昔から童謡にあるやうに、往きはよいよい帰りは怖い、これを称して天神戦法と言ふのだ、覚えておけよ。 ......白土三平「影丸伝」
Manuela Maleeva 、ブルガリア人の名前をどうカナ表記するのが適当なのかよくわからないが、好みに従へば、マヌエラ・マレーヴァ、のことをふと思ひだした。新聞などではマニュエラ、またマレーバ、マリーバ、などとも書かれて居た。80年代に活躍したテニス・プレーヤーで、テニスに興味のないわたしでも知つてゐる位有名なマレーヴァ三姉妹の長女。東レの大会で二年連続優勝した頃のマヌエラはまだ17才か18才だつた。
試合での粘り強さ、そして「哀愁のマレーヴァ」と呼ばれた憂ひ顔。なんだかいつも涙をうつすらと浮かべてゐるやうな表情なのだ。勝つたつて別に跳びはねて喜びを見せるやうなことはしない。普通、喜怒哀楽をストレートに表現することは多くのひとに好まれる。特にスポーツの世界では、ガッツ・ポーズを観客は大層愛す。普段ポーカー・フェイスなひとが、珍しく感情を外に表すと、たつたそれだけのことが新聞の一面または太文字の見出しに躍り出る。だからスポーツつてきらひなんだ。マヌエラは例外であり、このやうな異色を好きにならないわけがあらうか。
わたしは11才から13才の頃には剣道部に居た。あまり熱心にやつてた訳でもないが、なにしろ白土三平の影響によるものだ、忍術部があつたらそつちへ行つただらう。ともあれ初段はとつた。白土劇画風な剣捌きをいつも考へてゐた。驚くべきことには幾つか他校との試合で、それで勝つたことも二度三度。もしかしたらそこそこ強かつたのかも。だが一学年上にやたらと凄いひとが居り、このひとだけは大の苦手だつた。なにが嫌かつて、やたらと変な声を出す。キョエエ!とかアイャヤ!とか脳天から恐ろしく突き抜ける甲高い叫びを発する。こんなもの、反則ではないのか。面と向かつて受ける身にもなつてみ、と言ひたかつた。
けれども、言へなかつた。何故なら、声を出すことは、それがどんなものであれ、やる気、闘志のあらはれであるとして、絶対的な支持をとりつけ、肯定され、殆ど脅迫的に推奨されてゐたことなのだ。もつと声を出せ、といつもわたしは怒られてゐた。ごめんよ、おめーん、とさへ叫びたくなかつたのさ。バスケットのやうな団体戦ならばそれは意味のあることだらう、だが個人競技だぜ? と疑問をもつてゐた。常に冷静でありたい。醒めて居たい。剣をふるふことは、命のやりとりなのでせう? と今なら言へるが、その頃は言葉で上手く表現できなかつた。結局その違和感がわたしを剣道から遠ざけてしまつたのかもしれない。だつて白土三平のはとてもクールだつたんだよ。
その後何年かたつて、異様な声の剣士と街でばつたりと出合ふことがあつた。剣の道では相容れなかつたが、普段は仲がよかつた。「忍者武芸帖」の話はよくしてゐた。そこで昔話にやうやく、あのこゑはいくらなんでも、と問ひかけると、彼は遮つてかう言つた。「ばーか、お前のことなんざお見通しなんだよ、重太郎気取りのやつには一番効くんだ、お前とやつた時だけだよ、あんな気色の悪い声を出したのはな、俺だつて厭だつたんだ。ま、悪く憶はないでくれよ。」……いいえ、思ひはしない。己が未熟だつたことを悟るのみだ。なにより、夙流変移抜刀霞切りや唐忍法波の鼓を真似て臨むわたしを、ふざけるな、とまづ一喝、牽制したのは他ならぬ彼なのだつた。
聞こえなかつたのかね、ダミット君、こちらの方が「エヘン!」と仰有つてゐるのだよ。 ......E.A.ポオ「悪魔に首を賭けるなかれ」
オーストリアの名女優、マリア・シェル Maria Schell のベスト・スリーを選ぶとすれば、ルネ・クレマンの「居酒屋」(1956仏)、ルキノ・ヴィスコンティの「白夜」(1957伊)、そしてリチャード・ブルックスの「カラマゾフの兄弟」(1958米)、この三つをあげる。ポートレイトで見ればゲルマン系の美人女優に過ぎないが、フィルムで観れば、なにより、その愛くるしい笑顔に魅了されてしまふことだらう。ヴェネツィア映画祭で主演女優賞に輝いた時には、彼女がほほゑむと皆、とても幸せな気分になる、だから、悲しむのをみると、誰だつて大粒の涙を流さずにはゐられない、とまで世に言はしめた。
