| 少年たちの反撃 |
これではきみの物語の申し分ない結末にならないかな?
エリカ・ジョング「飛ぶのが怖い」
「僕をここまで連れて来てくれたんだよ」霞玉丸は紺万太に言った。
玉丸は背後にいる二人を振り向いたが、峠三三と円点吉の表情は固い。それは無理もないな、と玉丸は思った。二人は今、いわゆるテレビスターの家に訪問しているのだ。それも評判の悪いテレビスターに。
慣れない豪華な部屋に通されたのも、二人を緊張させている原因のようだ。
しかし、それ以外にも二人の表情が固まる理由はあった。
特に円点吉は万太の方を直視できないようだった。同じ円盤部の部員とはいえ、玉丸は点吉とあまり話したことがない。しかし点吉は玉丸の見たところ、人とまともに対面できないという気が弱い性格らしかった。それは、ぶつぶつと本人以外に聞こえない喋り方からもわかる。それ以外のことについては、玉丸は点吉の家も知らないしクラスだって知らないぐらいだ。しかし、点吉に関する一部の事件は聞いたことがあった。円点吉は以前、紺万太のガラスのシャワーを浴びた生徒のうちの一人だったのだ。
矢河原校の生徒ではない他の学校の生徒が、ある日万太に直接会いに来た。その生徒は万太を呼び止めた瞬間に、いきなり頭上に落ちてきた窓のサッシの直撃を受けたのだが、その時偶然通りかかった点吉は、運悪く飛び散ったガラスの一小片で耳を切ってしまったのだ。
点吉の左耳には今もその傷が残っている。点吉自身はその事件の直接的な犯人が万太だとは思っていないだろうが、「万太に近づくとケガをする」という噂を身を持って体験したことになる。
今、この瞬間も点吉はいい気持ちはしていないだろうな、と玉丸は思った。
峠三三も玉丸の見たところ、押し黙っていた。万太にかける言葉もすぐには出てこないようだ。確かに万太とはクラスも違うので、あいさつもしにくいのだろう。
それに峠三三と紺万太は性格的に合わないようだ。
三三は学校での生徒の誰からも好かれる優等生だ。本人はそれを意識するまでもなく、誰かれに対しても人当たりが良く、さらには先生からも好かれており、クラスだけではなく学校の人気の的だ。成績も抜群で、運動神経も言うまでもない。優しげに人の話に真剣に耳を傾ける姿は、玉丸の人生の理想像だ。
それに引きかえ、紺万太は確かに成績も悪くはなく、運動神経も素晴らしいものだが、いかんせん性格が万人に好まれるものではない。気難しい上、わがままで自分勝手だ。親が学校の有力者ということもあって、かろうじて学校に居座っているが、一歩間違えればかなりやっかいな問題児だ。テレビスターだということも本人は自覚しているのかうぬぼれは強いし、他人とは線をひいた態度は本人と一言でも口をきけば、それはすぐわかる。
おまけに「万太に近づくとケガをする」という最悪な噂まであるのだ。玉丸だけが知る事実として、その噂を利用してか、万太は自分に近付く者に対してケガをさせることに容赦はしない。それも自動車をねじり切ることが出来る「超能力」を使ってだ。三三も少なからず、そんな噂を耳にしているに違いない。
玉丸は自分がまともに歩ける体なら、きっと二人をここに連れて来ることはなかっただろうな、と思った。
広間には場の悪い空気が流れている。
紺万太はタオルらしきもので顔をごしごしこすっている。目を覚ますためにシャワーでも浴びてきたのだろうか。こんな短時間で?
「ボロボロだな、玉丸」
万太が階段の最上段から玉丸に向かって言った。
「あ・ああ。あいつらに、あの船から落っことされたんだよ」
玉丸は遠い階段の最上段に声を張り上げねばならなかった。
「船から?空の上からってことか?ふーん。よく死ななかったな」
「今、生きているのが本当に不思議だよ。ここまで来るのにどれだけ必死だったか。ここにたどり着けたのも、二人のおかげなんだ」
そう言って玉丸は、三三と点吉を再び見た。クラスが違う二人を紹介しようというタイミングをはかったのだ。しかし、万太は高い階段の最上段の手すりにもたれながら微動だにしない。万太は二人の存在をまるで無視していた。玉丸の位置からは万太の顔が見えなかったが、二人の存在に対して全く興味がないようだ。二人の秘密だ、と言っていた銀色たちのことや、船の話を隠すそぶりさえうかがえない。
「そうか・・・悪かったな。玉丸」
霞玉丸はその言葉は、玉丸が銀色たちに再びさらわれたとき、紺万太が助けにきてくれなかったということ(けっして万太の責任ではないことに対して)に対して謝っているのだ、と思った。
「いいんだ。それより笑子はまだ、船にいるんだ。頼むよ。助けてくれ!」
あいかわらず万太は微動だにしなかった。
しかし、万太から発せられた次の言葉は、玉丸を混乱させた。
「俺には出来ない。帰ってくれ、玉丸」
口論はだれにでもできるゲームだが、
双方とも決して勝てない奇妙なゲームだ。
ベンジャミン・フランクリン
「え?何だって・・・帰ってくれだって?」
紺万太の言葉に一瞬、霞玉丸は自分の耳を疑った。
「ああ・・・悪いな。今日は、このまま帰ってくれよ」
「いったい何、言ってんだ!笑子がさらわれたままなんだよ!」
「今はそうかも知れない。だが・・・学校が始まるまでには帰って来るさ」
「そんな・・・悠長なこと、そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!笑子はおまえを待っているんだ。おまえに来て欲しいと言ったんだぞ!」
「だから・・・今日は行けないんだよ」
「何だよ。どうしてだ?どうしてだよ!僕は必死でここまでやって来たのに、このまま黙って帰れってのか!そんなこと出来るわけないだろう?」
霞玉丸は我慢しきれず猛然と喰ってかかった。玉丸は広い階段に真っ直ぐ向かうと、一段目に裸足をのせた。急に動いたため、体がよろよろと傾いた。玉丸は階段を支えている太い柱にもたれかかると体を支えた。
