| 少年たちの反撃 |
人生は、本当のところはね、善と悪の戦いではないよ。
悪と最悪の戦いなんだよ。
ジョゼフ・ブロドスキー
霞玉丸は銀色たちの一人にボックスを向けられた瞬間、それが無駄だとわかっていても、その場から逃げだそうとする仕草を隠せなかった。
いまや玉丸の周りは、水の粒子に包まれているようだ。玉丸は空間を泳ぐように逃げ出そうとしたが、ターミナルは銀色たちの群に囲まれている。そんな無防備な状態で、玉丸にはどこへと逃げるあてもなかった。玉丸は両腕で顔を隠すと、迫り来る金縛りに身構えた。
しかし、しばらくは玉丸の身には何も起こらなかった。
おずおずと目を開けると、玉丸の体は水色の光の膜に包まれていた。それは紺万太が金髪のファイナレイと戦ったときに見せた超能力の波動だった。
波動がシャボン玉のように玉丸を包み込んでいるのだ。その薄い光の膜は銀色のボックスの威力を通さないらしい。
玉丸が顔を上げると血まみれの万太がこちらへ向かって来るところだった。万太は最後の力を振り絞って、油断したファイナレイの両手を振り切ったのだ。
「玉丸、逃げろ!」
玉丸が手で空間を泳ぐように漕ぐと、波動も玉丸の体に合わせて後を付いて来た。「バカが!逃がすと思うのかよ!」
赤毛のオリジンが、すぐさま玉丸の後を追った。
一つだけ銀色がいない入口を見つけた玉丸は、そこへ飛び込もうと急いだが、オリジンの空間を移動する能力は、玉丸のそれに勝っていた。まるで突風のように赤毛の少年は空間を飛ぶように泳ぐと、玉丸より先に入口のふちを掴んだ。
オリジンはかすれた声で笑いながら、玉丸の前に立ちふさがると言った。
「面白いオモチャは手放せないもんだぜ!きゃははは!」
「ど・・・どけよ!」
「どかしてみろよ。出来るかな?」
玉丸は怒りに身をまかせて、オリジンに右手を繰り出した。人を殴ったことがない玉丸が初めて上げた拳だ。
しかし、悲しいかな。その拳は赤毛の少年にかすりもせず、代わりに玉丸はオリジンの蹴りを顔面に喰らってしまった。玉丸の正面に星が跳び、目の前が真っ暗になる。
その拍子に玉丸を包んでいた光の膜も消えた。くるくるとターミナルの中心に飛ばされた玉丸を、今度は金髪のファイナレイが待っていた。
「「古池や かわず飛び込む 水の音」覚えたか?」
金髪は玉丸の首を、サッカーの試合中にやっと巡ってきたシュートチャンスを逃すまい、といった感じで蹴り上げた。
玉丸は、再びオリジンの方に飛ばし返された。
玉丸は鼻を抑えて、溢れ出る涙を拭いながら他の入口を探した。
そしてまた、赤毛の少年の拳を今度は背中に受けた。
次には再び顔面への蹴りだ。
今度はファイナレイの肘鉄で腹を打たれた。
ファイナレイとオリジンの間を玉丸は、打たれるたびキャッチボールのように移動した。
銀色たちはそれを見守るおとなしい観衆だ。
玉丸は今やファイナレイとオリジン専用のサンドバッグになっていた。玉丸は次々と続く痛みに目を開けることが出来なかった。
オリジンの攻撃を避けようと目を開けるとその途端、顔面にファイナレイの拳が向かって来るのだ。
銀色に船から落とされた時に傷ついた箇所を、さらに傷つけられると自然と悲鳴が上がらずにはいられなかった。 赤毛の少年にはそれが面白いらしく、玉丸が派手に痛がる箇所を集中して蹴り上げた。
「やめろ!」
そんなオリジンを制止せんと、万太がファイナレイとオリジンの間に割って入って来た。
「何だ。出来そこないかよ。何の用だ?「やめろ」ってのは、もしかして俺に言ったのか?面白えな!おまえの力が俺に通じると思っているのかよ!」
「おまえらは俺にそっくりだが、俺よりずっと凶悪だな」
「違うね。おまえが単に弱いんだ!」
オリジンはいきなり光の鞭を両目より繰り出すと、万太に向けて打ち出した。
万太は青白く輝く盾で防戦した。
途端に背後より金髪のファイナレイが、光るナイフを繰り出した。万太はそれを避けきれず、背中で受けた。ぎゃっという悲鳴が玉丸に聞こえた。
玉丸の目は腫れていて、万太たちの様子をうまく眺めることが出来なかったが、派手な金属音が何度か空間に響いたのは聞こえた。それは間髪入れず、連続して聞こえた。そして同じように、何度か万太の悲鳴が聞こえた。金属音はさらに続き、玉丸の耳はそれに絶えられなくなった。
いや、本当に絶えられなかったのは、万太の悲鳴だ。
しかし、途端に万太の絶叫が響くと、その悲鳴と金属音もやんだ。
「きゃはははははははははっ!」
オリジンの耳に触る笑い声が響いた。
玉丸は強引に手で目を開くと、万太の左腕が空間に浮かんでいるのが見えた。
万太は、かつて左腕があった箇所を右手で押さえつけて悲鳴を上げている。それは玉丸がかつて聞いたことがない声だ。人間が絞り出す断末魔の悲鳴だ。
押さえつけられた左手の付け根からは、血液が噴水のように吹き出している。
飛び散った赤い飛沫は空間に拡がり、壁を赤く染めた。
オリジンはその血を受けると顔にこすりつけた。赤い毛髪はますます赤くなった。
万太の悲鳴は止まらない。
それに重なるように、ファイナレイとオリジンの凶悪な笑い声は空間に響いた。
「こ・この、くそったれども!」
玉丸は胸の内に炎のように怒りがわき上がるのを感じた。
オリジンはそんな玉丸の声に反応して、楽しそうな顔を向けて振り向いた。
「やるってのか?え?向かって来いよ。ほら、どうした。やるんだろ?」
「ひどい奴らだ。何て奴らなんだ。おまえらそれでも・・・!」
「それでも人間か?って言いたいのか?残念だな。俺たちはそんなチンケなものじゃないね。俺たちはそれ以上だ!人間以上さ!」
「・・・ふ・ふざけるな。おまえ・・・おまえたちなんかが、人間以上だって?おまえらなんか人間じゃない。人間であってたまるもんか!」
「じゃあ、どうしておまえは俺たちに勝てないんだ?きゃははははは!」
途端に空間に轟音が響いた。玉丸と赤毛がそろって頭上を見上げると、このターミナルの天井を占めていた広く不透明な窓に、巨大な物体が衝突しているのが見えた。
その巨大な物体は勢いよく窓と衝突したらしく、その破片を玉丸のいる空間に撒き散らした。玉丸のそばにもその不透明な巨大な窓の破片が降ってきた。
あの船は・・・あの見慣れた船は?
シェルだ!
玉丸のいる母船を遠く離れたはずの船が、いま玉丸の頭上にあった。
シェルはこのターミナルに入ろうとしているのか、めりめり音を立てて窓を突き破ろうとしている。その時シェルの入口がスライドすると、中より一人の少年が飛び出して来た。
峠三三だった。
峠三三は玉丸を見つけると大きな声で叫んだ。
「乗るんだ、玉丸くん!」
第八章終わり 第九章につづく
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