16才の頃、たまたま、魔がさしたか、何の予備知識もなく観た映画で特に強烈な印象を残したものとして、フェリーニの「悪魔の首飾り」とマリア・シェルの「カラマゾフの兄弟」とがあつた。どちらもTVの深夜映画での出会ひであり、これらをきつかけにわたしの映画狂時代が始まつた。思へば70年代の深夜には、どのTV局も何故か30、40、50、60年代の映画を毎晩競ふかのやうに二本立て三本立てで放映して居た。まだ Video など無い時代、名画座でも滅多にお目にかかれない、古い、玉石混交のものを連日、時には朝方まで見続け、そのまま学校へ行くこともあつた。試験の前日も、や、今夜はベルイマンの「第七の封印」があるなと気がつけば、迷はず教科書を投げ捨てた。千の星を越す名作や駄作の数数を今も憶えてゐる。SF、アクション、スパイ、歴史、戦争、恋愛、怪奇、妖怪、怪獣、文芸、ミステリー、スリラー、お色気、ナンセンス、国籍、時代、ジャンルを問はず、とにかくなんでもかんでも視て居た。
深夜映画で知り興味を覚えたものが、映画館でかかつた時には極力出向いて観るやうにした。やはり大画面の迫力と、暗闇と、見知らぬひとびととの共有感覚は得難いものであり、また、まだよく知らぬ街を、映画館を訪ねて彷徨ひ歩くのも楽しかつた。マリア・シェルで言へば、80年代に、神保町の岩波ホールで「居酒屋」、六本木の俳優座ナイト・ショウで「白夜」のリヴァイヴァル上映があつた。ことにヴィスコンティの「白夜」は長い年月を上映されずに過ごし、幻の映画とも呼ばれて居たものだつた。なにしろ見る手段がない。商業映画には、版権といふ厄介なものがあつて、リスクを背負つて買ひあげ配給上映したとしてもそれには期限がついてゐる。契約期間が過ぎればそのフィルムは破棄しなければならない。焼き捨てるのだと聞いた。巨匠の作品であらうとなからうと、これも商売である以上、即効的に興業成果の見込めない古いもの、マイナーなもの、忘れられたもの、話題性の乏しいものなどはなかなか観られないことになる。それも、まあ、道理ではあるのかもしれなかつた。
ヴィスコンティは70年代後半の同性愛(美少年)ブームにのつて、広く一般少女たちの関心をも招いたが、「揺れる大地」や「若者のすべて」といつた堂堂たるリアリズムの作風や「夏の嵐」の強烈なドラマ、「ヴェニスに死す」の殉教美学、「地獄に堕ちた勇者ども」や「家族の肖像」 の頽廃、沒落譚、それから白鳥の狂王、といつたある種のわかりやすさから離れた、ドストエフスキー原作の「白夜」のやうな小品はあまり話題にはならなかつた。「白夜」とは、先づ、マリア・シェルが少女であつてこの上なく可愛いこと。敢へて言ふのなら、ここにつきるだらう。
少女は雪の降るヴェニスの橋の上で、毎日、いつ帰るとも知れぬ恋人の水兵を待つて居る。そこへ或る男(マルチェロ・マストロヤンニ)が通りがかり、少女に恋をする。主な登場人物はこの二人だけでほとんど舞台劇の様相を呈す。嗟嗟、可哀相な三枚目のマストロヤンニ。観客は、結末が容易に推測出来てゐるにもかかはらず、どうしたつてこの最高な彼を応援したくなる。少女がやうやくこの男に惹かれだしたと云ふまさにその時に、かの水兵(ジャン・マレー)が姿を現はす。少女は迷はず、さ、と昔の男の元に走つて行く。ここで観客は叫ばずにはゐられない。ふざけるな、ジャン・マレー! とつととをととひに帰れ! これほど嫌な男が他にゐるだらうか、いいや、居やしない! とまで断言させる。噫、すなはち、これがマリア・シェルの威力なのである。
このマリア・シェルにわたしはファン・レターを出した。「カラマゾフ」を見て直ぐに送つたから高一の時で、勿論ラヴ・レターのつもりで書いてゐた。誰もが、よせよせ、無駄なことさ、と言つたがすでに投函してゐた。さうしたら、返事は来たのである。よいですか、えへん、マリア・シェルからわたしは手紙を貰つたのですよ! ブロマイドにサインと共に「あなた可愛いわね。好きよ。」と書かれてあつた。暫く、ずうつとずううつと持ち歩いて居た。謂はば、維納の16才の少年が伝説の大女優、原節子さんに恋文を書いたら返事がきたやうなものなのだ。これは後、いにしへの新宿アートシアター支配人、かの葛井氏もお墨をつけた、稀なことなのである。よござんすか、稀有なことなんですよ、もしかしたら日本人では、少なくとも未成年の分野では、たつたひとりきりのめでたさであるかも知れないくらゐ。
