◎創造神話
(2009.8.8)
自分が創造神話の神になったと想像してみよう
光と闇さえもまだない自分
自分といっても自らを分けていない自分
さいしょのさいしょに
いったいなにをするだろう
お手本はなにもない
混沌であることさえそこにはなく
光と闇という考え方さえ生まれていない
あるひとは
ずっと何もしないで
そのままひとつになっていることを
いつまでもどこまでも続けるかもしれない
でもいつかふと
ぜんぶ自分なんだけれど
ふたつに分けてみようかとか
そんな瞬間が訪れるかもしれない
そしてたとえば光と闇ができた
その光と闇という考え方は
いや二つということそのものが
とほうもない想像力であり
とほうもない冒険だったはずである
その光と闇というふたつは
どちらも自分なのだけれど
自分が二つに分かれたのだ
いちど二つに分かれると
それがまた分かれていくのは
さいしょの途方もなさにくらべると
想像しやすいかもしれない
そうしてずっと
いろんなものをわけていって
自分そのものが展開した世界ができていく
さいしょのお手本なんか
まったくない世界
どんな世界が広がっているのだろう
でも私たちのまわりには
すでにほんとうに多様な世界がひろがっていて
お手本がいっぱいある
それらの想像力や冒険のどれだけを
そのほんのひとしずくでも
ちゃんと見ることができているだろうか
たとえば目を瞑って
花をひとつイメージするだけでも
それがどれだけむずかしいことかわかる
イメージだけで花を描いてみれば
自分がどんな創造主かすぐにわかる
空を森を飛翔する鳥たちのこと
山や崖をつくっている鉱物たちのことさえ
どれだけちゃんと見ることができているだろう
ほらそこにいる幾種類かの鳥を見分けることさえ
ひょっとしたらできないかもしれない
そんな創造主のつくる世界は
たぶんとっても貧しい世界になることだろう
ましてやあなたのまえにいる人のことを
どれだけイメージできているかを思えば
しばらくは立ち直れない気持ちになるかもしれないほどだ
さて
私はここにいて
あなたもここにいる
鉱物世界が広がり
植物や動物たちが満ちあふれ
そしてそれらが
さいしょのさいしょから
さいしょのひとつから
分かれてきたことを想像してみる
そしてそれは今も続いている
私もふくまれた世界そのものとして
あるいは
そのさいしょのさいしょが
いまも
まさにいまそのものとして
ここに現れているのかもしれないと想像してみよう
私が私であり世界であり
私が怖れ希望をもつ世界そのものとして
そしてあなたとともに
どんな困難にもかかわらず
ひとつで
同時にかぎりなく多様に