「来るな。玉丸」
「どうしてだ?なぜなんだよ万太。理由だけでも教えてくれよ。笑子はおまえを待ってるんだ。あのいつもけたけたと笑っている笑子が、涙を浮かべて僕に頼んだんだぞ。「紺ちゃんを連れて来て」って言ったんだ!僕がこのまま帰れると思うのか?銀色たちに十駅も離れている知らない場所に落っことされてから、ここまで必死に歩いて来て、やっとたどり着いたんだ。僕が自分の力で、あの銀色たちをやっつけられるなら、こんな所まで来るもんか!万太、おまえの力がなきゃ、あいつらから笑子を助け出すことが出来ないからここまでやって来たんだ。頼むよ、万太。あいつらから笑子を助けてくれよ」
「俺に何が出来る?」
「決まっているだろ!超の・・・」
一瞬、玉丸はその言葉をいうのがためらわれた。玉丸は三三たちを見て、超能力という言葉が持つ真実、つまり万太が「本当に」超能力を使えるという事実をあっさり公表することは出来ないのだ、と思った。それは誰よりも万太が望んでいるはずだ。万太の両親ともども、そんな噂が広まるのは困るに違いない。玉丸は言葉をうまくつなげることが出来なくなった。
万太はそんな玉丸の心を知ってか知らずか、そんな言葉にも動かされないようだった。そんな万太に業を煮やしてか峠三三が言葉を足した。
「紺くん!」
ここで初めて万太は三三と点吉の存在に気づいたようにびくっと体を震わせた。
「何だ。隣のクラスの優等生かよ。何で俺の家にいるんだ?」
「玉丸くんを連れて来たからだよ。それよりも頼むよ。霞くんの言うことを聞いてやってくれよ」
「悪いが、そりゃ無理だ。よってたかって俺に何をしろって言うんだ?」
「玉丸くんは君を信頼して、こんなまともに歩けない状態で必死にここまでやって来たんだ。今、学校じゃ玉丸くんと笑子ちゃんがいなくなったと言って、みんな探しているんだよ。玉丸くんは何があったか知らないけど、こんなひどい格好をしている。
笑子ちゃんは、まだ見つからない。朝になったら警察に捜索願いが出されるかも知れない。笑子ちゃんが心配じゃないか?君も手伝ってくれてもいいだろう?同じ学校の生徒じゃないか」
「優等生、おまえは玉丸の言葉を信じてるってのか?きっと玉丸は、銀色たちとかいう連中のことを話しただろう。おまえにそんな連中の存在が信じられるのか?そんな奇妙な話を信じたっていうのか?たった一晩帰って来なかったからって、それをそんな連中の仕業だって言う玉丸のそんな馬鹿な話を丸飲みしたのかよ。おまけにそいつらは、今の話じゃ天空にいるそうじゃないか。笑子はそこにいるらしいって?俺の立場になって見ろ。何をしろって言うんだ?俺に空でも飛べとでも言うのかよ」
「う・・・それは」
「笑子のことは心配さ。どこにいるのかは知らないが、だけど中学生の女の子が朝帰りするなんて話は、今に始まったことじゃないぜ?学校が始まるまでには帰って来るさ。玉丸の親が警察を呼ぶってんなら、警察にまかせた方が無難じゃないのか?俺たちがあても無く探しまわるよりはよ。そう思わないか?」
さすがの三三も万太の言葉には反論できないようだ。そこでやはり三三は、僕の話を本心から信じることは出来なかったのだ、玉丸は思った。しかし玉丸自身には銀色たちのことも、空に浮かぶ船も、さらには笑子がさらわれたままなのは事実なのだ。それを実感できない三三のような人間を説得することで、玉丸を追い出そうとする味方を作ろうとしている万太に、玉丸はむらむらと怒りが胸のうちからわき上がるのを感じた。玉丸は意識とはうらはらに拳で柱を打った。血の跡が柱に残る。
「ずるいぞ!」
「何がだ?玉丸」
「峠くんをそんな風にやりこめて僕を追い出そうとする魂胆がだよ!」
「俺は、事実を言ったまでだぜ」
「くそっ卑怯だぞ。何が事実だ。でたらめだ!銀色たちがいることだって、船も・・・おまえが超能力を使えることだってみんな本当のことじゃないか!」
「おまえ、あんなテレビ番組を信じてるのか?あれはプロダクションの連中が、俺を売り出すために仕組んだでっちあげだ」
超能力の存在については、万太は今の言葉を玉丸にではなく三三に向けたようだ。
「嘘だ!いつも超能力を自慢していたじゃないか!いつも人前で使いたいってうずうずしているのを知ってるぞ。昨日の夜に銀色たちにやったように、またあいつらを壁に埋め込んでくれればいいんだ!おまえにとっちゃ簡単なことだろ?何でこんな時にまで隠そうとするんだ!」
万太は顔をごしごしこすりながら言った。
「確かに俺はスプーン曲げの天才かもな」
「何を言ってんだ!スプーンどころか、この・・・柱だって折れるだろう?」
「今の俺は、そんなことは出来ない」
「どうしてだ?理由を言わないなら引きずってでも連れてくぞ」
「やめろ。来るな、玉丸」
玉丸は二段目によろよろと足をのせると、そのまま登ろうとした。体はまだ全快するには遠く、玉丸の体中の筋肉がみしみしと音を立てた。膝の出血は止まっていたが、階段に足をのせるのも玉丸には苦痛だった。裸足の足のひんやりとした冷たい感触が、一瞬玉丸の背筋を凍らせた。
「近付くなと言ってるだろう、玉丸」
「いやだ!」
「やめろと言ってるんだ!」
万太がその言葉を発した瞬間に、雷が鳴った。
ぼくがひとりで泣いたとて、それはぼくだけの苦しみだ。
ゲーテ「慰めは涙の中に」
霞玉丸にはその光と音は雷に思えたが、どうやらそれは違うようだった。
紺万太が叫んだ瞬間に、玉丸にはいきなりこの屋敷全体が、大きな振動につつまれるのを感じた。
万太の背後にある大きなガラス窓は、まるで雷鳴を彩るかのようにヒビが入ったと思った瞬間、窓枠とともに粉々に砕けた。それと同時に玉丸の体を支える大理石の階段の手すりが、波打つようにぐにゃりと曲がったかと思うと、音を立てて割れ崩れて飛び散った。階段を支えていた太い柱は、ぼきりと真っ二つの折れて天井から抜けて転がった。
