少年たちの反撃


第八章 第六話 「角」

運命は鷲ではなく、どぶねずみのように忍びよってくる。

エリザベス・ボーエン

 その生き物は、身の丈が2〜3メートルのがっしりした体躯で、4枚の羽根が背中に生えていた。その羽根は翼ともいえる大きなもので、無重力空間のこの部屋では使う必要がないらしく、折りたたまれて尻尾のように腰元まで伸ばされていた。
 先ほど玉丸たちが廊下で聞いた金属音は、この生き物が出す声だったようだ。
 生き物の口から漏れるその金属が擦れ合うような声は、何層にも重なった牙のように長い歯の奥から聞こえた。きれいに並んだ歯の奥にはさらに歯がならんでおり、その奥にも歯の並びが見えた。何層にも分かれた歯を並べ変えることで、その生き物は息の流れをコントロールして発声するようだった。
 生き物の顔は見ようによっては人間の顔に近い様子だったが、人間の頬骨にあたる部分より山羊の角のような突起が頭蓋にむかって伸びており、その突起は巨大な脳を守るかのように、頭の周りを螺旋状に包んで伸びていた。
 生き物は服のようなものを着ていなかったが、体は昆虫のような殻に包まれており、節々にわかれたその装甲を、環境に合わせて自在に体に重ねることが出来るようだった。
 生き物は人間のようにヒューマノイド体型だったが、全身は人間よりもはるかに頑丈そうだった。
 玉丸はその巨大な頑丈そうな体躯を前にして自らの無力を感じた。
 この生き物は、一体何なんだ?
 まるで悪夢に現れる巨大な化け物のようだ。
 顔面を包む巨大な角は、内に秘める凶暴性を暗示しているかのようだ。中世の人間がこの生き物を見たら、即座にこいつは悪魔の化身かと思うだろう。
 巨大な脳は、この生き物が並外れた知性を宿しているのをおもむろに物語っている。その暗い瞳は銀色たちの暗黒の瞳とは比べられない底なしを感じさせた。
 玉丸は無防備な空間に浮かびながら、ぶるぶると震える体を抑えることが出来なかった。かつて銀色たちに対して自分が蛇の前の蛙のようだと感じたことがあったが、今の状態はそれを越えるものだ。
 ライオンの前に放り出された子鹿のように、玉丸は自分の無力さを感じた。
 ライオンの前に現れた角の無い子鹿など、引き裂かれて喰われるだけのエサでしかない。玉丸はその生き物を前にして、そんな絶望的な身の破滅を考えた。
 生き物の6本の指には鋭い鉤爪が生えており、玉丸の首を引き裂くのに手間はかかるまいと思われた。
 背に畳まれた巨大な翼は、たとえ玉丸が逃げ出したとしても、いともたやすく追いつくことが出来る機動力を示していた。
 そして生き物は赤毛のオリジンと金髪のファイナレイを息子と言った。
「息子」と。
 あの凶悪な少年たちが、この生き物の生物学的な「息子」だとは玉丸には信じられなかったが、咄嗟に玉丸は一つの考えに思い当たった。
 玉丸は、ガラスケースが並べられた実験室を思い出した。
 もしかすると、あの並んだ万太たちは、この生き物が創造したものなのか?
 玉丸はそれならば、その「息子」と言った意味もつじつまが合うと思ったが、その創造には恐怖した。
 もしそうならば、紺万太たちが持つ超能力を、圧倒する力をこの生き物は持っていることになる。この生き物は一喝して少年たちの行動を止めたのだ。この悪魔のような生き物はその外観にふさわしい力を持っているに違いない。
 その考えは必ずしも間違っていないはずだ、と玉丸は思った。
 そして玉丸は、その事実に絶対的な絶望を感じたのだった。
 おまけに玉丸の周りには、銀色たちがその逃げ場を塞ぐように取り囲んでいる。空間に見える他の部屋へ通じる入口は、全て銀色たちで埋まっており、銀色たちの手には玉丸の自由を奪うことが出来るボックスが握られていた。
 つまり、玉丸たちは逃げようとするそぶりさえ見せられなくなったのだ。
 万太は、ファイナレイの両腕にぶら下がる形でぐったりとしていた。両腕は力なく垂れ下がっていた。万太の体からは今も血のしずくが空中に向かって舞い上がっており、玉丸には万太が生きているのか死んでいるのかわからなかった。万太に向かって駆け寄りたい衝動に駆られたが、圧倒的な生き物の存在を前にして玉丸は一歩も動くことが出来なかった。
 生き物は指を一本立てて玉丸を指さすとその耳障りな声を響かせて言った。
「どうやった?」
 玉丸は生き物が何を言っているのかわからず、ただがたがた震えてその言葉の意味を考えた。どうやったって?玉丸はそれが、どうやってこの母船にまで来たのかを尋ねていると思った。
「答えないのか?それとも喉がつぶれちまったのか?きゃははは!」
 赤毛のオリジンが、玉丸の茫然とした様子を見て笑った。
 いつの間にか舌がからからになっていたので、息を吐き出しても玉丸の考えはすぐ言葉にはならなかった。顎は自らの意志に反してかちかちと歯を鳴らした。
 うまく喋ることが出来ない。
 身がすくんで、体を動かすことが出来ない。玉丸はすでに銀色の誰かにボックスを向けられたのかと思ったが、手を握りしめることが出来るとわかったので、勇気を振り絞って声を出した。
「ふ・船で・・・来たんだ。しょ・笑子は・・・どこだ?」
「そんなことを聞いているのではない」
 生き物は耳障りな金属音を別にすれば流暢な日本語を話した。おまけに言葉使いも人間の大人のような達者な感じだ。それらは並外れた知性を感じさせ、玉丸はこの生き物の圧倒的な存在を感じて、さらに恐怖を増幅させた。
 こいつはただのライオンじゃないぞ。
 圧倒的に利口なライオンなんだ!きっと僕よりも。
 いや、その知恵は人間の比じゃないのかも知れない!
「どうやった?」
「え・・・あ、う?」
「こいつ、急にバカになっちまったぜ!」
 オリジンが再び玉丸に近づいて来た。玉丸の震える顎を無造作に掴むと、オリジンは玉丸の頭を拳で殴りつけた。調子の悪いテレビを叩くような仕草だ。
「この空間のことだ。君はこのターミナルの組成物質を自分の移動しやすいように変換した。その能力のことだ。どうやった?」
 生き物は辛抱強く玉丸に尋ねた。
 生き物は一見凶悪な存在に見えるが、忍耐も身につけているようだった。
「ぼ・・・僕は」
「僕は?」
「僕は、何も知らない」玉丸はようやくそれだけ言うことが出来た。
「僕が、・・・何をやったって?」
「ターミナルの組成を組み替えただろう?」
「・・・し・知らない。ぼ・僕はそんなこと、してないよ!」
「いや、君の仕業だ。君には不思議な能力があるようだ。一つは息子たちの能力が通用しないこと。もう一つはこの空間の組成を変えたこと。君は他にも何か能力を持っているのか?」
「能力?能力だって?そんなものあるもんか!」
 生き物はまるで人間がするような溜息をもらすと、玉丸に向かって言った。
「君たちは、破滅へのあくなき欲望があるようだな。ここに来た誰もがそうだった・・・」
 生き物は鼻を鳴らすと、玉丸には理解できない声で銀色のひとりに合図した。生き物は玉丸にくるりと背を向けると入口のひとつに向かった。その様子は、玉丸にはもう用は無い、といった感じだった。
 銀色たちは生き物のその合図を受けると球丸に向かって、ボックスを向けた。

つづく


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