| 少年たちの反撃 |
せつない。おそろしい。
こんな、こんな暗闇の中で死ぬのか。
まだ若いんだ、ぼくは。
ウーゴ・ベッティ「牝山羊が島の犯罪」
「やめろ!」
霞玉丸は金髪のファイナレイと名乗った少年に向かって飛び出すために、知らずターミナルの壁を蹴っていた。壁をいきおいよく蹴りすぎたのか、玉丸自身も驚くスピードでファイナレイの胸に飛び込む形になってしまった。
ファイナレイの繰り出す光のナイフは玉丸の上着を切り裂いたが、玉丸自身の体には何の影響もなかった。
次の瞬間には、玉丸とファイナレイはもつれ合う形で、もう一方の壁に向かって飛ばされていた。飛ばされたファイナレイはすぐにも赤毛の万太に支えられ、壁へ激突するのを免れたが、玉丸はくるくると回転しながら、次の瞬間には頭から壁にぶつかってしまった。
玉丸がぶつかった壁のすぐ間近には、負傷した紺万太がうずくまっていた。
万太の額からの出血はひどく、血は止まらず空中へ吹き出している。髪は血に濡れてべとべとに見えた。顔が真っ赤な万太はちらりと玉丸の姿を見たが、声をかけられないほど憔悴しきっている様子が、その疲れた瞳からうかがえた。出血のせいか、その目が向ける視点もうつろで、うまく定まらないようだ。全身切り傷だらけで、服は最初からそうであったかのように真っ赤だ。全身が小刻みに震えている。
「やってくれたな!玉丸くん!」
金髪の少年は微笑みながらそう言うと、光のナイフを玉丸に向かって繰り出してきた。何本もの鋭い光が玉丸を包むと、玉丸の服をいとも簡単に切り裂いた。しかし、あいかわらず玉丸の体にはその影響は伝わらなかった。
僕がニュートだからだ!
玉丸は思った。
超能力者の念動を春風に変えてしまう玉丸の無効者としての性質が、ここでは役に立った。玉丸はその機を利用して、万太に駆け寄ろうとした。しかし、足場はあいかわらず不安定で、思うように進めない。玉丸と万太の距離はほんの数メートルだ。そんな距離さえも慣性のない空間では思うように進めない。
もどかしい思いが、玉丸を包む。
そのたびに玉丸の服は切り裂かれた。なぜ玉丸に光のナイフが通用しないのか不思議に感じている金髪の万太は、赤毛の万太に玉丸を狙うよう仕向けている。しかし、オリジンと名乗った少年の光の鞭も玉丸には通用しないようだった。
玉丸自身にはそんなことはどうでも良かった。とにかく万太のそばへ近付こうという努力で頭はいっぱいだった。
どうしてこんな距離が進めないんだ!
せめてこの空間が水で満たされたプールだったら、泳いで万太に近付くことが出来るのに!
泳げもしない玉丸を、そんな思いが包んだ。
進ませてくれ。進ませてくれ!それさえ出来れば、僕の何だってやるぞ!神様でも、仏様でもいい。僕を万太のそばに行かせてくれ。
お願いだ。・・・進ませてくれ。
玉丸の脳裏に体育の授業風景が思い浮かんだ。
あの「ボールを顔面に受けた瞬間に聞こえた「また、玉丸かよ」という誰かの声が、耳元で聞こえた気がした。赤毛の万太は玉丸に光の鞭を浴びせながら、けたけたと笑っている。玉丸自身は何ともないのに服が切り裂かれるのが面白いようだ。赤毛の万太の笑い声が、玉丸の頭の情景に重なった。
・・・いいんだ。笑えばいいさ!
一生、僕は運動音痴のままだっていいんだ。それが僕というものだから、笑われるのなんかどうだっていいんだ。僕は今までスポーツが得意になれればいい、なんて思ったことはなかった。僕はただ体育の時間が早く過ぎればいい、と思っていただけなんだ。
だから、これからも笑われ続けようとそんなことは構わない。
だけど僕は今、万太に近づきたいんだ!