峠三三と円点吉にその柱の破片が当たると思った玉丸は二人を振り向いたが、すでに二人は玄関口のドア付近まで吹っ飛ばされていた(まるで突風が二人を急にさらったかのように、二人が一瞬、宙に舞うのを玉丸は見た)。ミロのビーナスとニケ像は派手な音を立てて倒れると、バラバラになった。部屋はしばらく立っていられないほどの地震に包まれた。天井からほこりがどさどさと落ちてくる。
めきめきと屋敷は音をたてた。玉丸たちのいるこの部屋でもはやまともに立っているものは無く、全てが倒れ崩れている。玉丸のいる階段は中空なので、階段が落ちるのも時間の問題に思われた。支えを失った階段は波打って揺れている。
玉丸は手すりを無くした階段に立っていられなくなり、四つん這いになる形で手を床についた。手のひらに様々なかけらが当たる。さきほどまでぴかぴかに磨き上げられていた部屋が、今はどこかのごみ捨て場のように混乱している。顔を上げると目の前に、紺万太が階段から落ちるように倒れて、砕けたガラス等とともにこちらに転がって来るのが見えた。
「万太!」
玉丸が助けようと手を差し出したが、それだけでいきおいよく転がってくる少年を受けとめられるはずもなく、万太は玉丸の胸に強引に飛び込んで来た。そのぶつかった反動で玉丸も、万太と重なる形で折れた柱の角まで飛ばされてしまった。
地震がおさまった後も、玉丸はしばらくしたたかに柱の角に打ちつけた頭の痛みで起きあがれなかったが、万太の顔が真っ赤に濡れているのを見て、はっとして万太に駆け寄った。
「万太!万太!大丈夫か」
しばらく万太は微動だにせず、玉丸にはその姿が死んだように見えた。再び何度か呼びかけると、万太はうっすらと目を開けたが、その瞳からはどろりと血が吹き出してきた。玉丸は自分の手が血塗れになるのにも構わず、万太の体を揺り動かす。
「万太!しっかりしてくれ!」
「う・・・玉丸」
「大丈夫か!万太」
「や・・・めろ」
「え?何だって。万太」
「俺を・・・見るなと・・・言ってるんだ」
「なにを言ってるんだ。何のことだよ!」
そう言っている間にも万太の瞳からは血があふれ出てくる。玉丸は万太が手にしていたバスタオルを取ると両目から流れる血をぬぐった。しかし、その血はぬぐってもぬぐっても止まる様子を見せない。よく見ると万太の着ているガウンも血だらけだ。
ドア付近まで吹き飛ばされていた峠三三と円点吉がよろよろと立ち上がると、こちらへ駆け寄って来た。二人とも足どりは重かったが、大したケガはしていないようだった。二人とも呆然とした顔をお互いに向けて「何が起こったんだ?」という表情を見せている。
「すごい地震だったな?玉丸くん!大丈夫かい」
「僕は何ともない。だけど、万太が・・・万太が!」
三三も万太の血だらけの顔には、ぎょっとしたようだった。万太の青いガウンが真っ赤になっているのを見て、しばらく顔は硬直して何も言えないようだったが、気を取り直すと玉丸の傍らに寄って、万太の体を支えた。
「や・・・めろ。玉丸。見るな・・・やめろ」
万太はうわごとのようにそんな言葉を繰り返している。玉丸は構わず万太の顔をふき続けた。タオルはすでに真っ赤でどろどろに濡れている。
「大丈夫だ・・・玉丸、やめろったら」
万太は血だらけの顔をぬぐう玉丸の手を振り払って、よろよろと起きあがる様子を見せた。
「立つな!万太」
「動かないでくれ、紺くん」三三もそう言った。横に佇む点吉はどうしていいかわからず、おろおろとして意味のない足踏みを繰り返している。
「いいんだ。大丈夫なんだよ」
万太は体を支えていた三三の手を払うと、やがてしっかりと立ち上がった。
悪魔のわざに劣るからといって、人を責めるのではない。
悪魔のわざに長けているからこそ、わたしは人をなじるのだ。
人の技術を賞賛するのは、その過程にすぎない。
ローレンス・ヴァン・コット・ニーヴン
「この血は・・・ケガじゃない。こうなるんだ。49日ごとにな」
紺万太は血だらけのガウンをまとめると、そう言った。もとは青かったガウンも今は真っ赤な血に濡れて湿っているようだ。ガウンの端からは血がぽたぽたと垂れている。万太自身はそれほど痛みを感じないのか、バスタオルで顔をこすっている。しかし両方の瞳から流れる血は止まる様子を見せなかった。
「え?何のことだ」
霞玉丸は万太が言った言葉の意味がわからずしばらく呆然とした。
「超能力の反動だよ。普段何気なく俺が超能力を使っていても、49日ごとにその「疲れ」みたいなものが、どっと襲いかかってくるんだ。結果、俺の体中の穴から血が吹き出すんだよ。一日中な」
「その血は全部そうなのか。痛くないのかい?・・・そんなこと知らなかったよ!」
「教えるもんか。49日ごとに女の「生理」みたいなものが来るっていうのが、人に言えると思うのかよ。痛みはないわけじゃないが、平気だ。立ち眩みがしただけだ」
「さっきからゴシゴシ顔を拭いていたのは、そういうことだったのか」
「それに、その間は・・・俺は、おまえが呼んでる超能力、つまり念動の制御が全く出来なくなるんだ。ちょっとした興奮で・・・この部屋を見ろ。こんな風になっちまう。・・・今回はちょっとひどかったかな。そうじが大変だ」
玉丸と万太のそんなやりとりを聞いていた峠三三は、そこではたと思いたったように叫んだ。
「な・何てことだ。これは・・・これは君がやったのか?僕と点吉君を吹っ飛ばしたのは君か!まさか君は、本当に超能力が使えたのか・・・テレビじゃなく。何てひどい奴なんだ。今まで、みんなを騙していたんだな!」
「俺はテレビを使ってまで、みんなに「俺は超能力が使えるぜ」って教えてやっていただろう?違うのか、優等生」