そのころ、70年代、九州長崎に今は幻の「フラワー・チャイルド」といふジャズ喫茶があつた(現在も同じ場所にあるらしいが全く別の店、同名異店なので御注意のこと)。旅行中、偶然そこへ入り、マスターが映画好き、さらに映画通の定連が集まつて居たのを知つて、マリア・シェルの話をもちだすと、子供のくせにジャンゴ・ラインハルトとマリア・シェルだつて! とやや細めの眼光が集中した。そこでこんなんのもありますけど、とマリアちやんからの手紙をお見せする。たちまち目が丸くなり、ほどなく、へへえ、と一同一歩下がつてひれ伏した。すなはち、これがマリア様のご威光なのである。そしてこのひとたちとは長く親密なつき合ひが始まつた。行方不明のルイ様、映画ジャーナリストとなつた滋様、詩人の高橋睦郎さんと仲良くなつてからわたしのことなど忘れてしまつたらしい棗堂御主人英八様、人妻となつて色色あつたらしいともこ様、近ごろはいかがお過ごしで御座候 微風の如く魔風の如く、今も昔も我が懐かしき。
さらにはまた、花の青山学院下、国道246沿ひにあつた、これも杳かに幻のロック喫茶「地球の子供たち」にて、さる女の子とザッパを聞いて居た時、唐突にストレート球を投げかけられた。ねえ、誰かつき合つて居るひと、ゐる? ああどきどきする、この球種が苦手だつたわたしは思はずカットする、マリアつてのがうちには居りますけれど……。さうしたら意外とボールはまつすぐ伸びて行つたらしい。お元気ですかね、黒づくめ、しろがねの杏さま。要するに、これがマリア様の観音力といふものなのだ。ふと思ひだしたが、三島由紀夫は、師と仰ぐ川端康成との往復書簡のなかでこんなことを書いてゐた。ニューヨークで、グレタ・ガルボと会つたらしいのだ。「大感激でした。」とな。でも、でも、手紙をもらつた訳ではありますまい。
思へば、この世の幸福の代りにもつと大きな法悦があつたのだ。 ......フローベール『ボヴァリー夫人』伊吹武彦訳
取留めもない、また、同じやうな話で恐縮ながら、昔、各界の識者による恐い映画ベスト・テンを特集した映画雑誌があつた。その輝かしい第一位は中川信夫監督の「東海道四谷怪談」であり、澁澤龍彦も種村季弘もこれを一番に挙げてゐた。そして、え、さうなの、と意外に感じたのを憶えてゐる。髪梳きや戸板返しなどの怪異さよりも、怖ろしいのは人間の心だ、といふのはよくわかる。また中川版四谷怪談はそこそこよくは出来てゐる。けれども、はたしてベスト・ワンに推して良いものか、少年の日のわたしは釈然としなかつた。
もし、ヴィリエ・ド・リラダンの短篇「ヴェラ」が正しく映画化されたならば、わたしは何を措いてもこれを、怪奇や幻想の冠を外しても、至上のものとするだらう。この物語を地で行きたいとも思つて居た。しかし映画化されてない現状では、フェリーニの「悪魔の首飾り」を一番としよう。もつとも、よく考へてみれば、これは奇異で異様であるかもしれないが、決して恐くはない。やはり願望、理想的な物語であると云ふべきなのだらうか。
怪奇幻想映画のことなら何でも知つて居た映画評論家の故佐藤重臣氏は、こんな話題になつた折りに、「若い頃はね、それあ誰しも怖くて綺麗なこの世ならぬものに夢中になるよ。でもねえ、年とつてくると、なんだかそれはもう良いや、といふ気にもなつてくるんだなあ。」と言つた。「それはどうしてですか。」と問ふと、「さあ、なぜなんだらうねえ。みんなさう言ふよ。心底恐ろしくなつてくるのかもしれないね。ほつほ。」とほほゑむばかり。
戦場と化した故国を脱出し、ヴィレッジ・ヴォイス誌に映画日記を18年間書き続け、「リトアニアへの旅の追憶」 Reminiscence of a Journey to Lithuania で個人映画といふジャンルを確立したジョナス・メカスは、また独特な怖い映画をも作つてゐた。1964年の「営倉」 The Brig は米海軍の刑務所に於ける非人間的な日常を描いた、オフ・ブロードウェイ、リヴィング・シアターの演劇を、肩に担いだ16mm カメラで俳優と共に走り回りながら撮影し、メカス自身の視線で再構築した映画だが、この怖さは並大抵のものではない。自由などなにもない世界、或はひとを支配し服従させることのおそろしさをここまでシンプルに、しかし激しく描いたものは他にないかもしれない。
