアターサンモール)

シュロッターベッツの制服で役者さんが切符切るし、購買部と称する売店でシュロッターベッツ学院マグカップを売っている。客席に入れば「シュロッターベッツへようこそ」で、席を案内してくれる仕草はちょっとホストクラブしてるし、特に今回は舞台挨拶&お見送りつきで…噂通りの凄い世界だ(笑)。
『訪問者』の時よりもディープだよ。左右に役者が並んだ劇場出口の階段でおもわず視線を伏せたのは、役者の顔を見たら笑い出してしまいそうだったからなのだ(笑)。濃いファンが多かったようだが、変に演劇ズレしていたり、キャアキャアしていなくてゆったり見られたのはよかった。

作品はきちんと萩尾でありStudio Lifeになっていた。
私には相変わらず、何故トーマが死んだのか分からない。けれど、「許していた?」「僕はただ待っていた、それだけ」のシーンでユーリが涙して、もう一度神の前で祈りたくなった理由ははっきり分かったと思う。許すとか許さないとか、そんなことはたぶん、罪の意識のある人間(この場合はユーリ)の側の問題で、愛しているという(オスカーの)感情は、その対象であるユーリやミュラー校長といった存在そのもの・魂に向けられている。ユーリにはそのことがわかったんだ。
…って、いや、そーゆーことは原作にも言葉として書かれていたけれど、イマイチ理解できなかった。それが、舞台を見ていてぶわーっとわかったのだよ。
で、原作読んでいたときはエーリクの強引さがユーリの心を解いた(つまり、エーリクの「僕の翼をあげる、それで君はトーマと…」でユーリはトーマの愛が分かったのだ)と思ったけれど、やっぱり決定打はオスカーだったンだね。…ってこれも、今頃分かったのだ。私って読解力無さ過ぎ?

ユーリのあの告白はエーリクに対して語られたけれど、それはエーリクを通してトーマに語ったのであり、それはつまりトーマというアムールへの告白。神の御前での祈りの一歩。エーリクの頬へのキスはトーマをはじめとして「ユリスモール愛してる」と言ってくれた全ての人への感謝だな、たぶん。

だから、つまりね、オスカー(笠原)がよかったのよ。煙草を吸う仕草が格好いい!ってミーハーな理由もあるけど(笑)それより何より、『訪問者』との連鎖上演で幼少時のオスカーが描かれている(つまりオスカーの役にはきちんと過去がある)ぶん、それに立脚して感情が動いていて、いかにも演技が自然。オスカーの演技は全ての役者を上手に助けていたと思うね。
オスカーという役に深みが出ていることは、ミュラーが絡むシーンで如実だ。エーリクの母が事故死したことが伝えられたシーンでの「僕の父は、銃声がした1秒後にこう言いましたよ『あの部屋でママが死んでいる、入ってはだめだ』」という台詞。そしてミュラー校長が倒れたときの告白の言葉「僕の望みはね、気づいてくれることなんだ、君(ユーリ)でもミュラーでもいいから、僕が愛しているってことに」の台詞。これらがちゃんと、『訪問者』を踏まえた感情として素直に流れている。

またユーリに対しては、本当にイイ委員長だった昔のユーリ(「大丈夫だよ、オスカー、すぐに慣れるよ」『訪問者』)を知っていて、あのユーリに戻って欲しいと心から願うオスカーの、祈るような切なく優しい愛情が溢れている。原作でも私が贔屓にしているオスカーとバッカス(船戸)のサイフリートを巡る会話のシーンも、ユーリを見守る人としての二人の優しい感情がぶつかり合っていた。

オスカーのベストシーンを挙げれば、フェンシングでの「たいしたことないって分からせてやれよ、ただの昔の火傷のあとだって!」
ユーリの過去をバッカスに探り当てられた「あの時学院に残っていたのはユーリと…」「…!!」「見張られていたのはユーリだったんだな」「バッカス!!きみらしくもない!」
ユーリに過去を語る「グスタフ親父が僕に最も優しくしてくれた時間だった」かな。
あと、おまけ?で、一番電車で戻ってくるユーリとエーリクを駅に迎えに来たときのオスカー。ユーリへの愛が溢れてるよ(笑)。

さてユーリ(山崎)。食われているというか、ユーリなんだけど、いまいち演技がカクカクしているというかナヨナヨしているというか(苦笑)。ユーリはオスカーとは又別の意味で思い入れの強い役なので、評価が厳しくなってしまうぞ。
まぁ、ユーリが一定レベルを保っているからこそオスカーやエーリクが活きて見えているわけで、そういう意味では確かに及第点のユーリではあるけれど、なんとなくどこか掴みきれていない役者の迷い?があって、それがクサイ演技になって表れている。
膝を揃えて固まるシーンと、じっと手を見るシーンがやたらにあるような…(笑)。呆然と椅子やベッドに座り込むシーンでは、軽く脚を開こうよ。あとね、少なくともラストでバッカスからコーヒーをご馳走になるシーン、マグを両手で包むようにしてコーヒーを飲むのは、あれは、あの場面のユーリではないよ。あそこのユーリならマグで両手を温めることはしても、飲むときはマグの底に手を添えるだけなンじゃないか?

ユーリのベストシーンは、外出するエーリクとの立ち話「君僕のこと殺すっていったよね、いつ殺すの?」「いつでも」
教師をむち打とうとするエーリクに割って入って「逆の権限は生徒には無い!」
なんか、こう、ピーンと張りつめて頑張っているときのユーリがいいかんじだった。
あと、カーテンコールで柱にそっともたれかかったユーリが、オスカーの笑顔につられて横に並んで微笑むところ。本編ではオスカーとユーリがお互い笑っているシーンが無いだけに、ファンサービスとしてうれしかったぞ。

エーリク(深山)はひたすら突っ走っていた(笑)。
エーリクのベストシーンは、原作では印象が薄かったけれど、エーリクが片足の義父(楢原)と会うところがしっとりしていてよかった。あとは…「ルネサンスとヒューマニズム」を見られまいとオスカーと追いかけっこになって、バッカスに後ろから抱き上げられたところと、りんごの静物画でブチ切れるところも。いやー、チビで可愛い(笑)。

そういえばラスト「君、僕(ユーリ)に翼をくれると言ったね」「前言撤回!髪の毛一本やんない!」で笑いが漏れていた。
笑うところじゃないよ!と憤慨のかたもいらっしゃるようだけれど、あの時の笑いは吉本見て笑う笑いとはちがって、エーリクがユーリを自分のもとにとどめておきたくて、本当にルベベ(赤ちゃん)のようにだだをこねるところが愛らしくて、思わず「ほぅ(ハート)」って漏れた笑いだと思うな。それだけあの台詞は活きていたんだよ。

あ…で…さぁ、レドヴィ(石飛)って一寸、ストーカー入ってない?(笑)うわー、石を投げないで下さい。

煩悩入りまくりの感想だ。(汗)でもね、下手するとアッチ系少年愛のヤバイ話になりがちな「トーマの心臓」という少女漫画を、男性の役者さん達が「魂救済の物語」として原作の雰囲気を大切にしながら演じてくれたことが驚きで、そして、嬉しい。
この劇団でドタバタ喜劇も見てみたい。

採点:★★★★★

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