「君は・・・テレビじゃ、ここまで・・・こんなに部屋を無茶苦茶に・・・僕たちを吹っ飛ばすことが、出来るとは言わなかったぞ!」
「言ったら信じたか?テレビを見たら見たで、ブラウン管に映るそれは特殊撮影か、トリックだと思ったんじゃないのか?玉丸が話した「銀色たち」と同じだ。誰もそれを自分の目で確かめるまで信用しないもんだ。おまえは玉丸の話を信じてやったのかよ?信じてここまで玉丸を連れて来たのか、優等生?おまえはボロボロの玉丸を哀れに思って、ここへ来るのを手伝ってやっただけのただの偽善者だ!おまえに俺をうそつき呼ばわりする権利があるのかよ」
「君になんか言われたくないね。・・・そうか、噂は本当だったんだな。君に近付くとケガをするってみんなが言ってたけど、これはこの事だったんだな。汚い奴だ!今までこっそりと、その超能力で人にケガをさせていたんだな!何て奴だ!」
「テレビに映っているからと言って、俺にへらへら近付いてくる奴が悪いんだ。俺が小便している時に、サイン色紙を差し出す連中を吹っ飛ばして何が悪いっていうんだ!言ってみろ、優等生!」
「僕の名前は峠三三だ。「優等生」なんて呼ぶな!」
玉丸は三三の見たことのない剣幕を見て、震えた。普段は大人のように落ち着いていて、誰にも優しい峠三三があんな風に拳を握り、ここまで声を荒げるなんて・・・。玉丸は怒りに歪んだ三三の表情に呆気に取られて、二人の口論を止めるのも忘れていた。円点吉も先ほどからずっと万太をにらんでいるのは、万太に傷つけられた耳を思っているからだろうか?
「ふ・・・二人ともやめてくれよ!今はそんなことしている場合じゃないだろう?しょ・笑子が待っているんだ。二人とも協力してくれよ!」
三三は押し黙った。まだまだ万太には言い足りないようだったが、笑子がさらわれたという事態に対する意識は、三三にとって軽くないようだった。万太は床に血の混じったつばを吐くと、玉丸の方を振り向くと言った。
「無理だ。玉丸、俺は行けねえよ。わかってくれると思うが、目の前は真っ暗・・・じゃなくて、真っ赤でろくに見えないんだ。立ち眩みで階段を転げ落ちるくらいだぜ?おまえの頼みの綱の超能力も、俺にはうまく制御できない。寝てるとき手を枕にしていると、ひどくしびれる時があるだろ?あんな感じだ。戻すには時間がかかるんだよ」
「どの位?」
「一日だ。今日一日だよ」
「待っていられないよ!こうしている間にも笑子がどんな目に遭っているか、わからないんだ」
「さっきも言ったが、大丈夫さ。きっと大丈夫だって。俺を信じろよ」
「どうして、そう言いきれるんだ!」
「それは・・・」
万太が何かを言いかけた途端、それを峠三三がさえぎった。
「やめなよ、玉丸くん。こんな奴に頼むことはない。僕と点吉くんがいるじゃないか。こんな横暴な奴に何言っても無駄だよ。僕らで何とかしよう。「銀色たち」と言ったね?僕はもう君の言葉を疑ったりしない。全面的に信じる。笑子ちゃんを助けよう、僕らだけで」
円点吉も三三の意見に賛成のようだ。うんうんと頷いている。
「言ってくれるじゃねえか、優等生?もう一度、吹っ飛ばされたいのかよ」
「やれるもんなら、やってみろ。その代わり、学校に言いふらしてやるぞ。君が超能力を使って、人をケガさせてきた事実をだ。君に吹っ飛ばされた人間が何人いると思っているんだ?そんな連中が全員束で向かって来たとき、君に全員を相手に出来るのか?何十人も相手に、その全員を果たして超能力で吹っ飛ばせるのか?」
「やってもらおうじゃねえか!」
「やめろったら!」玉丸は叫んだ。
「峠くんも、万太もやめてくれ。そんなことしてる場合じゃないだろう?協力しろ、なんてことは言わないけど、何とかして笑子を助ける方法を考えてくれよ!」
「玉丸、こんな優等生に何が出来るっていうんだ?銀色たちは天空にいるんだぜ。こいつに空が飛べるとは、俺にはとても思えねえな。それとも何か?円盤部の連中は実際に「空飛ぶ円盤」を持っているのか?」
皮肉混じりにそう言う万太に対し、玉丸は一瞬、怒りを感じたが、そこではたと思い当たった。
「そういえば・・・万太。昨日、僕を助けてくれたときは、どうしてあの場所にいたんだ?そういうおまえこそ空を飛んで来たのか?それに僕と笑子を連れて、どうやってあの船から脱出できたんだ?飛び降りた後、どうなったんだ?」
「答えたくない。教える気はないな」
「どうしてだよ!」
「うるせえな!どうしておまえに言わなきゃならないんだ!」
「僕たち、友だちだろ!」
「ああ・・・そうだな。だが、この優等生たちに教える気はないね」
「そんなこと言わないで、頼むよ。教えてくれ」
「それとも、まだ秘密があって教えられないとでも言うのかな?」三三が言った。
玉丸は峠三三が顔に似合わずこんな皮肉が出せるとは思いもよらなかった。万太は三三の言葉に反応したのか、吐き出すように言った。
「脱出したってのは・・・飛び降りたんじゃないぜ。船をそのままおろしただけさ」
私は自分が求めたものすべてを手に入れている。
そして私は自分が持っていないものを欲しくはない。
シンニード・オコナー
「降ろした、だって?・・・と言うことは船はどこかにあるのか!」
霞玉丸は言った。
「あるさ。船を誰かに見つからないように捨てて、粉々にするのは勿体ないと思ったからな」
タオルで血に濡れた顔をふきふき紺万太は平然と言った。
「やった!それに乗って銀色たちの所へ行けばいいんだ。万太、その船はどこにあるんだ?」
「裏だよ。家の裏だ」
玉丸と峠三三、そして円点吉は顔を見合わせた。あまりにも万太が平然と答えるので呆気に取られたのと、空飛ぶ円盤が家の裏にあるという言葉に現実感がわかなかったからだ。しばらく玉丸は口が聞けなかった。