最近みた映画では、ピーター・ミュラン監督の「マグダレンの祈り」にこの種の恐さを思ひ出した。アイルランドにあったカトリックのマグダレン修道院での実話を基にした映画だといふ。マグダレン、即ちマグダラのマリアは新約聖書の福音書に出てくる人物で、一般には、元娼婦だつたがイエスと出会つて信仰の生活に入り、後に聖女となつた、と云はれてゐる。だが、四福音書を見る限り、七つの悪魔を追ひ出してもらつた、との記述はある(ルカ8:1-3)ものの遊女を指す直接の表現は見当たらず、諸説があるらしい。イエスの復活を最初に目撃したひとであることはどの福音書にも記されて居る。ついでに言へば、サロメも、マグダラのマリアと共にイエスの墓へ赴いたが、すでに復活したと聞き、恐ろしくなつて逃げ帰つた、などとマルコに書かれてゐる(16:1-8)。またサロメは十字架上のイエスを遠くから見ても居た。洗礼者ヨハネの首を所望するくだりは、全く世紀末風でない僅か数行に終り(マタイ14:6-12)、われわれの知るサロメ姫とは、殆どオスカー・ワイルドの筆力に依る。さて、それはおき、その名を冠した修道院とは、「墮落した」とされる女性が強制的に収監された場所なのだつた。
子供の頃、近所に魔美子さんと呼ばれ噂されるひとが居た。残念ながら話したことはなかつたが、とても奇麗な服を着て居たなといふ記憶がある。フェリーニに出てくるサラギーナのやうな存在だつたのだらうか、と後で思ふ。大学生の頃、シャンソン、ダミアの「歓びの街」を聞き、それが反語のタイトルであると知つた時に、なぜか久し振りにその魔美子さんのことを憶ひ出したが、ひとの心とはなんと残酷な部分を含んでゐるのか、とも改めて考へさせられた。名前といふものは、しばしば、陰に陽にその実体を照らし出す。逆のことを言つたりもする。
フランク・ザッパの1971年のライヴ盤に Magdalena といふ曲が収録されてゐる。ドアーズの The End、近親相姦のくだりを少し捩つたやうなところもある曲だが、マグダレーナといふ名の娘はシースルー・ブラウスを着ててそれをおやぢが見てな、などと云ふ歌詞がついてゐる。ザッパは歌が下品だから好きぢやないと言ふひとは多いが、文学的にみれば皮肉や風刺、冷笑、諧謔、ナンセンスといつたもので、そんなに嫌はなくても、とも思ふがそれはともかく、この曲のおかげで、反射的にマグダレーナ!とつい叫んでしまふのだ。
キリスト教は一宗教と云ふにはあまりに深く、生半可な理解は世界を偏狭にする。我が事に非ずとするのはその臨終の刹那まで待つてゐても損はない。少なくとも、文学や映画に興味があるならば避けては通れない。聖書を読まぬ読書家は、源氏を知らぬ歌詠みと同様、間の抜けた者となるだらう。信仰を別に置けばだが、それは嗜みなのである。日本人であつても、近代に於て、その影響を逃れて独自の世界を築きあげ得たのは泉鏡花ただひとりである、と日夏耿之介は言つてゐた。映画「マグダレンの祈り」に誰もがショックを受けると思ふが、信者でないから関係ないとは言へぬ、おそらく人間であることの最もきつい部分を突いてゐるのだらう。
俳優は皆良いが、いとこにレイプされて、被害者であるのに件の修道院に送られてしまつたマーガレット役のアンヌ=マリー・ダフといふ女優が特に見事であると思ふ。が、この映画で最も印象的・象徴的なのは無垢なひと(精神を病む)であるクリスピーナと云ふ存在かもしれない。この不条理な館でのあれこれは評論家諸氏がいろいろと書いて居るであらうから、わたしはクリスピーナについて語りたい。いや、……語ることなどなにもありはしない。ただ、最後の、隔離されたクリスピーナの完全に気の狂れた姿、あれはあんまりではなからうか。あの映像を插入する意味がどれ程有るのか。そこまで映さなければならないのか……。ここにきて、わたしのこころは耐へられず、滂沱と崩れ落ちてしまつた。
