座敷楼の歴史
- 貴族たちの出会い
平成12年春、あるライブ・イベントで棚村(ヴォーカル)が率いるカンサス・カバーバンド"PARADOXX"と平野(キーボード、通称:にわとり)が参加していたキング・クリムゾンのコピーバンド"ぷっちくり"が共演。
二人がともにジェネシス・フリークであることから、その場で意気投合。
ジェネシス・カバーバンド結成を約束。早速、メンバー集めに取り掛かる。
棚村からの誘いに旧友であるベースの末岡と蚯蚓団(スコーピオンズのカバーバンド)のギタリスト山田が合意。
しかし、この時点では末岡・山田はジェネシス・フリークというわけではなく、単に飲み会の前にスタジオに入って音を出したかっただけかも…。
唯一決まらなかったドラマーを平野がインターネット上で募集。
平野のもとに数人の応募があったようだが、正式に確定せず。そこに当時バンド浪人中の近藤が応募。
近藤は他のメンバーとの面識が全く無かったため、とりあえず飲み会で面接試験?。
場所は銀座で平日の昼間の3時。貴族の集いのはずが、いきなりタオルを首からさげた末岡など他のメンバーは全員私服で集合。そこにリクルート・スーツ姿で近藤が合流。
まずは不二家で貴族のお約束のティー・タイム。でも、末岡はいきなりパフェ。
その後、ライオンで飲みながらシモネタ全開のミーティング。
この場でバンド名は「侵入貴族」と命名。
このときすでに第1期・座敷楼(侵入貴族)のたのしい(?)貴族風・飲み会スタイルが確立!
その数日後、スタジオで近藤のオーディションを兼ねた初リハ。近藤、無事合格。
バンドとして始動!(平成12年夏)
- 1stライブ(平成13年5月5日 大塚
Welcome back)
月1,2回のペースでスタジオでリハを重ねるバンドのもとに、いつもお世話になっているスタジオ(ホワイトロード・スタジオ)のオーナーからイベント・ライブ「LIVE!
UNDER COVER OF THE NIGHT 」への出演の打診。即答にて1stライブ決定。
バンド名についても恒例の飲み会の場で「座敷楼」へと変更。
また、同じ頃、近藤のもとに"IQ-J"(シンデレラサーチやAZOTH、SPACE ODDITY のメンバーからなるIQのコピーバンド)から「シルバーエレファント」でのライブで対バンの申し入れが舞い込む。
しかし、この頃、我々バンド内に若干の不協和音もあり、バンド存続の危機も。
そんな中、平成13年5月5日、「大塚 Welcome back」のイベント「LIVE! UNDER COVER OF THE NIGHT
」にて1stライブ!対バンは、ジェフ・ベックのカバーバンド"OLA BECK"、CCRのカバーバンド"TAPIOCA
TUNDRA"、そしてウッシュボーン・アッシュのカバーバンドとして有名な"ZIZOH”。
会場は満員。渦巻く期待の中、いよいよ我々の出番。
しかし、ガブリエル時代のジェネシスなのに被り物はないし、ハード・ロックのエッセンスが混在する我々の演奏に客席は困惑。
加えて、サウンド面でのバランスが悪く、演奏中にドラムのマイクは落ちてくるなど、出来は×。
まぁ、初めてのライブということでお許しを〜〜。ごめんなさい。
このライブの後、当初、脱退を示唆していた棚村がバンド活動に再び意欲を出す一方で、平野は、不調に終わったサウンド面と全くウケないMCとで自信を完全喪失。
いつも飲み会だけは盛り上がるものの、バンドはいつも不安定状態だぁ。
- 2ndライブ(平成13年8月11日 吉祥寺シルバー・エレファント)
結局、”IQ-J”からの誘いを受け、シルバー・エレファントでの2ndライブが決定。
最悪のファースト・ライブから短期間で新曲も仕上げ、平野も念入りにMCを準備し、当日へ。
緊張したものの、結構、楽しく出来たかな。特に平野のMCは前回のリベンジに成功。よかったよ。
自分たちの演奏の後は、のんびりと”IQ-J”の演奏を堪能し、無事に終了。
- 第2期・座敷楼(フルート・山下の加入)
5人で活動してきた座敷楼であるが、平成13年11月、PARADOXXの田村氏からの紹介でフルート奏者・人妻・山下が加入、6人編成に。
高貴な貴族集団に女性が加入することで、飲み会の話題は変化するかと思われたが、そこはさすが貴族集団「座敷楼」!山下、困惑。
ガブリエル時代の楽曲を中心に新曲を準備。山下はフルート以外にパーカッションにも挑戦。また、平野はハモンド・オルガンを購入、次回のライブへ向けテンションを上げる。
そこに、シルバー・エレファントのイベント「PROGRESSIVE LIVE 2002 Vol.7」に参加が決定!
- 3rdライブ(平成14年2月3日 吉祥寺シルバー・エレファント)
山下の加入後の初ライブ。
対バンは、キーボードとドラムだけのユニット"マ・ゴーラ"とアラン・ホールズワースのコピーバンド"WAN WAN"(あんなもんをコピーできる人間がいるとは…by
Yamada)。
両バンドとも素晴らしい演奏を披露。初めてトリを飾る我々に戦慄が走る。
前回好評だった平野のMCをカットしたものの、その場の思いつきでしゃべる棚村は「早く打ち上げに行きたい!」を連呼。
客席からも暖かい野次の連発。おかげでステージの上ではリラックスできたものの、内輪受けという酷評を買ってしまう。
- 平野脱退〜第3期・座敷楼へ
3rdライブの後、何回かリハを重ねる座敷楼。しかし、平野はリハの後の恒例の飲み会に参加することが少なくなってくる。
そして平成14年4月末、平野が突如、脱退を宣言。理由は…。少なくともメンバー間での問題ではなく、極めて個人的な理由。
それまでも、サウンド面かつ飲み会でのキーマンとなっていた平野の脱退劇は、バンド内外に影響する…かと思われた。
しかし不死鳥・座敷楼は新たなキーボーディスト募集を行い、バンドの存続を図ることに。
時期を同じくして近藤が参加していたYESのセッションでキーボードを担当していた杏奈を誘い、オーディション。
とりあえず若いオンナであること、イタリアン・プログレもよく聴くことなどを理由(?)に杏奈の加入が決定。
第3期・座敷楼のスタートである(平成14年6月)。
平野の脱退、女性が2人となった座敷楼の飲み会は、あの第1期ごろの高貴な貴族集団の飲み会から徐々に変化を見せはじめる。
特に練習中でさえ度々行われていたある種の書物の貸借は影をひそめ、音楽の基本やバンドとしての音作りなどの話題が中心に。
これで良いのか、座敷楼!って野次が飛ぶかもね。
平成14年10月、新生・座敷楼の初ライブがシルバー・エレファントで決定。
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