「だが、動かせないぜ?たまたま降りたのが、俺の家の裏の近くだったからで・・・念動で運んだんだけどな。空を飛ばすには、船の中に入って操縦しなきゃ動かないと思うんだが、マニュアルなんて無いからなあ・・・言っとくけど」
「じゃあ、どうするんだよ!」
「そんなこと知るか!そこの優等生にでも教えてもらえよ」
峠三三はその挑戦を受けるかのように、玉丸と万太の前に立ちふさがると、玉丸に向かって言った。
「よし、玉丸くん。嘘か本当か、わからないけど、とりあえずその空飛ぶ円盤を見せてもらおうじゃないか。動くか動かないかはその後だ」
「嘘はつかねえよ」
霞玉丸、紺万太、峠三三、円点吉の四人は屋敷の裏に回ると、うっそうとした森に踏み込んでいった。万太の家の敷地は広い。小雨が降り始めたこの森の景色は、うっすらと霧に包まれはじめていたが、まだまだ遠くまで視界は届いた。驚くべきことにこの目に見える範囲が、すべて万太の両親が持つ土地なのだ。雑草が伸び放題の森は手入れこそされていないようだったが、高い木が無造作に並ぶ景観に、玉丸は万太の両親の金持ちぶりに圧倒された。
「大丈夫か、玉丸?」
万太は自分が血だらけにも関わらず、足を引きずり歩く玉丸に服と靴を貸してくれた。三三は持っていた薬箱である程度、玉丸の傷を薬と包帯で処置した。おかげで玉丸は体中に痛みは感じるものの、割と楽に歩くことが出来るようになっていた。万太も軽い服に着替えていた。目からの出血は止まらないようだったが、超能力を抑えている間はその症状も軽いらしく、新しいタオルで顔を軽くぬぐい続けている。
「ああ。平気だ」玉丸は答えた。
「それよりもさっきはびっくりしたよ。万太があんなに部屋をめちゃくちゃに出来るとは今まで知らなかったなあ。両親に怒られないか?」
「慣れっこさ。それに俺が49日ごとにああなるのを知ってるからな」
「ご両親は知っているのか?・・・君があんな力を使えるのを」
質問したのは三三だった。三三はさっきから玉丸が足を踏み外して倒れそうになるのを何度か助けてくれている。
「知ってるさ」万太はぶ然と答える。
おそらく三三は、万太が念動でたまに人を傷つけているのを、万太の両親が知っているのに、学校に対して黙っていることをあきれたのか、溜息をついた。
「どういう一家なんだ・・・。家族のみんなが、君みたいに超能力を持っているのか?」
「質問の多い野郎だな。俺だけさ、超能力があるのはな。文句あるか?・・・だが、
玉丸だって持ってるぞ」
突然、話題が向けれられて、玉丸は一瞬つまづいた。
「え?何のことだ?万太」
「ニュートのことだよ」
「え・ああ・それか・・・」
「何だい?そのニュートってのは」三三が玉丸を凝視する。これ以上自分の周りの生活に秘密があるのは許せないといった顔だ。
「ニュートってのは、万太の超能力が通じない無効者ってことだよ。無効者ってのは英語読みでニュートラル・・・縮めてニュートさ。僕はどうやらそれらしいんだよ。ははは・でもあんまり役に立たない能力だよね」
「だから君はあの時、僕みたいに吹っ飛ばされなかったんだな!・・・それに玉丸くんも、紺くんが超能力を使えるのを知っていたのに教えてくれなかったんだな」
「え?ああ、そうだね。ご・・・ごめんよ。口止めされていたんだ」
「何で謝るんだ?玉丸」万太が口をはさむ。
「謝る必要なんかないぜ。こいつは今まで俺の超能力のことなんて、毛ほど気にしたこともないくせに、自分の身に火の粉がふりかかってきたから騒いでいるだけのことさ。おおかた俺の噂だけ聞いていて、今まで俺に近付かなかった臆病者なんだ。そんな奴に謝る必要なんかないぜ。放っとけよ」
「僕は真実を公表出来ない奴とは違うぞ。僕が例え超能力を使えたとしても、君のようにこっそり人を傷つけるようなことは絶対しない!」三三がやり返す。険悪なムードが再び盛り上がってきた。
「優等生が!俺の立場を理解出来ない奴が、何を偉そうに言ってやがる。俺は一度も嘘はついてないと言っただろうが!」
「テレビを使って、湾曲したイメージを、僕らに刷り込んでいたことに違いないだろ!それは嘘じゃないって言うのか、卑怯者め!」
「やめろよ!二人とも・・・頼むよ。やめてくれ!」
玉丸はかろうじて万太と三三を制止したが、二人ともそれからは黙りこくってしまった。
四人は万太を先頭に森の中を分け入って、重なり倒れる木々を踏み倒しながら進んだ。無造作に伸びる雑草と、足もとをすくうかのように伸びきったつたは、しばしばその歩みを止めた。夜明け前なのにすでに森からは鳥の鳴き声が響いた。玉丸の耳には、わんわんとわずらわしい小虫が飛び回る。10分ほど無言の進軍が続き、玉丸の体が再び痛みを訴え始めた頃、万太が森の奥を指さし言った。
「あれだ」
万太の指さす方向に巨大な貝のような物体が、周りの木々をなぎ倒す形で存在していた。下敷きになった大木のせいか、貝は若干斜めに傾いで鎮座ましましている。
貝と呼んだのは、あまりにも自然に溶け込む色をしているせいだ。貝は土色で、まだらになった波模様は、自然界の動植物が持つ天敵からの保護色のようだ。玉丸は船の外観を見たことがなかったので、空飛ぶ円盤というからにはSF映画で観たような鋼鉄の機械要塞を想像していたのだ。
近付くとその船は「円盤」と呼ぶにふさわしい形をしていた。まさしく平べったい貝だ。と言ってもアサリみたいな貝ではなく、例えるならカタツムリが抱えているような貝だった。殻といった方がいいのか。
三三と点吉の足が、自然に急ぎ足になった。
二人とも円盤部というクラブに所属しているとしても、彼らが遭遇する円盤は、本に載っている胡散臭い写真や想像図のみであり、たまに外へUFO写真を取りに行ったとしても、写真に映っているのは円盤の形をした雲や街のネオン、はたまた夜空に点滅する飛行機の点滅なのだ。
しかし今、彼らの前に本物が存在している!