でも君の秘薬はあんなに強い力をもつてゐるぢやないか! ......アルベール・サマン『青き眼の半獣神』志村信英訳
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地球の生物を大別すると、単霊生物と複霊生物とになりますね。 ......水木しげる
恐い映画、と一口に言つてもさまざまだ。自らがその場に居ると考へれば、好ましいものとさうでないものとがある、とここでは大雑把に分けてみる。或は怪奇幻想映画とさうでないものと。詩魂の有無と言つても良い。恐い映画に好ましいものなどあるのかと問はれれば、それは夢の中の殺人鬼に追ひかけられるのなんて真つ平だが、たとへば、雪女と恋仲になる、といふのがあると答へよう。それだつていつか殺されちやうよと脅かされれば、でも相手が雪女なら仕方ないだらう、とも思ふ。何を他人がとやかく言ふのだ、と云ふ気にもなる。周りが迷惑するんだと怒られれば、どうしよう。それがこの世の摂理に反するから見過ごしては置けぬのだとまで言はれるのなら、かまはない、荒馬に逆立てた劍と共にこの身を縛りつけ、雷鳴轟く荒野にわたしを追放せよ。
とまあ、前前世紀のヨーロッパ風にこの種の物語を毒されて読むならば、雪女とは屈指のファム・ファタール、宿命の女に違ひなかつた。長老たちは理を正し、情に訴へ、戒めたいのだらうが、それは無理と云ふものだ。もはや止まりはしない。その人外のものが正しく描かれてあるならば、どうしたつて彼は破滅する。ひとりの頓馬が消えて去るだけならば放つておかう、だが残されたものたちは少なからぬ巻き添へを喰らふ。それだけは御免だとあれこれ言ふのもまた無理はない。この世はなんといつても生きて居るもののためにあるのだらう。
ただ残念ながら、映画の雪女にはろくなものがない。怪談映画として雪女は化け猫とならんで人気がかつてはあつて、何本も作られてはゐたが、どれもみな、危ふさと張り合ふまでの美しさに欠けてゐるのが致命的だ。女優のことを言つてゐるのではない。そもそも製作者が本気でないのだらう、こんな雪女ならご無用、としらけるばかりの気の抜けた神秘、怪獣映画のやうな特撮が延延と続いては、だれがこの魂を君にあげられる。中では、八雲の四篇を連ねた小林正樹監督の、雪女を含む「怪談」は異色ではあつた。しかしそれは武満徹の音楽に多くを負ふ。映画音楽は記憶に残つてはいけないんです、と武満は言つてゐたが、ならば小林怪談は、謬つた栄冠を戴いた傑作と謂ふべきだらうか。
怪談は、作家にとつては恐るべき腕競べの場とも言へるだらう。トルストイやバルザック、モーパッサンやメリメなど、一般的にはこの分野に挙げられぬ小説家も、どうしても一度は書いてみたくなるらしく、この手のアンソロジーには必ず顔を出す。他所で偉さうな人間観察とかをして居ても、こと幻想怪異のひとつもものに出来なくては、彼の描く人間とやらは信用できぬものとなる。怪しいものとなる。なぜならば、ひとは幻を視る存在だからである。リアルな幻影を冀ふ、さうした文章力を試されるのが怪談といふものなのだ。なぜ映画なら適当で済まして居られる訳があらうか。
一方の怖い映画、それは怪奇幻想の類ではなく、人間がいかに恐るべきことを考へ、実行するかを描いたものだとも言へる。もはや魑魅魍魎の出番はなく、人間が一番怖いものとなる。これはまた、二重の意味を持つだらう。当事者でない見物人である場合には、なんと酷いことを、と心を痛めてゐればそれはそれで良いことかもしれない。だが、そこに虐げられたひとが居るとする。そのひとは不条理の中に居るだらう。なんとか脱したい。しかしその後に、逆の立場に寄るとすれば、そのひとがまた同じことをする可能性もある。もし、ひとを支配出来得る特権的な地位に、変つて自分自身が新たに座を占めたとすれば、どうして今度は自分を含めない他のひとびとを支配しないで居られようか。これまでの散散な不条理の苦しみは、さうして手を変へ引き継がれ行く。や、そんなことがなければ良いんですけれども。
......有馬稲子の猫も良いのだが、これも見逃せない。橘外男原作、中川信夫監督、新東宝1958年の作。
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