その為に・・・それだけの為に、僕は何だって捧げようとしているんだ。
世の中ってのはそれだけの望みも叶えてくれないのか!
くそ!畜生。
進んでやるぞ。
自分の力で進んでやるぞ。
このターミナルが水に満たされていると考えるんだ。僕は泳げないけど、泳げるって考えるんだ。そうさ、僕は泳げる。泳げる。泳いでやるぞ!
空間を泳いでやる!
その途端、空間に水が満たされたかのように、玉丸を不思議な感覚が包んだ。
玉丸は突然、自分の周りの空気が重くなるのを感じた。もともとターミナルには、水よりも空気よりも細かい粒子が存在すると万太が言っていた。それが突然玉丸の周りだけ「濃く」なってしまったようだった。
例えるなら、見えない水に空間が満たされたような感じだ。玉丸が泳ぐように空間をかくと、玉丸の体は前に進んだ。
金髪のファイナレイと赤毛のオリジンをふりむくと、二人ともターミナルの異変に気づいたようだ。きょろきょろと辺りを見回しては原因を探している。しかし、それは見つからないようだった。
これを好機だと思った玉丸は、壁の凹凸をうまく足場にすると紺万太に駆け寄った。
「大丈夫か?万太!」
「・・・ろ。玉・・・」
「何だって?何て言ったんだ、万太」
万太は憔悴しきっているのか、喋ることさえ出来ないようだった。一言を口に出しては、顔をうなだれて次の一言に続けようとするが、その言葉はかすれた息の中で玉丸にはうまく聞こえない。
玉丸は万太の顔に自分の耳を近づけると言った。
「何だ?何を言いたいんだ、万太!」
「逃げ・・・ろ」
「え?」
「殺さ・・・れるぞ。逃げ・・・るん・・・だ!」
玉丸は万太にしがみつくと、そのままそばの入口まで抱え込もうとした。何が起こったのかわからないが、玉丸は今ではこの空間を泳ぐように進めるのだ。幸いにも人間の重さはこの空間では意味がないのだ。足場さえ確保出来れば、玉丸が万太を運び込むのに労力は要らない。
しかし、万太は玉丸のそんな手を払いのけると言った。
「バカ。俺なんか・・・放っていくんだ」
「放っておけるもんか!」
「俺はどうせ・・・いずれ、殺される・・・運命だったんだ。実験室を・・・見たろ?俺の・・・代わりは、たくさん・・・いる」
「何、言ってるんだ!おまえに、代わりがいるもんか!」
「うるさい!・・・行くんだ」
紺万太はそう叫ぶと、玉丸を壁に向かって蹴り上げた。その勢いで玉丸は入口まで追いやられてしまった。
玉丸の体は入口の膜を切り裂くと、再び重力のある廊下へ落ちた。その廊下はもちろんどこへ続くかわからない暗黒に包まれている。
廊下の奥からはどたどたと何かが移動している音が聞こえた。
銀色たちがこちらの様子に気づいて、近づいてきているのだろうか?今まさにこの場に銀色たちが現れて、それこそボックスを向けられでもしたら、一巻の終わりだ。
なすすべもなく玉丸はこの場で凍らされ、無様にターミナルに不動の肉人形として浮かぶはめになる。もとより玉丸は、その廊下の奥へ進む気はなかった。
「玉ちゃん!」
しかし、玉丸には一瞬、自分を呼ぶ笑子の声が聞こえた気がした。
それはまるで笑子が、銀色たちにどこかへ運ばれている最中に発された声のようだった。しばらく玉丸はその場で耳をすましたが、廊下の奥はそれからはしんと静まりかえっており、物音一つ聞こえなかった。気のせいかと思った玉丸は即座に万太の血まみれの顔を思い出すと、再び膜を越えてターミナルに飛び込んだ。
つづく
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