三三は嬉々として首に下げていたポラロイデカメラのシャッターを押し続けている。点吉は貝の外観を信じられないといった面持ちでなで回していた。
「本物だろ?玉丸」万太が言った。
「ああ、すごいな」玉丸は目の前の景観に圧倒されてそれだけしか言えなかった。
しかしこんな巨大な物体が、よりにもよって一般市民の家の裏に無造作に置かれているのが信じられない、と玉丸は思った。うっそうとしげる森がカモフラージュとなて、この存在を隠しているのは間違いないようだったが、それにしてもこの存在はあまりにも不自然だった。
「これが宇宙船か。てっきり光っているかと思ったよ」
「光らないものもあるのさ」
「この大きさ・・・よく万太の両親は何も言わないな」
「この森を見ろよ。手入れなんかすると思っているのか?この森にこんな円盤があることなんか知らねえよ。知ったところで動かせねえしな」
「ふーん。それにしても・・・どこから入るのかな?」
「こっちだ。」万太は玉丸を案内した。
みじめな気持ちになる秘訣は
自分が幸福か否かについて考えるひまを持つことだ。
ジョージ・バーナード・ショー
霞玉丸が紺万太の後に続いて見覚えのある入口を越えると、さらに見覚えのある廊下が続いた。峠三三と円点吉は霞玉丸の背後からおそるおそついて来ている。しばらくすると玉丸が忘れもしない空間に出た。
粘土をこねまわしたような壁と無造作に置かれたベッド。霞玉丸と笑子が、銀色たちの思うように拘束された場所だ。なじみのある匂いが鼻につく。
部屋はあいかわらず薄暗かったが、どこからか光が来ているようだった。玉丸はその光を探したが、それが天井から来ているということ以外、どこに光源があるのかははっきりわからなかった。まるで天井自体がほんのり光っているようだ。
部屋は閑散としていて静かだった。まるで捨てられた山の廃屋のようだ。それ以外の部屋の様子は変わりなく、玉丸は昨日の夜からの出来事を思い出して身震いした。 再びこのベッドに乗せられることになったら、その時は舌を咬んで死のう、とさえ思った。硬いベッドを触っているうちに三三と点吉がやって来た。
「玉丸くんが乗せられたベッドというのはそれかい?」
三三の問いに玉丸が黙って頷くと、三三は驚愕の表情を浮かべた。最初は眉唾だと思っていた事実が明らかになるにつれ、その事実の重さが三三たちにのしかかっているようだ。もともと口数の少ない点吉は黙って顔をしかめていた。
「銀色たちはもういないのかい?」
「いない、と思う。万太が全部やっつけたと言ったからね」
玉丸は渦を巻いたまま固まっている壁を見た。万太が昨日の夜以来、壁を変化させていないならば、銀色たちの何人かはまだこの壁の中にいるはずだ。玉丸はとりあえず、この部屋を去りたいと思った。この部屋には不快な思い出しかない。
「操縦席みたいなものはあるのかな?」
玉丸の問いに万太は顎をしゃくった。
「部屋はもう二つある。だけど一つはここと似たようなもんだ。もう一つが操縦席らしいぜ」
玉丸は万太の後に続いた。
万太はこの場所が操縦席だと言ったが、玉丸の想像していた操縦席にはほど遠いものだった。
部屋の大きさは、ベッドのあった部屋と同じくらいだった。部屋の様子はここも粘土をこねて固めたような壁に包まれており、光源がわからぬ光のせいで薄暗い。部屋の中央に何やら腰をかけるためにあるような固定されたイスらしきものがあり、その前面には幅の広い机のような台が広がっていたが、それらはどちらも幼稚園児が作ったような無造作なものであり、形は左右対称とはとても言えない。
玉丸は無骨な座り心地の悪いイスらしきものに腰かけて、机と思われる台座を触って見た。普通の飛行機なら操縦管があり、前面には数々の計器をはじめ、キャノピーと呼ばれる窓などがありそうなものだが、台座は平面で操縦管すらない。正面はただの壁だ。唯一、台座の中央に拳で握れるくらいの半球が台座に固定されているが、ほかは何の飾りも見受けられない。
玉丸は何気なくその半球を触ってみた。わずかに手に余る大きさの半球は玉丸が触れても何事も変化しなかった。ぐいぐいと押してみる。半球は動かない。半球は完全に台座と一体化して固定されているようだ。
「無駄だよ」万太が玉丸に向かって言った。
「俺もその玉っころには触れてみた。だけどそいつはうんともすんとも言わないぜ。思いっきり押しても、叩いても駄目だ。一度、念動で動かそうとしたが、すぐに壊れそうだったから、やめた」
「これが操縦管だと思うんだがなあ・・・」
「俺もそう思ったが、違うようだな」
「じゃあ、ここは何だと思う?」
「銀色どものトイレかもな」
そう言って万太は凶悪にけけけ、と笑った。あきれた玉丸はそのまま台座に突っ伏してしまった。昨日の夜からろくに寝ていないのだ。おまけに夜通し歩いた疲れも極度に達していた。目をつぶるとそのまま眠りこんでしまいそうだ。玉丸が眠気をはらうために立ち上がると、三三が代わって半球と格闘した。
三三も玉丸と同じように半球を押したり引いたりしたが、半球はうんともすんとも言わない。三三は半球をねじ回しを回すような仕草をしたり、叩いたりしたがやはり半球は動かなかった。三三は点吉を手招きで呼ぶと、二人がかりで半球を押したが、半球はびくともしなかった。
「どうした?動かせるんだろ?優等生」万太が陰険にけしかける。
「その呼び方はやめろって言ったろ・・・。これが操縦するための仕掛けだと思うんだがなあ・・・玉丸くん?」
うとうとと立ちながらまどろんでいた玉丸は、三三に呼び止められてはっと目覚めた。
「え?何?峠くん」
「僕はこの船が飛ぶところを見たわけじゃないけど、この船は本当に飛ぶんだよね?」
「ああ、僕は船から落っことされた訳だから、飛ぶというか・・・浮くことは間違いないと思うなあ」
「銀色たち独自の操縦法があるのかも知れない。自分が銀色だったらどうするか考えよう」
玉丸はあんな気持ちの悪いやつらの考え方などわかるはずがない、と思いながらも台座の半球と再び対面した。眠気は去らない。意識がぼうっとするたび頭ががくんと傾く。眠るな、という意識とはうらはらに瞼は玉丸の瞳に重なる。
ついに玉丸は台座に突っ伏してしまった。玉丸の額が半球に当たる。玉丸は銀色たちの思考など理解したくはないが、銀色たちには自分たちの考えを知って欲しいと思った。笑子がいまどんな目に遭っているかわからないが、銀色たちが人間の不安や苦しみを理解しようとしていれば、少なくとも笑子が殺されることはないはずだと思った。しかし、銀色たちにこちらの言葉を学ぼうという意識があるとは、玉丸には思えなかった。彼らとの平和的なコンタクトはやはり不可能なのだろうか?
「銀色たちが僕たちを学んでくれりゃいいんだ・・・」
玉丸がそう思った途端、船はいきなりがくんと傾き、玉丸たちの足場を崩すいきおいで揺れ始めた。万太と三三は倒れ込んでしまった。玉丸は咄嗟に台座にしがみつく。点吉は壁に手をついて座り込んだ。
縦揺れの地震のような、規則的な揺れが船を包む。
「な・何だ?何が起こった!」三三が叫び、万太を見た。
「バカ野郎!俺じゃない。船だ。船が動いているんだよ!玉丸、何をやった!?」
「え?な・何もしてないよ!」
突然玉丸たちのいる部屋の壁が消失し、万太の家の裏の森が辺りを包み込んだ。曇った朝焼けと霧に包まれた無造作な木々が玉丸たちの視界にいきなり飛び込んできた。床もいきなり消失した。玉丸たちは半球の台座とともにいきなり宙に浮いた状態になった。振動は突然、消えた。
「壁が消えた!床もない!」三三が叫ぶ。
部屋の隅にいた点吉は壁のあった付近を手探りしたが、ぶつぶつと呟いて、見えない壁はまだ存在していることを示した。
「壁や天井が、ガラスのように透き通ってしまったんだ!」と三三。
「玉丸、どうやったんだよ?」万太が叫ぶ。
「ただこの半球に頭をのせただけだよ!そうしたら・・・その」
玉丸は悪いことをしたところを見つかった子供のように萎縮した。
「それからどうしたの?」三三が玉丸に詰め寄る。
「な・何もしちゃいないさ!」
いままで壁の隅にいた点吉は玉丸のそばに駆け寄ると、ぶつぶつと聞こえない声で玉丸に尋ねた。
「え?何だって円くん?」
「・・・にか・・・えたかい?」
「え?」
三三が点吉の言葉を代弁した。
「玉丸くん、ここに頭をくっつけて、何かを考えたかい?」
「あ・そういえば、銀色たちに僕らのことを考えてほしいなあ・・・って思ったよ」
「それだ!」三三は叫んだ。
人間の言葉は割れ鍋を叩くにも似て
その粗野な拍子はせいぜい熊を踊らせるのが関の山
星々を酔わせる音楽を奏でるには程遠い
ギュスタヴ・フローベール「ボヴァリー夫人」
突然、部屋にぶつぶつと聞いたことのない言葉が響いた。
その言葉は壊れたラジオから聞こえてくるような意味不明の音の連続だったが、霞玉丸にはそれが誰かの言葉に感じられた。その声はある一定の周期で同じ言葉を部屋に反響させたが、玉丸にはそれが何を言っているのかさっぱりわからない。
さらにその声は、部屋のどこから聞こえてくるのかわからなかった。玉丸はうろうろと、その声の源を探したが、スピーカらしきものは見つからない。声は船の部屋のどこからでも同じ調子で聞こえる。
「これは・・・何の音だ?いや、言葉だ。これは誰かの声だよ。銀色たちの言葉じゃないのかな?玉丸くん」
峠三三もこの繰り返す反響音が、言葉だと思ったようだ。
「玉丸くん?さっき半球に頭をくっつけて、「僕たちを理解しろって思った」と言ったよね?」
「うん。銀色たちが僕たちの考え、苦痛や痛みを理解しようとしてくれさえすれば、笑子も無事のはずなんだ、と思ったんだ」
「きっとそれが、この船を動かすきっかけになったんだ。この船には何か人の思考を読みとる装置があって、それが玉丸くんの思考に答えたんだよ」
「だけど答えてきたのは、意味不明のこのブツブツ音だぜ?この船が俺たちの言葉をわかっているとは思えないな」
紺万太が三三に反発する。
「言葉とは、単に肺から喉を通して口腔に流れる空気を、舌でその流れをコントロールしているにすぎない。言葉ってのはその発された空気の組み合わせなんだ。この船の装置は言葉を読んだんじゃなくて、玉丸くんの脳の電流の流れを読んでそれに反応したんだよ」
「脳に電気が流れてるって?」
「人がものを考えたり、記憶したりってのは脳のニューロンを流れる微弱な電流の組み合わせなんだ。その電流はシナプスを通ることで・・・」
「ニューロン?あ?」万太は三三の話についていけないようだ。玉丸も実際にはついていけなかった。
「じゃあ峠くん。僕がもう一度、この半球に「飛べ」と命令すればこの船は飛ぶかな?」
「どうだろう?やってみよう!」
三三はにっこり微笑んだ。万太といがみ合っていた三三から、久しぶりに見た優しげな、玉丸のよく知っているあの表情だ。この表情には玉丸を動かす説得力がある。 玉丸はその表情に押されて半球に額を押しつけてみた。目をつむり、心の中で「飛べ・飛べ」と繰り返した。
しかし、船は微動だにしない。部屋には先ほどのぶつぶつという反響音が繰り返すばかりだ。
「どうした?飛ばないぞ、玉丸。本当に考えてるのか?」
「考えてるよ。おかしいな」
「どうしてだろう?ちょっと代わってみてよ、玉丸くん」
三三は玉丸と代わると、額を半球に押しつけた。玉丸と同じように目をつむり、飛べ・・・飛べ・・・とぶつぶつ繰り返した。
「動かないな」
点吉が黙って三三の肩を叩いた。自分にもやらせろというジェスチャーだ。三三の代わりに座った。点吉は汚れた眼鏡を外して半球に顔を近づけた。
すると・・・
・・・すると突然、部屋に響いていた音は止まった。
「すごいな!どうやったんだい?」玉丸は驚いて点吉に尋ねた。
「・・・さいって思っ・・・」あいかわらず点吉の声は聞こえない。しかし点吉は自分の行動が正しかったと思っているのか頭をかいて照れている。
「何て言ってんだ?おまえ。もっとはっきり言えよ」
万太は点吉のぶつぶつ喋る声が気にかかるらしい。万太の声に点吉は天敵に狙われたようにびくっと反応した。
「う・・・るさい・・・って思った・・・んだ」
「あ?何だって。もっとでかい声で言えよ!」
「う・うるさいって・・・こ・声を止めろって、お・思ったんだ!」
点吉はいままで玉丸が聞いたことがないような大声を張り上げた。あまりの大声に玉丸は、しばらく眠気が吹き飛んだ気がした。点吉はそんな声を出したのが恥ずかしかったのか、顔をごしごしこすった。それから眼鏡をかけ直すと、ぶつぶつともとの小声に戻って何か言った。
「うるさいって思った?そうか、だから声がやんだんだな」玉丸は言った。
「どういうことだ?玉丸」
「つまり・・・」
「つまりこの船の装置には筋道だった命令をしなければ、それには答えてくれないということか」三三が玉丸の後を続ける。点吉は頷いている。
「だけど玉丸はちゃんと「飛べ」と思ったんだろ?簡潔明瞭な命令じゃねえか。どうしてその命令は受け付けないんだ?」
「きっとこの船を動かす概念は「飛ぶ」とかいうものじゃないんだな。例えば「浮かぶ」とか「走る」とかいった僕たちの概念とは違う考え方しか、この船は受け付けないんだ」
「それだと・・・・たとえこの船を飛ばせても、うまくコントロールできないってことになるぞ。この船はおおかた宇宙も飛べるぜ。空には「右」とか「左」とかいう感覚があるとは思えないぞ」
「そうか・・・そうだな」
三三は万太の言葉に反発するかと思いきや、考え込んでしまった。
三三が考え込んでいる間に点吉はまた半球に額を押しつけて、何やらぶつぶつ話しかけていた。玉丸にはその様子が、まるで船と話をしているように見えた。途端、点吉はそのままじっと動かなくなってしまった。玉丸がそんな点吉を心配して、肩に手を置くといきなり点吉の体は痙攣を始めた。
「何だ?どうした玉丸!」万太がその様子に気づき、叫ぶ。
「つ・円くんが!」
点吉の痙攣はしばらく続いた。痙攣はときおり激しいものとなり、収まるかに見えるとまた始まる、といったことを繰り返したが、その間にも点吉の額は半球から離れなかった。玉丸と三三はそんな点吉の重い体を半球からひきはがそうとしたが、びりびりと脈動する点吉の体を動かすことが出来なかった。
「万太!助けてくれ!」
玉丸は万太の念動力で点吉をひきはがしてもらおうと、万太を見た。万太もそんな事情を察したのか、顔を拭いていたタオルを捨てて手のひらをかざした。
しかし万太の手のひらからは何も発せられない。万太は「おや?」といった感じで
自分の手を見た。玉丸は万太の顔に一瞬、不安が見えたような気がした。
最後に点吉の体はびくんと大きく脈打つと、半球からいきなり離れた。点吉の重い体は弓なりに反り返ると、大きな音をたてて見えない床に崩れた。
「学習しました」
突然、部屋に見知らぬ女性の声が響いた。
「誰だ?何だ、この声は!」
三三が叫ぶ。
玉丸も同感だった。今の声はどこから聞こえてきたんだ?声はていねいな日本語だったが、今まで聞いたことのない、やけに機械的な声だった。
「ここにいる私の声です。この声はエンジンの排出口付近にある空気の流れを、重力機構でコントロールして作られています」
優しげな女性的な声は、しばらく透明な部屋に反響して、玉丸たちの耳に残った。
「ここにいるだって?誰もいないぞ。どこだ!」
「私はここにいます。あなた方が私の中にいるのです」
「私の中だって・・・船?「私はここにいる」だって?まさかこの船が喋っているのか?」玉丸は言った。
「そうです。霞玉丸くん」
船は答えた。
第六章終わり 第七章につづく
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